file:食虫花 その1
file:食虫花 その1
私の名前は、柊 藤花。現在23歳。警察官。
片瀬町の派出所に勤務している。
まぁ若い女の子が警察官だなんて、大層な理由があるんだろうなと世間は言う。
だってそうでしょう?警察官なんて見てよ、ほとんど男性で、婦人警官なんて滅多にいないんだから。
だから私が警官だって言うと、みんな口を揃えて、
「え!警察官!なんでなんで!」「なんか深い理由でもあるの?」「いやあるに決まってるだろう。だってこんなに若いのに警察官やってんだぜ?絶対なんか理由があるんだよ」「それもふかーいふかーい理由がな!」「な、そうだろう?」
的な?
あーもう、そういうのって結構うんざりする。え、なに? 深い理由? あるよそりゃ? だって、自分の人生を左右する最初の仕事だよ?
そりゃーふかーいふかーい理由があるに決まってるじゃない。
・・・・まぁそんな理由ないんだけど。
大学の時に、どの職業にしようか悩みすぎて、あれでもないこれでもないって悩んで悩んで。
あー私って全然自分がなにしたいのか、まったく決めてなかったよなーって。
本音を言えば、イケメンで高給取りの旦那様捕まえて、毎日専業主婦生活ー!あーハッピー!毎日バラ色、みたいなことを考えなくもないけど、いかんせん、社会は世知辛く、現実はさらにスパイスキツめだ。
どっかのチェーンのカレー屋さんの10辛くらい辛い。だいぶ辛い。
あー私がもっとモテていれば仕事なんてしなくて済むのにって。
まぁ彼氏なんていませんけど。
だからなにを血迷ったのか、今自分がなれる仕事を全部リスト化したわけ。
看護師もあったし、お花屋さんもあった、ケーキ屋さんだって。
自分の今後なんてまったくノープランだったから有難いことになんでも選べたわけ。
それで、どうしたもんかと、悩んだ挙句。
そうだ! どうせやりたいことなんてないし、別になんのお仕事したってどうせ一緒だよ!
適当にダーツで決めちゃえーって。
ーーーーーーーー馬鹿だったなー。
あーほんと馬鹿。
で、警察官と。
最初はなんでか知らないけど変なテンションだったのよ。
だって、私が警察官!! あ、やべ、適当に生きてるやつらにマウントとれるじゃんとか。
崖の上で、なんでこんなことした! とか火曜日の夜にやってる刑事ドラマみたいなことできるじゃんて思ったわけよ。
ね?テンション上がるでしょ?
まぁそんな変なテンションのまま、警察官になっちゃたんだから、まー大変。
やっぱね、現実ってドラマみたいにいかないね。
ほんと。なってみたわかったけど、あんな殺人事件だとか、誘拐事件だとか、起きないね。あーもうほんと平和。
まぁよく考えると毎日ぽんぽん人が死んだり誘拐されるような街はいやだな。
どんだけ治安悪いんだよって。
もう毎日おじいちゃんとおばあちゃんと世間話して、たまーにくる来客も、失せ物とか、道案内とかそんな感じ。ほんと日本っていい国だねって思うよ。
そんな私が今朝から片瀬町を離れてどこにきているかっていうと、何故だか本庁にお呼びだしされちゃいました。
なんだろう、何かしたかな?
