第三話 宿命の刻
チェイニーが現れ「重大な話がある」と言った時、幸広には既に何の話か解っていた。
新たな戦いが始まろうとしている。
いや、『本当の戦い』だ。何しろ前回の戦いは今回の戦いの為に創られたものだったからのだから。
三人はチェイニーの魔法により宮川千慧(幸広と到の大学時代の理工学部助教授)のマンションに飛ばされた。
その時千慧教授は勿論、既に聖戦士である戸田久美教授(幸広の心理学部時代の助教授であり、千慧の親友)、獣医師の久保直人(戸田教授の実家の動物病院勤務)、博、そして千慧の同居人・地天使スィフト、久美の同居人・雷天使セラフィ、ラファエルの記憶を持つ友美が揃っていた。
彼らはソファや椅子に適当に座っている。
話を切り出したのは友美だった。
「……これで全員だな。実はお前たちを呼び出したのは他でもない。砕けた宝玉ーー星のカケラを、最近何者かが集めているらしい。それを阻止して欲しいんだ」
ラファエルモードの友美は至極簡潔に言った。チェイニー(ミカエル)がそれに補足する。
「カケラは全部で十二個。地上、地底、海底、天界、それらの場所にいくつかずつ飛来して行った。問題は、砕けて弱まっているとはいえカケラに魔力が残されているということだ。その上地上以外のカケラを手に入れているとしたら……」
頭の回転の早い到がすぐに察した。
「つまり……神クラスの魔力の持ち主が、何らかの目的でカケラを持ち出しているということですね」
友美は小さく頷き、声を落として言った。
「ノエルだとは思いたくないが、他にあり得るのはリズか、はたまたそれ以外の人間か……」
聞き慣れない名にみゆりが反応する。
「リズってどなたですの?」
「そういえば……私夢で見たことあるわ。儚い感じの女性だった……」
千慧が眉根を寄せて記憶を辿る。
「その話はまた。今は誰かわからない犯人推理に時間を費やすより、どうやってこれ以上カケラの回収を阻止するかだ」
友美の様子と、あからさまにリズの話題を避けたチェイニーに不信感を抱きながら、到はあえて沈黙を守った。
知っているからだ。人には、触れてはならない領域があることを。
「目星の付くカケラの場所を先回りして、そいつより先に取るしか、だな」
博が瞑っていた目をおもむろに開けた。チェイニーが悔しげに唇を噛む。
「ああ。急がないと……ヤツは我らがクロウと戦っているどさくさに紛れ、既に七つものカケラを手にしている。本来ならカケラを触れて、かつ光玉の事に責任のあるオレらで片付けなきゃいけない問題だが、どんな敵が現れるかわからない。情けない事に、オレ達は神々といってもノエルのように攻撃に長けているわけでもないし、どうにも心許なくてね」
「チェイニーの言うとおりだ。私も転生して力が弱まっていることだしな。せめてノエルを捕まえられたら……。あの男なら今回のことも、いや、私達が知らない神時代の事も全て知っているだろう。まして、カケラを集めているのがあの男だというのなら、尚のこと放っておくわけにはいかない。………とはいえ、その辺のこと彼じゃなくても望月、お前が何か知っている確率もあるが。何せお前に史書を残したスルーフは、司祭と言ってもノエル側に付いていた人間だからな。何かを書き残した可能性もある」
「!!」
突然話題を振られた幸広は困惑した。そして全てを知っている博もまた、『そうきたか』と口元を歪ませた。
だからといって助け船を出してくれるわけではないのは百も承知。余計な口出しをして墓穴を堀り、博まで疑われたんじゃ全ての計画が崩壊する。ここは自分がどう乗りきるかにかかっている。
「それは」
「それだったらルーファウスさんがなんか言ってたよ。『もうすぐ第二の戦いが始まる。その敵は神々と同等の力を持ってる。そして長クラスの力を持つ時空天使を味方につけてる』って」
セラフィが、言いかけた幸広を遮った。
「ルーファウス……?…………!!ルシフェルの兄か!!」
友美は前回の戦いでルーファウスには会っていない。だから知らなかったのだ。彼の前世がノエルだと。もし会っていたならおそらく気づいていただろう。
「今回の敵と戦うために、店を閉めるって言ってたよね」
「ということはやはり彼がノエルで間違いないな。今回の事をそこまで知っているのだから。そして今回の敵は彼ではないということ。しかし、長クラスの時空天使とは一体……」
友美が唸る。
宇宙天使は天界の外に出ることを禁じられている。それなのにそれを破り、カケラを扱える人間とコンタクトを取ったということになる。
「確かに時空天使なら、時空を行き来することが可能だ。その上仲間意識もなく、歴史に名を残す為に官位に就きたがり、他者との争いが絶えないとも。『長クラスの』ということは、長になり損ねた時空天使か……?」
チェイニーも首を捻る。
「宇宙天使はノエルの管轄だったからな。それこそ本人捕まえて聞かなきゃわからないな」
「その本人ならここにいる」
「!!?」
不意に声がした。皆が驚く中、いつの間にかルーファウスがラファエルの向かい側を、四枚羽で浮遊していた。
「ルーファウスさん、どうしてここに?」
セラフィの問いに彼は言った。
「言ったろう?そろそろ私も動こうと思うと。ちょうど君達が集まってると知って、かつての時空天使の長、ネサラに転移させてもらったんだよ」
彼はその部屋にいる人々をぐるりと見渡した。
「とはいえ、動くと言っても私一人の力では限界がある。そして君達は敵の正体すら掴めていない。ここは互いに協力するしかないだろう。何せ世界の命運がかかっている。そこで、私が知る全てを話すために、今こうしてやってきたというわけだ」
「………聞かせろ」
友美が息を飲んだ。まさかこんなにも早く敵の正体が掴めるとは思わなかった。
「いいだろう。ただその際、リズの話が出ることは承知してくれ」
みゆりを含む皆が、友美がやはりその女性の話題に触れたくないのだと確信した。
「!………わかった」
震えながら首肯する少女の手を、みゆりはそっと握りしめた。