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フリークス  作者: 遠見 翔
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fille:食虫花 その7

file:食虫花 その7



ピンポロピンポロピンポロピンポロ


けたたましく私のスマートフォンが騒ぎだす。


誰か知らないがこんな夜中に着信とは、死んだらいいと思う。


時計すら見れないのかアンポンタンが。


時刻は、すでに深夜3時。新聞配達のお兄さん方がやっとアップを始めるような時間帯だ。普通の人はまず起きちゃいない。


昨日の河川敷での調査はあの後も続き、頭にヘッドライトまで着けて鉄鉱夫よろしく日が落ちても作業は続いた。


もう終わりにしませんか? と言い出せなかった私が悪いと思う。


でも無理だって! 言えると思う? あんな雰囲気の中でさー!


ピリピリのピリピリだよ?


それに、必死に手がかりを探してる飯島さん置いて帰れないよ・・・・


終わりとかないし、いつまでたっても地面を掘り掘り、草をかきかき。


見つかるのはもっぱらゴミやガラクタばかり。有力な手掛かりは見つけられず、飯島さんの「今日はこれくらいにしとうこうか、初日だし」という言葉を聞いたのが日付の変わる深夜0時。


初日のわりには働かせすぎやしませんかねぇ?


まぁ人死にが出ている現場だし、あんまり甘ったれたことを言うのは違うのかもしれないけど、私だって人間だし! 労働者としての権利は合ってもいいと思うんだ!


てな感じで、泥と汗まみれの体をキレイにして、さー寝よ寝よと思った矢先にこれだ。


今日はもう閉店だ。というか私の電池切れだ。電話の主が誰だが知らないが、放置放置。


スマホがうるさくて寝れないのでそっと、マナーモードだ。


―――唐崎さん


スマホの画面に、おおよそ無視したら後が怖そうな人の名前が表示されていた。


私は、スマホを握りしめたまま。数秒硬直。出ようか出まいか考える。


そんな迷いのうちに電話切れてくないかなーっと、あわよくばの考えを持っているが、電話の主は全く諦める様子はない。


これ以上着信音を鳴り響かせても、ご近所迷惑にしかならないのであきらめて出ることにした。


あーいやだ。絶対なんかめんどくさいことになるよ・・・・


「はい、もしもし柊です」


『あ、柊さん。ごめんねー夜遅くに。今ちょっとだけ大丈夫かな?』


夜遅いと思ったんなら時計を見ろよ。何時だと思ってんだ? 遠慮しろよ。とは口が裂けても言えないでのとりあえず、元気よく返事をしてみる。


「はい! 大丈夫です!」


おっと、そう言えばそうだ。電話口なら唐崎さんの眼光を全く気にしなくていいじゃないか! あの有無を言わせない視線のレーザービームなんて怖くないぞ! 電話最高!


『ハハハ。夜なのに元気だねー。やっぱ若いからかな? おじさんもう年だからこんな時間まで起きてると死んじゃいそうだよ。あ、そうそう。昨日は初日だったけど、どうだった?』


そのまま死ねばいいのに


「そうですね。色々と初めてのことばかりで戸惑ってしまいましたが、なんとかやっていけそうです」


まーなんて社交辞令。電話ではこう言ってるけど、今の私の顔は不動明王みたいにしかめ面だからね。


『そっかそっか。それはよかったよー。いやね。僕も君みたいな若い子には、ちょっとショッキングすぎたかな?って思ってたんだよー。そう言ってくれて僕も安心だ』


馬鹿かな? 自分でショッキングってわかるなら最初に言えよ。


「いえいえ。ただ私で務まるのかはちょっと不安ですね・・・・」


『大丈夫、大丈夫。君ならできるよ絶対。おじさんが太鼓判おしちゃう』


お前の太鼓判なんていらねーよ。汲み取れよ。私じゃ務まらねーって言ってんの。


『ところで、飯島君とは話した?』


「? はい本日色々と教えていただきました。フリークスのこととか、仕事のこととか、調査状況とか、亡くなったのが奥さんだって話も・・・」


『・・・そうだよね。しんどいよね。僕だってなんて最初どう声掛けたらいいかわからなかったもん』


「ですね・・・。私も話を聞いたときにどうしたらいいのかわからなくて。飯島さん、口には出さないですけど辛そうでした」


『だよね・・・。僕も飯島君が心配でさ。彼、亡くなった奥さんとは幼馴染だったんだよ。小学校から一緒で、同じ中学高校大学って、ずっと一緒だからさ。自分の半身を失ったようなものでしょ? それって』


そうだったのか。どれくいの年月なのだろうか。小学校から大学。さらには職場まで一緒ということは、今まで歩んできた人生のほとんどが同じだったに違いない。


家族よりも、親友よりも、長い時間を過ごしたのだろう。唐崎さんの言う通り、それは自分の半身を失ったのと同義だ。


傍にいたのがあたりまえで、傍にいないのが異常な日常。彼は今のその異常を一人で噛みしめている。


藻掻いても、願っても、死んだ人間は生き返らない。不可逆の選択の中で、彼らの運命が決まったのだ。


もっとも。決められた選択は一番残酷なもので、あったはずの望んだ未来は選ばれなかった。ただただあるのは決まった現実。


受け止めようのない、悲嘆。


感傷に浸る間もなく、彼に突き付けらた現実。半身を失った彼。


悲泣し、悲傷し、痛哭する。


私には想像もできない痛みだ。


「そうだったんですね・・・。幼馴染。どれだけ長い時間一緒にいたのか、想像するとゾッとします」


『ね。僕が同じ状況になったら、たぶん彼ほど早く立ち直れないと思う』


「私もそうですね。多分、立ち直るどころか元の生活を送り続けることなんて到底考えらえません」


『でしょ。だからね。難しいとは思うけど、彼を支えて欲しいんだ。今は目的があるから、がむしゃらになってると思うけど。そんなものはすぐに限界が来る。いずれ壊れてしまう』


