110 アースリザードを助けろ!(後編)
「俺もマキトに同感だ」
どすぅん、と大きい丸太を地面に降ろしながら、ジェイラスが言った。
「たとえ敵だろうと大切な命に変わりはねぇ。助けられるんなら助けるに越したこたぁねぇってなぁ!」
「ジェイラス、キミは……」
本当に変わったというのか――その言葉が喉元に引っかかり、アレクは苦々しい表情を浮かべる。
一方のジェイラスは、話はそれだけだと言わんばかりに視線を逸らし、もう少しだからなとアースリザードに励ましの言葉をかける。
マキトもサミュエルと協力して丸太を運び出している。答え終わった時点で話は終了したと思っていることは明白であり、もはや――というより最初から――彼はアレクに対して、全く興味も関心も抱いていない。
「ほら、そこにいると邪魔だから、ちょっと離れてたほうがいいわよ」
メラニーがシッシッと手を振りながら言う。その際に向けられた視線も割と冷たい部類であり、ごねたら最後、蹴飛ばされそうだと判断したアレクは、そのまま無言でスッと下がってしまう。
もはやリーダーの威厳も欠片もない状態になり下がった。
しかもそれを、誰一人として気にも留めていない。そんな状態であることを、流石のアレクも気づかずにはいられなかった。
(僕は……何をしているんだ?)
そんな疑問が脳内に浮かび上がった。
幼なじみたちのこと、苦しんでいる魔物のこと、そしてマキトたちのこと。それらに対してたくさん考えた結果、辿り着いたのが自分自身に対する疑問。今の自分は周りからどのように見えているのか――そう思い始めるのだった。
(皆が動いている。あの魔物を助けようと必死になっている。サミュエルも……襲われて怖い目にあったというのに、あんな……)
苦しんでいる魔物を放っておきたくない――マキトの言葉が脳内に蘇る。
きっと彼ならば、たとえ敵意剥き出しで襲われたとしても、迷うことなく助ける選択肢を選ぶことだろう。そしてそれに彼の仲間たちが――従えている魔物たちは即座に賛同し、持っている力で何ができるかを模索し、行動するのだ。
アースリザードがどんな魔物なのかは、むしろマキトたちのほうがよく知っていると言える。森の中で襲われた時の反応がいい証拠だ。
それなのに彼らは、率先してアースリザードを助け出そうと動き出している。襲われた時のことなど忘れてしまったかのように。
(それはそれ、これはこれ――つまりはそういうことなのか?)
言葉にすれば単純かもしれない。しかしそれを実践するとなると、ガラリと気持ちを切り替える必要が出てくる。
正直、とても難しいと、アレクは思い知らされていた。
これまでに何度か、人に対してそのような言葉を放ったことはある。いつまでも気にしていたところで仕方がない――そんな説教じみた言葉を。
正しいことを言ったという自負はあった。実際周りも、そのとおりだと頷きながら賛同してくれた。
しかし言葉をかけた相手は、決まって苦々しい表情を浮かべていた。
何でお前なんかにそんなことを言われなければならないんだ――忌々しそうな表情でそう言われたこともある。
当時はただ、相手が拗ねているだけなのだろうと決めつけていた。しかしそれは勘違いだったのかもしれないと、アレクは思った。
(すぐに気持ちを切り替えられれば……苦労なんてしない、か)
言葉のブーメランとは、まさにこのことか。あれほど偉そうに放った言葉が、今になって自分に襲い掛かっており、打ちのめされそうになっている。
ここまで考えることができているのも、彼が五人組のリーダーだからだ。
幼い頃から、個性溢れる四人を一生懸命まとめてきたからこそ、人よりも色々と考えられる子供に仕上がってしまった。
そんなアレクは、将来性の高い優秀な子供だと、周りから評価されてきた。
しかし今は、その優秀さが――特に考える能力の高さが、仇となってしまったと言わざるを得ないだろう。
(散々あーだこーだ言ってきた僕が、今になって動けていないなんて……)
アレクは体を震わせ、ギュッと拳を握り締める。
誰も必要とされていないような扱いをされることが、惨めで仕方がない。こんなにも誰かから視線をもらわないと、動くことすらできなかったのかと、情けなさ過ぎて涙が出そうになってくる。
丸太を動かす音が、近くなのに遠くから聞こえてくる感じがする。
皆の声が、段々離れていっている気がする。
それもそのはずであった。アレクが自分で足を動かし、皆から距離を置こうとしているからだった。
もう自分なんかいなくても――そう思いながら立ち去ろうとしていた。
すると――
「ん。手伝ってくれる?」
目の前にポーションを抱えたノーラが立っていた。アレクが思わず呆気に取られて言葉を失うと、ノーラは無表情のまま、コテンと首を傾げてくる。
「違った? もしかしておトイレ? だったら急いで行ってきて」
「あ、いやその、えっと……」
どう答えたらいいのか分からず、アレクは戸惑ってしまう。そんな彼からまともな答えが返ってこないと悟ったらしく、ノーラは小さなため息をつく。
「なら邪魔だから退いて」
「っ! そ、そんな言い方は――」
「応援している魔物たちの迷惑にもなるから」
「……えっ?」
ノーラの言葉に驚いて振り向くと、里で暮らす魔物たちの応援する姿があった。長老ラビットが願うように厳しい表情を浮かべて見守っており、スライムたちは飛び跳ねて鳴き声を上げている。
