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フリークス  作者: 遠見 翔
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file:食虫花 その8 

file:食虫花 その8



唐崎さんから言われたことが耳に残る。


『―――飯島君がフリークスにならないように注意してね』


フリークスは人の思い、願いから生まれる化け物だ。


考えないようにしていたが誰でもフリークスになりえるんだ。フリークスになる可能性があるんだ。


強く思う。渇望する。願いを叶えるために、本気になっている。


今、飯島さんはフリークスに近づいてるのだろうか。


彼は今食中花を探すのに必死になっている。寝る間も惜しんで、食事の間も惜しんで。自分の使える時間をすべて捜索に充てている。


命すら削って、彼は犯人に近づこうとしている。


今の彼はすべてを使って、目的を遂げようとしている。


彼は、自分の削れるものがなくなったら次は何を犠牲にするのだろう。



―――どこかで聞いたような話だ。



---------------





あれから1週間たった。


私もそろそろこの仕事が何たるかを理解し始めた。


いや、嘘ついた。全く理解できてない。


だってこの1週間ずっと河川敷で捜索だよ? これで何を理解しろってのよ・・・。


私は一体何の仕事をしてるんですか? 誰か教えてください・・・


でも、まぁ一応ルーチンみたいなものはできた。


人間って悲しいかな、どんな状況でも適応できるようになるんだなって痛感したよ。


夜中まで河川敷捜索してさ、終電とかないからタクシーで帰宅して。朝は普通の会社員よろしく7時出社。


あれ? 7時出社って普通かな?


私の睡眠時間は? ねぇ私の睡眠時間は? あと休日ってあるの? 土日祝はもちろん休みだよね?


1週間たったけど、私に休みはないみたいなんですけど! 勝手に休んでいいの? ねぇ? そろそろ休んじゃうよ!


無いものを探す日々。あってはならないものを探す日々。


私の精神と肉体はすでに疲弊していた。


「おはようございまーす」


全く元気のない、死にかけの声で事務所の扉を開ける。


帰ってくる返事なんて全くない。


これもこの1週間で学んだことだ。


「飯島さーん朝ですよ」


私はしゃがみ、足元で寝転がっているタラコに声をかける。


飯島さんは家に帰っていない。おそらく遥さんがなくなってからずっとこの事務所で働き詰めなのだろう。


そこまでの憎悪か、目的意識かが彼をこの事務所に縛り付けている。


食虫花を捕まえるまでは、なにがあって「止まらない」そんな強い意志だけは見て取れる。


彼には家に帰る理由も、帰りを待つ人もいなくなってしまったのだ。


一度休みでもとって気分を変えてみたらいいのにとは思うが、今の彼にその言葉を言う勇気はない。


ちなみに、なぜかこの事務所に洗濯機はあるので着るものには困っていない様子。


なんで普通の事務所に洗濯機があるのか謎だけど、たぶんこういうことを予想して作られたに違いない。


・・・。絶対私は帰るからね! お家大好きなんだから!


で、一応心配にもなるので、一度帰らないんですか? と、質問してみたのだがすごい顔で睨まれた。


なに? 私なにか悪いこと言った? ねぇ?


って半ギレになってみたものの。口にだせるわけもなくそのまま泣き寝入り。


それ以降、飯島さんの生態として彼の宿はここなんだと自分に言い聞かせ、気にしないことにした


「・・・あ?」


この通り、飯地さんの寝起きは最悪だ。開口一番「あ?」って。


ただまぁそんな威嚇も慣れてきたので、そのまま。


「顔洗ってくださいね。あとご飯も食べてくださいよ。昨日はちゃんと食べたんですか?」


と、おかんみたいな感じで話かける。


でも知っているのだ、基本こういっても飯島さんは無視するのだ。


ひどくない?


