第四話 回顧録 ~ネサラ編~
あれは、いつのことだったか。自分が、母親を殺したのは。
たくさん他人を殺してきたせいと、永く生きすぎたせいでよく覚えていない。
それから、時天使特有の価値観のせいで。
時天使は非情なほどに現実主義だ。
過去にも未来にも行ける彼らは、逆に言えばどこにも存在していないようなものだった。勿論自分も。
だから、自分の誇りとその存在を証明するため、強さを求める。時天使の長と、その側近になるために、邪魔者を消す。
そうーー重要なのは、弱い者が死に、強い者が生き残るという事実。
大体が、長や側近という官職は高齢順に決まる。それは他の天使も同じだ。高齢の方が世間を知っているし、持って生まれる魔力の最高値がそのまま寿命になるからだ。
天使は生まれた頃は大した魔力をもっていないが、成長と努力によって高まっていく。だが、努力でどこまでいけるかは一人一人生まれた時に決まっている。最高値が五十ならそこまでしか魔力は上がらないし、五十までしか生きられない。魔力がない者は寿命も短いのだ。
人間ならまだ、強さと寿命は直結していない。どんな人間でも思わぬ病や事故で命を落とすこともある、ある種の平等さがある。しかし天使は違う。
身体が聖なるものなので、病気に冒されることもなく、また物を食べずとも生きていける。人間のように乗り物を利用することもないから、当然交通事故などで亡くなることもない。
更に時天使は、知りたいことは時空を移動して見聞きすればよいのだから、他人に聞くことなど何もない。
産んで三年も放っておけば、勝手に成人しているわけだ。親はその時間を魔力の修練に費やせる。子育てをする必要がないのだ。それゆえ彼らに母性本能というものがない。子どももそうだ。ただ『自分の遺伝子の素』という認識しか。
官職の座を奪う争いが起こるときも、家族だからとて容赦ない。むしろ相手が他人よりも残忍になる。家族に対して愛情がない分、血の繋がりは嫌悪にしか感じない。
『同じ血が入っていて、私の方があんたより弱いなんて認めない!』
『お前の下でなんか働けるか!殺してやる!』
なんてことが日常茶飯事だ。何の利益が無くとも、自分のプライドを守るために実の子を殺そうとする。どこに逃げようと地の果てまで追いかけてくる執念深さだ。官職に就くため、という曲がりなりにもまともな理由がある他人に狙われるより余程タチが悪い。
時天使は地上の天使と違い、殺しを許されている。最も、他種族とだと面倒な事になるので、同種族の間でではあるが。
それも『強い者が生き残るのが道理、弱い者はどうしたっていずれ死ぬ』という考えに起因する。
その考えが正しいかどうかは別にして、そのおかげで、人目を憚らず命を狙われる羽目になったワケだが。
ーーそう、彼もまた、長に就く前に命を狙われてきた一人なのである。