いやしてない。
というかする勇気もないし、そんな悪いこと誘ってくれるツテもない。怪しい粉の取引とか、賄賂もらってウハウハとかもない。
私って人付き合いへただからなー。唯一ちゃんと話せるっておじいちゃんおばあちゃん世代だけ、あと高校時代の親友のマナちゃんだけ。
だっておじいちゃんおばあちゃんってちゃんと話聞いてくれるしね。若い子のことはよくわからん。
だからなぜ私が本庁に呼ばれたか皆目検討もつかない。
ほんとなぞ。
さてさて、この待合室で待つのもそろそろ飽きてきたぞー。
応接室は簡素なテーブルに二人がけのソファーと、一人がけのソファーが対面に二つ。
テーブルの上には申し訳なさそうに安そうなお茶請けが置かれている。
事務員さんが入れてくれたお茶があるけど、どうにも飲む気になれなくてそのままにしてるけど、そろそろ冷めちゃってるよなーって、湯飲みを眺めていると、応接室の扉がノックされた。
コンコン。
「柊さん、ごめんね。待たせちゃって」
現れたのは初老のメガネをかけて男性。ぽっちゃりとしたビール腹でザ・オヤジって感じ。ただすごく優しそうなおじさんがハンカチで汗を拭いならがソファーに腰かけた。
「いやーまいったよ。これから柊さん来るって言ってるのに、ちょっとだけ話を聞いてください!って部下に詰め寄られちゃうんだから」
「いえ、お構いなく。私、これでも待つのは得意なので、全然気になりませんでした!」
「はっはっは。若いねー。ごめんね、気をつかわせちゃって」
正直結構待ったと思う、入れたお茶が冷え切るくらいは待ったので、もうちょっと謝罪してくれてもいいんじゃないかなと、心のなかでグチグチしてみる。けど、顔には出さない。私は社会人、大人大人。
「お、っと。ごめんね自己紹介まだだったね。僕は、唐崎。普通に唐崎さんでいいからね」
「はい、こちらもご挨拶が遅れました。ご存じかと思いますが、柊 藤花と言います。よろしくお願いいたします」
「はい、よろしく。じゃあ早速で悪いんだけど、いいかな?」
「?」
なんだ?なにがいいんだか、よくわからない。私なにかやっちゃた系かこれ。怒られるパターンか?
「ええ、構いませんが」
「ありがとう。じゃあ。君。口は固い方?」
「?????」
あ、ダメだ。私絶対変な顔してる。首の角度も30度くらい傾いてる。この角度が一番写真写りよくなるんだよねー。じゃなくて
「あの、おっしゃる意味がよくわからないのですが」
「言葉通りの意味だよ。口は固いほうかな? 色々調べさせてもらったけど、SNSもあまりしてないみたいだし、友達も少ない。よく喋る友人も高校時代の友達一人ときた。君友達少ないね」
ーーーーーーーーゾッとした。
わたしの交友関係と、スマホ事情が筒抜けになっている。
あと友達が少ないねってなんだ、馬鹿にしてるのか。
というかなんでわたしの情報がすっぱ抜かれているのか非常に気になる。
やましいことはないし、ほんとに友達もすくないから影響はないけど、気分がいいものではない。
というかやっぱり友達少ないが気に食わない。悪かったな、友達少なくて
「え、あの、ほんとにおっしゃる意味がよくわからないのですが、それと何故わたしの友人関係や、SNSのことを把握されているのですか?」
「まぁまぁ、深く考えないで、とりあえず、ぼくが言った質問にだけ答えてくれたらいいから」
スッと一呼吸置いて、唐崎さんが。
「口は固いほう?」
ーーーーーーーー背筋が凍りついた。
キンと耳鳴りがする。
部屋の温度がいきなり下がったような錯覚がわたしを襲う。
さっきまでは、あんなに優しそうだったの唐崎さんが、突然恐ろしくなった。
雰囲気が、がらりと変わり、視線がわたしを串刺しにしている。
失礼かもしれないが完全に人殺しの目だ。
数瞬の沈黙が永くて息が詰まる。喉が張り付き、ゴクリと唾が胃に落ちていく。
「は、はい」
なんとか声に出して、はいと言えた。
ただそれだけで、わたしは蛇に睨まれたカエルのように、いまかいまかと捕食される瞬間を待っている気分だ。
「なら安心した。とりあえず君の職場を変更したいと思うんだ」
唐崎さんの雰囲気がふっと変わった。
部屋に充満していた冷気のようなものはなくなり、窓の外で走る車の音がよく聞こえるようになった。
さっきまでの殺人視線は解除され、普通のおっさんアイに変更されている。
どっと、堰き止められたダムから放流するように汗が噴き出た。
「え、あの」
「あーごめんね。いきなりでびっくりするよね? いきなり職場を変更だなんて。僕もいきなりで悪いとは思ってるんだよ」
ちげーよ。まずお前が出してたさっきの殺人光線の方を謝れ。
ん?職場変更?
