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営利主義の異世界で、無一文のホームレスが1兆円企業の経営を目指します。  作者: 松下屋太郎
第一章 【借金まみれのパン屋さん】~背負うは100万の借金と自分の命~
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第1話 『カロリーメ〇トすらない世界』

 あれから数日経った。


 三日も何も入れてない腹の中から伝わって来る不快感は、既に単なる飢えを通り越して痛みに変わりつつあり、


「あー、しんどっ。減量中のボクサーとかこんな感じなのかな……まったく尊敬に値するぜ、こんなの拷問と変らねぇだろ……」


 幸いにも街の一角には小さな川が流れており、その源泉は綺麗な湧水。

 数日前まで蛇口を捻れば飲み水が出る国に住んでいた者としては衛生面に一抹の不安は残るも、無償で供給されていたお陰で、脱水症状を起こさずに済んでいるのもまた事実。


「ったく、水じゃ腹は膨れねぇよ……」


 ただ、アキトが呟く通り、天然水のカロリーは0。

 身体を駆動するエネルギー源としては圧倒的に役不足である。


「ゴミ箱漁るまで落ちぶれたくないし……はぁー、どこかパンの耳とか無償で譲ってくれるところはねぇかな」


 『なにか咀嚼できるもの』を本能的に欲して止まない衝動で思考回路が一杯になるアキトは、その気を少しでも紛らわす様に大きく息をつくと、


「腹、減ったな。週末なんちゃって断食とは比べ物にならねぇキツさだよ……」


 外面からは目立たないものの、腹には沢山の贅肉。

 これらを消費していけば肉体的にもう数日は耐えられるであろうが、精神衛生上は既に限界に近い。


「――バチ当たる様な事はした記憶ねぇけど、なんでこんな事になっちまったんだろうな。むしろ俺は善行を積んできた方だと思うぞ……」


 体を動かすのも段々と億劫となってきて、アキトは路地裏の壁に背中を預け滑るように座り込んだ。

 

 FXで600万溶かして嘆いていた筈が、目を開けたら知らない世界にいた。

 今の状況を簡潔に説明するならそんな所である。


「もう三日目か。全部無断欠勤扱いなんだろうな。俺の輝かしいキャリアもここまでか。はぁー……ま、どうせ元の世界に帰れたとしてお先真っ暗か」

 

 あの大暴落した盤面を想像するだけでもゾッとする。

 精神的には最悪だが給料的にはまずまず会社だったので、貯金は有るとはいえ、資産をたばこ一本分の時間でその半分を溶かす悲劇。

 

「――異世界って奴だよなぁ、どう考えても。そーいうのはラノベの中で楽しむだけで良いんだけど」


 異世界なんてと鼻で笑っていた彼だが、今となってはこの世界の神に感謝するばかリ。

 600万円がチャラになったとはおもいつつも、つらつらと不満がアキトの口から垂れ流される。


「転生させるならテンプレに従えって……金なし武器なし力なしとかどんなベリーハードだっつーの」

 

 愚痴を聞いてくれる相手すらいない虚しさ。

 どこぞとも知らない景観に一人ポツンと取り残される不安たるや相当なもので、


「思ったほど中世然してないんだよな……もっと茅葺屋根とか松明がスタンダードなものかと思ったけど、それなりに文明は育まれていると見た」


 街灯はちゃんとあるし建物の外壁にもダクトやら配管が覗く。

 多少は古臭くも元いた世界とはさほど変わらないと主張する街の景観。

 

 石畳が整備された街道の上を歩くのは勿論人間で、髪の色がピンクだったり緑だったりと随分エキセントリックではあったが、それ以外はちゃんとホモサピエンス然していた。


 顔立ちは欧米系のホリが深い奴が多く、逆に黒髪黒目でアジア人代表の様な容姿をしているアキトは非常に浮いた存在である。

 服装も現代のTシャツとは違い、近代をモチーフにした映画に出てきそうな麻で出来た服を身に纏う人間が多く、


「あー、この服も目立つよな……こんな街中じゃ見つけてくださいって言ってる様な物だろ……まぁパンツ一丁じゃなかっただけマシかな」


 襟元を少しクイっと伸ばし、アキトは改めてワイシャツを眺めて苦笑い。

 わずか数日でダボダボになる錯覚さえ覚えるが、


「やっべ、ハラ痛ぇ⋯⋯」


 腹が「ご飯の時間だ」と急かさんばかりに胃液を分泌し、再びアキトに痛みと言う名の催促を仕掛けてくる。

 それを合図に口角は一気に下向きに釣り下がり、


「クソ!こんな異世界で何の活躍もできないまま死んじまう! そんなの……そんなのアリかよ!」

 

 この状況を打破せんとするアイデアはポツポツと浮かぶが、アキトは冷静になってそのすべてを次々と棄却。いつしかすべての選択肢を自分で潰しつくした彼は、人目に付かない路地裏から一歩も踏み出せずにいた。


「俺はどうすれば良いんだよ! あーもう腹減った!!!」


 波が波を呼ぶように押し寄せてくる焦燥に、思わず路地裏に響き渡る様な吶喊。

 怒りに任せて背後の壁に拳を叩きつけるが、帰ってくるのは虚しい痛みだけ。


 アキトは頭をくしゃくしゃと乱暴にかき回し、自身の膝に顔を埋めるが、


「……お腹、空いているのですか?」


 路地裏の入り口――大通りに面するそこから、風に乗ってそんな幼い声がアキトの鼓膜をやさしく揺らした。

ぜひ感想、ブクマ、評価などをよろしくお願いいたします!がんばります!

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