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営利主義の異世界で、無一文のホームレスが1兆円企業の経営を目指します。  作者: 松下屋太郎
第一章 【借金まみれのパン屋さん】~背負うは100万の借金と自分の命~
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第4話 『人と、人のような豚』

 

 大通りにある時計台から短く1回だけ、鐘の音が静寂にある真夜中の街に響き渡る。

 この時刻を以って、アキトが異世界に召喚されて早くも四日目に突入した。


 昼夜問わず人の通りは皆無だったと言って良い細い路地だったが、それが昨日の夜から今日にかけては一転して来訪者がよく集う。


「ごきげんよう、レミィちゃーん」


 名を呼ぶ声は、先ほど彼女がアキトの元へやって来た反対側――即ち通路の奥から、靴底で地面をカツカツと叩く音を響かせながら近づいてくると、


「……こんな所で合うとは奇遇ね。運命的な物を感じちゃうわー」


 低い声ながらも女言葉を使う異質な雰囲気。 

 声がする方向へ顔を向け見ると、それらしき人影は一つだけではないらしく、三つ。

 

 『人』とは言いつつも――


「真夜中に女の子がこんな薄暗い所に来ちゃうなんて駄目じゃなーい。アタシでさえこいつ等連れてこないと怖くて歩けないのに、良い度胸しちゃってるわねー」


 目に映るのは長身の人間が一人と、豚の様な生物二匹。


 後者は上下をボロ布程度であるが衣服で着飾っており、二足歩行で自立しているーーそれがアキトが知っている所のペットや家畜の豚で無いのは明白で、


「ほほ、やっぱり可憐な女の子って言うのは月明かりが生えるぜ」

「いやー、そりゃ悪い野郎も引っ付いちまうよなぁ、ははは」


 考えを裏付けるように、やけに知的な言葉が豚の口から発せられる。

 三人組は数メートル先でアキト達の行方を遮る様に足を止めると、 


「……仕入れも考えたら早めに寝なきゃいけない筈だけど、随分夜更かしするのねぇ」


 豚たちを従えるように真ん中に立つ男が、先ほどから変わらぬ女口調で喋る。

 女性的な身なりをしている訳でも無く、ガタイの良い長身に黒いスーツ調の服装。短い赤髪に特徴的な三白眼をしており、首や手からは闇夜でも輝く金の装飾品。

 

 悪趣味ここに極まりと称したいばかりのそれらは、僅かに差し込む月の光に反射させながら、

 

「そっちの坊やはだーれ? もしかして夜遊び仲間?」

「その……」

「やだー、レミィちゃんもお年頃だもんねー。それならお金も早く手に入って一石二鳥、そんな所かしら」


 纏わりつくような湿っぽい声を出しながら、ちょろちょろとアキトの全身を舐め回る様に眺める。

 声もさることながら、この悪寒のする様な視線の方が何倍も不快な感覚を与える。


「思いのほか大胆なのね。でも、貴方ならもうちょっとマシな男引っ掛けられたんじゃないの?そんな金なんて持ってなさそうな浮浪者より」


 加えてところどころ自身に対する嫌味を浮かべる男。

 その鼻っ面に「お前に俺の何が分かる」と拳を乗せて反論したいアキトだったが、知り合いであろうレミィの反応に期待して視線を彼女の方へ移す。


「――」


 あったのは嫌悪感などとは違う、純粋な恐怖と沈黙。

 知人で有る事に代わりなさそうだったが、その表情から察するに、親しい関係でないのは部外者のアキトでもすぐに分かる。


 白い顔があからさまに更に青白くなっているレミィは、

 

「いえ、先ほど知り合った異国の方です……! 別に男女とかそんな関係ではありません……それ以上でもそれ以下でも」


 叫ぶその声は心なしか小刻みに震えており、息も上がっているのか呼吸が荒い。

 いまは声だけ震えている状態だが、やがてそれが全身に伝わるのも時間の問題であろうレミィを前に、


「へっ、じゃあなんで夜中にこんな場所居るんだぁ? どんなエロい事してたかはしらねぇが、やましい事してたのは間違いねぇだろぉ」


 先ほどからおねぇの隣で、薄ら牙を覗かせにやけているだけの豚――その内の一匹が喉をゴロゴロと鳴らすような低い声で流暢な人語を紡ぐ。

 

