file:食虫花 その5
file:食虫花 その5
資料を読んでみたが、なんだこれ?
身長5メートル? おかしくない?
というか身長5メートルなら、ほいほい見つかってもいいと思うんだけど。
仕事しろよ日本の警察。
しかも人間丸呑みって。
ワニかよ。
もう人間探すんじゃなくてワニ探せばいいんじゃないかな?
動物園とかにいるよ絶対。うん、そうだよ。
多分ワニが脱走したんだよ。絶対そうだよ。
あとさー。胃の大きさもやばいよねー。
10倍って。人食いなんかしないで、大食いしてた方が、よっぽどましだよ。
YouTuberにでもなればいいよ。登録者増えるよきっと。
はいどーも、大食いYouTuberでーす。今日は人間の丸呑みをしてみたーーー。
いえーーーい・・・・。
不謹慎すぎる・・・。
でも、なんで人なんか食ったのかねー。
美味しいの? 絶対美味しくないよね?
あー鬱になってきた。
というか待って。私今からそんなやつを調査するの?
ダメだよね? 無理だよね?
どうやって調査すんの? ほんと動物園いくよ?
だってワニさんしか想像つかないもん。
ワニさん以外に、考えられる?
身長5メートルで? 胃の大きさは10倍? それで胃液がMAX?
ワニさんでいいよ。ワニさんってことにしとこうよ・・・。
私なんか見つかった瞬間、パクリだよ・・・。一口だよ・・・。
嫌だなー・・・。
というかフリークス調査の初仕事がこれっておかしいよね?
ハードル高すぎるよね?
だって私この前まで、猫探しとか、道案内しかしてないんだよ?
それがこれって・・・。
他の人がおかしくないって言っても私はおかしいって言うよ!
もっと軽い仕事にして欲しいんだけど・・・。
そんな感じで、私の嫌々タイムは、結構続いた。
「というわけで、資料は読んだか?」
ガラッと、先ほどタラコが入っていった部屋から別の人が出てきた。
パリッとしたワイシャツに、すっと伸びた背筋。整えられた髭。
まだ乾き切ってない髪はパーマをかけているのか、すこしクシャクシャにウェーブがかかっている。
そんな、なんとも不思議な魅力のあるおじさまが現れた。
「?」
誰だ、このワイシャツ姿のイケオジは。
まさかタラコか? そんなわけないよー。
だって寝袋と一体化したようなやつだよ? 顔から寝袋が生えてたんだよ?
一丁前に、髪の毛クルクルになってるしさー。髭も整えちゃってさー。
腹立つわー。
あ、でも一応お約束しとこ。
「あの、た―――先ほどの方ですか?」
「はぁ? お前なに言ってんの?」
やっぱりー。タラコだったー。というか名前しらねー。そろそろ教えてくれてもよくないかな?
いつまでも脳内でタラコタラコ言うの疲れるんだよ。今みたいに名前呼ぶとき、タラコって言っちゃいそうになるし。
「あ、すいません。あの、その、ふ、そう! 服装が変わったので、わからなくなりました!」
「バカだなー。服くらいで誰かわからなくなるなんて、お前大丈夫か?」
いやいや。ビフォーアフターくらい変わってますから。劇的ですよほんとに。
まぁなんてことでしょうだよ。あのタラコがイケオジになりました。これには依頼者もニッコリです。
うっせーよ。
「とりあえず、資料読んだかって」
タラコは目を細めながら、訝しげにそう問うた。
「はい。目を通しましたけど、これってほんとのことなんですか?」
「ほんとのこと。さっきも言ったろ? 名前なんか気にしてたらキリがないって」
実際そうだよね。なんで食虫花なのか吹っ飛んでたもん。
名前よりも内容の方が吹っ飛んでるし。
「そうですね。これが本当なら、一大ニュースですよ。よくマスコミが記事にしないですね。あ、まだマスコミにバレてないとかですか?」
「いいや、マスコミはこのこと知ってるよ」
「え。じゃあなんで記事にしないんですか? ニュースなんてやった日には視聴率グングンですよ?」
そうだそうだ。お茶の間の奥様方は刺激を求めているのだ。こんな井戸端会議にうってつけの話題を見過ごすわけがない。