「職場変更ですか?」
「そうそう。ほんとごめんね。ちょっと部署の人間が一人いなくなっちゃって、代わりの人を探してたんだよ」
ほうほう、普通に異動の件だったのか、なら安心。あーでもまださっきの殺人光線の余波が来てる。汗ダラダラだよ。なんだよこのおっさんは。
「あーそうだったんですね。いきなり退職されちゃったんですか?」
「そうなんだよ。いやね業務中に死んじゃって。変わりの人間がいないから困ってたんだよー」
「あーそうなんですね。業務中に死んじゃったんですね。それはお気の毒に」
まてまてまてまて。こいつ今なんてった?死んだ?業務中に?
「え、あの今業務中に死んだとおっしゃいましたか?」
「そう。業務中に死んじゃったんだ」
「事故とかではなく?」
「うん、マル秘に殺されちゃった」
あーだめなやつ。これだめなやつ。はい貧乏くじー。
「えっと、その、ようはわたしにその殺された人の代わりをやれと?」
「そう! 理解が早くて助かるよ!」
なんだこいつ。死ねっていってるのか?
「すいません。色々と追いつけていないのですが、その殺人事件かなにかで巻き込まれた感じなんですか?」
「うーん。殺人事件と言えばそうだけど、まぁ例外ってあるよねー。こんな世の中だし」
まったく、答えになってねーーー。人の質問に対してきちんと返答しなさいよ。おっさんなんだから、わたしより長いこと生きてるだろ。察しろよ
「あの、殺人事件ならわたしじゃなくて、他にも適任がいると思うのですが、何故わたしなんですか?」
殺人事件なら、本庁の人が出張ってくるはずだ。それを、片田舎の派出所勤務の若娘なんかを替え玉にする理由がわからない。
「うーん。まぁ候補はいたんだけど、結構特殊でね。いくつか条件があって、それに合致したのが君ってわけ」
「条件、ですか? 差し支えなければその条件をお聞きしても?」
「とりあえず、友達が少なくて口が固そうな子。それでSNSとかもやってなくて、ネット社会からも外れた人を条件に探したね」
ほーん。此奴、わたしをぼっちだと馬鹿にしているな。よし断ろう。腹が立つ。
「あの、せっかくのお話で大変恐縮なのですが、わたしのその異動を辞退させてもらっても宜しいでしょうか?」
「なんで?」
「いえ、どうにもお話を聞く限り、わたしでは務まりそうにありませんので、殺人事件だなんて。経験の浅い私ではなく、他の経験豊富な方のほうがよろしいかと」
そうだそうだ!適任は他にも腐るほどいるだろう!私以外のボッチをあてがえ!そんな貧乏くじ誰が引くかってんだー!
「うーん。断れるとは思ってなかったよ。ほんとにダメ?」
おっさんがダメ?とかいっても可愛くないんだよ。もっと可愛い子連れてこいよ
「そうですね。申し訳ないですが、私はちょっと・・・」
「そっか。でもね。僕、一言でも」
「断っていいなんって言ったか?」
声色が変わった。
劇的に瞬間的に、昼から夜に変わったように部屋の雰囲気がまた変わった。
先程の殺人光線と同じだ。Noは求めてないと、彼は言っている。ギュッと心臓を掴まれたように息が止まる。
「わかるよね? もう一度聞くよ、やるよね?」
はい、以外に回答ってあるのーーーー。ないよねーーーー。あー死にそう。
「は、はい」
「ありがとう! 嬉しいよ! 君ならそう言ってくれると思ったよ!」
ダメだ。この温度の緩急についていけない。私は温度計じゃないんだぞ。
「じゃあ、明日からここの住所にある事務所に行ってね。話は通しておくから」
そう言って唐崎さんが席を立とうとする。だがまて、私はなにに巻き込まれるのかまだ聞いていない。聞かずして、はいそうですかと帰れるもんか。
「あ、あの! すいません。私、どんな仕事をするんですか?」
「うーん。説明が難しいな、簡単に言うと」
ーーーーーーーー怪物退治かな?
不思議な回答だった。