 2mは有りそうな身体を黒く固そうな毛皮でつつみ、二足歩行で人語を話す猪の様な生物。

 その姿は俗に言うオークと称する生物に酷似しており、伝承に相応しく、まずは嫌悪感からしか入れない醜い姿をしていた。


「へへへ、時間の時間の無駄でっせ。見りゃ分かる。この小娘、あんな浮浪者にまでパンをやってたんだ。俺達がせっせと集めた小麦を使ってよぉ」


 先程とは別の個体で、比較的細身長身のオーク。率直にそうを述べると、豚の象徴でもある様な鼻をヒク突かせながら「なぁ」と問い掛ける様に付け加え、

 

「コイツ、俺達が寝る間も惜しんでる努力を物乞いにタダでやるたぁ、嘲笑ってるも同然でせぇ」 

「……すみません」


 隣にいる少女は俯きながらポツリと短く零すだけ。

 ある意味想定内の返答だったのか、大柄の豚がニチャと唾液の糸を垂らしながら笑みを浮かべ、不揃いに生えた牙を覗かせる。


「おー、素直に認めちまうかぁ。多少は嘘をつく事を覚えないとなぁー」

「いえ、そんな事は……」

「願わくばその可愛い姿を永遠に保って欲しいがぁ、そろそろ大人になるべきだぞぉ。なっ!」


 そんな事を呟きつつ、二匹の内のデカい方がアキト達の方へ駆け寄ってくる。

 すっかり無言で返すしかないレミィの隣で立ち止まると、彼女の小さい肩を毛むくじゃらの手でポンと叩く。

 

 蹄では無く霊長類然した指が備わっている豚の前足に、アキトが違和感を覚えているのも束の間――


「がっ!」

「タナカさん!」 


 すかさず腰を反転させ、デカい方の豚はその大きな握り拳をアキトの顔面へと埋め込む。

 

 ――衝撃が頬、首へと伝わり、やがてアキトの両の足の端を宙へ浮かす。

 レミィの小さく短い悲鳴の様な叫び声をBGMに、しばしの間アキトの身体はふわりと宙を舞う。


「がっ……あぁ! なんだ……なにが……!?」

 

 自信の身に起きた事の理解が追い付かず、その影響か呂律が回らない。

 勢いは数メートル後ろの民家の壁際に叩きつけられる事によって、ようやく収まった。

 少し間を置いてここに来てようやく痛覚が機能しはじめたらしく、仰向けになるアキトの頬と背に猛烈かつ鈍い痛みが走る。


「痛ぇ……いきなりなんだよ……クソが」

 

 目の前がチカチカ点滅し、頭の中がミキサーにかけられたかのようにグチャグチャに混乱する――しばらくして、ようやく自身が石畳に横たわっている事を認識したアキトは、

 

「……てめぇ、豚野郎……奇襲とは汚ぇにも程があるだろ。豚だからってブヒブヒ言って許されると思うなよ……ベーコンにしてやる」


 唇の端を切ったのか、鉄の味がする口角を拭う。

 幸いにも歯は折れていないが、いきなり攻撃を仕掛けて来た豚に敵意に満ちた言葉を送ると、


「……豚が……人間様に楯突きやがって……」


 空腹は大分満たされたが目の前の敵に対する料理方法がアキトの中で決まった後、右頬を抱えたままゆっくりと半身を起こそうとするが、


「あ、お前ぇ誰に向かって物言ってんだぁ!?」

「あがっ……!」

 

 いつの間に彼のすぐ傍まで歩み寄っていたデカい方の豚。

 小さい声で吐いた捨て台詞のつもりが、蔑む小言には敏感な様で、そのピクピク動く耳にはちゃんと入っていたようだった。

 

「タナカさん!」


 再び響くレミィの小さい悲鳴。

 地面に蹲りながら、アキトの身に降りかかる豚の蹄に、今回の少女それは先ほどよりもよほど悲惨さを帯びていた。


「あらー、レミィちゃん、人の心配ばかりしちゃだーめ。貴方にも説教しないといけないんだから……夜も遅いし率直に言うけど、貴方が毎晩そこら辺の浮浪者にパンを配ってるのは知ってるわ」


 いつの間にかレミィの真正面にまで歩み寄ったおねぇの男。

 アキトの方へ向け、大柄のオークに殴る蹴るの暴行を受けている彼の身を案じるレミィ。

 

 そんな彼女の下あごを掴み、「よそ見なんてつれないわね」とレミィの小振りな顔を無理やり自分に正視させていた。


「アタシたちの仕事を……まさかワザと邪魔してないでしょうねぇ、レミィちゃーん。だとしたら辛くて悲しいわ、おねぇさん。アタシたちは貴方の命の恩人の筈でしょう?」


 口づけが届くような距離まで己の顔を近づると、おねぇの男はワザとらしく少女の耳元で囁く様に言い放った。

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