そのままスタスタとタラコは洗面所の方へ向かって歩き出す。


いつ見ても笑いそうになるが、笑ったらまた睨まれてしまうのでグッと堪える。


ここ数日で気付いたことがある。あのピンクの寝袋だがよくよく見ると女性用サイズなのだ。


だからピチピチで身のしまったタラコに見えているのだと観察していて気がついた。


そして、それが誰のものだったのか。予想しなくてもわかっている。


だからタラコ姿に笑いそうになるのだが、それも今では悲しみと半分こみたいな感じだ。


ぐちゃぐちゃで、疲れ切った私の脳内は色々と麻痺していた。


「おい、柊」


洗面所から出て、イケオジモードになった飯島さんが私に声をかける。


「はい? なんですか?」


「お前、食虫花ってどんなやつだと思う?」


それは私が一番聞きたい。


「いや私に聞かれても全然予想もつかないですよ。だって報告書では体長5メートルとかって書いてましたけど。普通体長5メートルの巨人なんて出くわしたら速攻通報もんですよ? というかそんな巨体なら目撃情報があってもおかしくないのに、全く問い合わせも報告もないし・・・。私からしたお手上げです」


「・・・そうだよなー。もしかすると実際は体長5メートルじゃないのかもな。普通の人間サイズで人間を食らった・・・とか」


「え、でも人間大のものを丸呑みにしたって鑑識から報告あったじゃないですか。溶かしきれなくて吐いたとかって」


「そうなんだが、あまりにも報告が少なすぎる。遥の死以降河川敷を虱潰しにしても野良犬の死体どころか、なにもでてこない。色々と捜索の方向性を変えていかないとな。正直俺もお手上げなんだわ」


そりゃそうだ。河川敷なんてこの1週間で何週したことか。今なら目を瞑ってでも歩けるくらいには虱潰しにしたぞ。


「そこでだ。今日からは河川敷の捜索はいったんやめにして市街地を重点的に調べてみようと思う」


「なるほど。これでやっと泥だらけのスーツのクリーニング代を気にしなくて済むんですね」


「そうとも言う。というかクリーニング代くらい経費で落とすから領収書集めとけよ。あとで建て替えてやるから」


まじで! 神!


「まじで! 神!」


「あ? 誰に向かってため口聞いてんだお前?」


やば、ちょっと嬉しすぎてつい心の声がそのまま出てしまった。


「す、すいません」


「まぁ、いいけど。それでだ。お前、自分が食中花だとして一番どこに行きたい?」


「えー、私が食虫花だったらですかー・・・」


うーん。少々考えてみる。


というか私が食虫花って考えるもいやだなぁ。


まぁ色々と整理してみよう。おそらく主な食事は野良犬。ただ河川敷周りの野良犬はあらかた食い尽くしたのだろう。


ここ数日の調査で全く死体は出てきてないし、探しながらではあるが河川敷に野良犬の姿なんて、とんと見なかった。


そして一番最初の被害者と思われる死体の一部は繁華街で見つかった。身元は溶解が激しくまったく掴めない状態なので、どこの誰の一部なのか全く検討はつかない。


おいしいごはんの匂いに誘われて繁華街によりついたのか・・・


「うーん。そうですね。ありきたりですけど、今の少ない情報をからするとやはり繁華街とかご飯屋さんが立ち並ぶ場所に行きたいんじゃないんですかね? まぁそこらあたりで、行方不明者とかの情報もでてないですけど」


「ほんとにありきたりだが、まぁ俺もそう思う」


なんだ? ちらっと私をバカにしたか?


「あ、でも一つ気になるんですが、行方不明になっている久保一家の宅内を確認してみたいなとは思います」


「ほぉ。警察の調査報告では争った形跡もなく、食虫花とは別件だって言われているのにか?」


「そうですね。私も報告書は見たんですが、まぁなんというか。自分の目で見てみないと気が済まないっていうか、女の勘、ってやつですかね?」


「女の勘ねぇ・・・。よし。じゃあお前はその久保一家を調べてこい。俺は繁華街を更地にしてくる」


「え、結構すんなりなんですね。というか更地って調査するって言ってくださいよ」


「まぁ女の勘ってやつはあてにならないからな。遥の口癖だったよ。あいつが携わった事件のほとんどで、重要な手掛かりは「女の勘よ」で見つけてきやがったからな」


「あ、そうだったんですね」


なんもいえねー。ナイーブな話題なんだから私に投げてくんなよ、そのボール。


「じゃ、じゃあ私は久保一家の調べてきますね!」


「おう。あとくれぐれも、食虫花を見つけたら俺に連絡しろ、絶対に近づくなよ」


「わかってますって。私でどうにかできるわけないじゃないですか」


「ならいいけど」




――――――これが最後の話だった。









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