「い、いつの間に……」
アレクはまたしても呆然としてしまう。仲間たちは気づいているのかと視線を向けてみると、それぞれが反応を示していることが分かった。
ジェイラスとメラニーが、時折振り向いてはニヤッと小さな笑みを浮かべる。サミュエルもポーションを飲みながら、応援ありがとうと叫び、メラニーに早く戻ってきなさいと怒鳴られる。
そしてリリーも、たくさん作ったポーションの味見役として、近くにいた魔物たちに協力を仰いでいた。
皆が魔物たちからの声援に応えるべく、動いていることを今更ながら理解する。
それに引き換え自分は――アレクは段々と頭が真っ白になって来て、再び手が震えだしてきていた。
「よーし、ここらへんで私が一発ブチかますのですよーっ!」
変身したラティが魔力を溜め出した。何かやるつもりだと察し、ジェイラスたちが慌てて避難する。それをしっかりと見計らった上で、ラティは魔力を放つ。
「はぁっ!!」
ラティが放った大きな魔弾が、アースリザードに積み重なっている丸太を、一気に吹き飛ばしていく。
ある程度の数をジェイラスたちが退けたからこそ、成功した形であった。
これであとわずか数本退ければ――そう思った瞬間であった。
「――ヤベェ! 一本崩れ落ちるぞっ!!」
ジェイラスが叫んだその瞬間、アースリザードの真上にある丸太が、バランスを崩して倒れ込む。
このままではアースリザードの顔に直撃してしまう――そう思われた瞬間、ジェイラスの隣から影が一つ飛び出した。
「ぐっ……!」
アースリザードの顔に、丸太が直撃することはなかった。寸前でアレクが受け止めていたからだ。
「ア、アレク……」
呆然としながらジェイラスが呟くと、アレクが顔をしかめながら叫ぶ。
「いいから手伝ってくれ! 僕一人じゃキツイ!」
「おっ、おう!」
ジェイラスが我に返り、慌てて加勢に入る。そしてアレクと二人で、アースリザードの顔からずらす形で丸太を地面にそっと降ろした。
まさに間一髪――息を切らせるアレクの様子に、ジェイラスはフッと笑う。
「ったく、やーっと来やがったか。リーダーのくせにおせぇんだよ!」
「……悪かった」
小さな笑みを浮かべ、短く答えるアレク。それに対してメラニーやサミュエル、そしてリリーが嬉しそうに笑い、ジェイラスがアレクの肩に手を回し、締め上げるように持ち上げる。
「このヤロウ! カッコつけてんじゃねぇっつーの!」
「いでで……悪かったから今は勘弁しろ。アースリザードを助けるんだろ?」
アレクが無理やりジェイラスの腕を引き剥がしながら悪態づくように言う。そこにはもう、悩みに悩んでいた情けない表情はなかった。
幼なじみたち当たり前のように見てきた、リーダーの姿がそこにあった。
「ここからは僕も加わる。皆で力を合わせて助け出そう!」
「「「「――おぉっ!」」」」
ジェイラスたち――今回はリリーもしっかり含めて――四人が、威勢よく腕を突き上げながら声を上げる。
その姿に魔物たちも嬉しくなったのか、更に声援が大きくなってきた。
マキトたちも安心したかのように笑みを浮かべる。ジェイラスたちがずっとアレクを待っていたのは、なんとなく気づいていた。それぞれ視線をチラチラと彼に向けていたのだ。
ジェイラスに至っては、わずかに苛立ちながら舌打ちしていた。
何してやがんだバカヤロウ――そう呟いていたのを、マキトは耳にしていた。そんなに気になるのなら呼んでくればいいのにと思っていたが、誰一人そうしようとしていなかったため、とりあえず放っておいた。
あくまで聞こえたり視界に入ったりはしていたが、関わりたいと思うほど興味はなかったからだ。
それはノーラやラティたち魔物も同じであり、自分たちの迷惑にならなければどうでもいい――そう思っていた。
「なんか知らないけど……あの五人、調子が戻ってきたみたいだな」
マキトがそう呟くと、傍にいたノーラや魔物たちも頷いた。
「ん。とりあえず変なことにならないで良かった」
「全くなのです」
『ほんとだね』
「キュウ」
あくまで五人の事情には興味を持たず、今の状況に支障をきたさずに済んだということで良しとする。マキトたちの考えもまた、それで一致していた。
そんな彼らの目の前では、アレクとジェイラスによって、最後の丸太が持ち上げられていた。
のしかかっていた丸太が全て外され、アースリザードがゆっくりと起き上がる。
「おぉ、見事じゃ!」
長老ラビットの声に、里の魔物たちが歓声を上げる。アースリザードは無事に救出されたのだった。
「グルゥ……グルグルグルルゥ……」
流石に懲りたのだろう。アースリザードは申し訳なさそうな表情で、アレクたちと長老ラビットに、頭を下げていた。
それまでに見せていた怒りの表情は、もうどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「――ハハッ」
そんな光景を見ながら、アレクが笑みを零す。
「ずっと倒すべき存在だと思っていた魔物を、まさか助けることになるなんてな」
正直、信じられない気持ちではあった。しかしアレクの表情は、憑き物が落ちたかのようにスッキリとした笑みを浮かべていたのだった。
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