「・・・・」


私にそれが果たしてできるのだろうか。


ここで「はい」と言うのは簡単だ。だが、私はその回答をするのを躊躇った。


彼に空いた穴を埋めることは誰にもできない。

空っぽになった心の穴を埋めるのは自分にしかできない。


他の誰でもない自分が変わらなければいけないことなのだ。


いつだって人は一人だ。どういう言葉で取り繕っても、自分という人間は一人で、自分を救えるのは自分だけなのだ。


だから私は、


「唐崎さん。私では彼を支えることはできないと思います。―――ただそれは人としての話で、仕事としての話なら喜んで力になりたいと思います。悲しんでる、辛い思いをしている。そんな人をほっておけない性格というか性分なんでしょうか。私にもわかりませんが、なんとか今の私でできる範囲で頑張ってみます」


私の精一杯の回答だ。これが今の私にできる精一杯。


会ってまだ1日だけで、悲しいとも思うし、辛い思いをしたんだってわかった。でも私の彼に対する認識はまだその程度だ。


私はまだ彼にとっての他人で。私にとっても彼はまだ他人だ。


彼の気持ちを共有するほど年月を共にしたわけでもない。


友達でもなし、ましてや、まだ同僚としての立場にすらいない。


これからのことはわからないけど、まずは彼が壊れないようになんとか頑張ってみようと思う。


『ありがとう。やっぱり君を選んで正解だったよ』


電話越しの声が、優しくなったような気がした。こういうとき電話って不便だなと思う。


『じゃあ、そんな君たちのために僕らから一つプレゼントをあげるよ』


「追加の仕事ならいらないですよ?」


『ハハハハハ! 言うねぇ柊ちゃん! 違う違う。フリークスのことは聞いたでしょ? でね疑問に思ったかもしれないんだけど、今回みたいに人の願いを超えて人を超えちゃったパターンの時なんだけど。普通の人間で対処できると思う?』


む。そういわれればそうだ。今回の食虫花みたいな想定5メートルの対象なんてどう捕まえるのだろう?


普通じゃないことばかり聞いていたので、見つけたあとのことを全く考えていなかった。


「えっと、対処は難しいんじゃないですかね? 私も警察官として一通りの護身術は嗜んでますが、体長5メートルの相手に通用するとは思えません」


『だよね。じゃあさ、一つ質問なんだけど。そういう場合っていままでどうしてたと思う?』


うーん・・・・。考えるのは自衛隊とか使って、捕まえるとか? でっかい網とか使って。麻酔銃とかしこたま打ちまくるとか?


「そうですね・・・。麻酔銃とかで眠らせたりとか、自衛隊に協力を要請するとかですかね? あんまり具体的なのは思いつかないです」


『まぁ普通はそうだねよ。でもね、フリークスってのは実はどこにでもいるんだ。普段の生活の中、すれ違う人の中。数は少ないけど、日常生活を送っているフリークスもいる。自分がフリークスだって気づいてない人だっているんだ。普通の人間が、普通じゃない人間を捕まえるのは難しいでしょ? プロボクサーが一般人を傷つけたらいけないように、プロボクサーが相手にするのはプロボクサーだけなんだ』


なるほど。ということは。


「あー、つまりは、フリークスには、―――フリークスを。ってことですか?」


「正解」


目には目を。歯には歯をの理論だ。


だが聞いた話では、フリークスは自分の望みのため、願いのため自分を変えた人達のことだと思うけど。そんな人達が捜査に協力してくれるのだろうか?


自分の願いを叶えるだけで一杯一杯なイメージなんだが。


『まぁフリークスって言っても、いろいろあってね。あ、根本は変わらないよ。彼らは強い願いをもってフリークスになった。けれど、その願いが叶ったら? 願いが叶わなかったら? 願いを諦めたら? 彼らはそのあとどうなると思う?』


「つまりは、例外がいて、日常に戻ってきた人たちがいるってことですね」


『そう。彼らも元は人だ。というか人だと自分では思ってる。そんな彼らもこの日常の枠のなかで生活するしかない。お金がないとこの資本主義の国では生活できないしね。それならこういう仕事が回ってきてもおかしくないんじゃない?』


「なるほど。合点がいきました。じゃあ、フリークスを捕まえた際にはその人達にお願いするってことですね」


『そういうこと。だから僕の方で一人、腕利きのやつに話を通しておいたから、近い日に連絡があると思うよ』


願ったり叶ったりだ!


「わかりました。色々とありがとうございます」


『うん。じゃあもう夜も遅いから、明日から頑張ってね。


あと、くれぐれも飯島君が―――フリークスにならないように注意してね』




―――さらっと、怖いことを言って、一方的に電話が切れた。








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