「まぁ、色々あってな。そもそもフリークスってのは昔からいるんだよ。人の願いから生まれるやつだから、どんな世代、どんな世の中にも存在する。人の願いがある限りな。ただそう言ったのをいちいち報道しても、今の世の中じゃ信じないだろ?」
「そう、ですね。信じないかも知れないです。でも昔からいたのなら、なんで昔の人は報道することをやめたんですかね? 昔から報道というか、知られているのならすぐに、
フリークスが出たんだな、危ないな、とかで注意したりできたと思うんですよ」
「よく考えてみてみろ。例えばだ、フリークスって存在が社会に浸透してたとしよう。そうした場合、正常な人間はどうなると思う? 私は頭がおかしいからフリークスじゃないのか? あいつは、要領がいい。なにかズルをしてる。フリークスになってなにか能力を得ているんじゃないのか? ってならないか?」
ふむふむ。一応納得がいく回答だ。人間嫉妬する生き物だから、誰かが優れていると妬むし、嫉妬もする。
ズルしてるんじゃないかって疑って、結局疑心暗鬼になってあいつは、フリークスだとか。
“危ないから近寄っちゃいけません”とか、小学生が”エンガチョ!“みたいに変なイジメに発展しないようにしてるってわけね。
「あー。ようは、疑心暗鬼になって無用なトラブルを避けたってことですかね」
「そう。それとフリークスは流行り病みたいなもんなんだ。思い込みから風邪を引くみたいに、“あーしんどい。絶対風邪ひいてるわー”とか思ってたらほんとに体調が悪くなるみたいに、本来ならフリークスにならないやつもフリークスになっちまうかもしれない。人の気持ちがやつらの原動力だから、一人でも犠牲者を減らすために、この世の中は一致団結して広めないようにしてるってことだな」
「へー。だから徹底的に報道管制を引いてるんですね」
「まぁ、もう業界全体が暗黙の了解みたいになってて。最初は殺人事件がありましたとか報道するんだよ。でも、それがフリークス絡みだとわかると嘘の報道をしたり、全くそのことに触れなくなるんだ。たまにあるだろ? 殺人事件があったけど、犯人がどうなったかわからないやつとか」
「あー、ありますね。犯人がどうなったとか報道されない限り忘れちゃいますし。すぐにほかのニュースがポコポコ出てくるのでいちいち覚えてないですし」
「そういうこと。世界中の各国がこれに関してだけは仲良くお手てを繋いで、秘密にしてんだよ。フリークスの存在を知ってるのも、お国の一部のお偉いさんとか、関係者だけ。そんな感じだから、今更馬鹿正直に報道したって各方面のお偉いさんから圧力がかかったり、最悪ペシペシってお仕置き」
こいつ可愛く言ったけど、ペシペシって。絶対ペシペシじゃないよね。
「あと、フリークスは普通の人間には毒だからな」
「毒? どういうことですか?」
「腐ったみかん理論だな。一つの腐ったみかんがあると、そこから腐ってくるだろ? それと同じように、フリークスも普通の人間に悪影響を与える。正常だったものが異常を知ってしまったら、それは異常じゃなくなる。人の認識が次第に薄れて、異常から正常になるんだ。だから今回のケースだって、もしフリークスの存在が浸透してたら、ああ、今日は胃が大きい人なんだ。とかなっても嫌だろ?」
仰る通り。そんな日常はごめんだ。
正常は、異常があるからこそ正常なのだ。異常が日常になってしまったら、それは正常に違いない。ただの認識の違いにすぎない。
私達は危うい正常を守って、異常にならないように生きているのだ。
というわけだ。と言って、タラコは話を終えた。
あれ? そういえばなんの話してたっけ?
日常って大切だねーって話だっけ?
「それじゃあ、調査に行くから準備しろよ」
あー。そうでした。私はその異常を調査しないといけないんでした。
でも、そろそろ聞いておこう。
私はこの部屋に入ってきてから気になっていたことを改めて聞いてみる。
「あの、その前に、先輩? の名前ってどうお呼びすればいいんでしょうか?」
「名前? ああ、言ってなかったっけ」
そう言いながら、すこし聞いたことある名前を彼は口にした。
―――俺の名前は、飯島 大我。
奇しくも、報告書にあった飯島 遥の名前と同じ苗字だった。