盛田と須狩 夏のホラー2019
「……須狩、お前、なんか最近、変だと思わないか?」
先日、盆前のこの忙しい時期に、傷んだ手作り弁当を食べて大当たりし、市内で一番大きな病院に担ぎ込まれた同期のバカ野郎が深刻そうな表情でそんな事を急にしゃべり始めた。
「……あん? 盛田、どうした暇なのか? 暇なら来季の予算でも考えとけよ? 盆明けに課長が聞き取りするらしいから、お前、このままだと、マジで、しばらく、家に帰れなくなるぞ? とにかく早く退院して、」
「違うんだよ。暇とかそういう事じゃなくて、こう、なんか全然違うんだ。話が通じないというか、俺がおかしくなってしまったのか、」
ベッドの上で一人頭を抱え、重く深刻な事を吐き出すよう語り始める同僚に対して、私の口からはすらすらと言葉が出た。
「はぁ? 意味わかんねーよ。疲れてんのか? じゃあ、俺はこれで、」
「違うんだ。聞いてくれ! 須狩!」
病室は個室ではなく大部屋であった。急な大声を上げた同僚に他の患者たちの眼が一斉に集まった。
「ああ、すみません。うるさくしてしまって、おい、お前も謝れよ!」
「最初にな、おかしいと思ったのは去年くらいからなんだよ、」
そう言うと、盛田は頼んでもいないのに自分の身の回りで起きた不思議を語り始めた。
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初めは、そう、健康に良いと言って取り寄せた青汁だったと思う。あいつ、俺が野菜嫌いだから、それを心配して、通販、テレビかネットか知らないけど、どこからかそれを取り寄せたんだよ。
一番最初、一番最初に取り寄せたやつは本当に匂いも、味も最悪の奴で俺は一口飲んで吐いちまっただけど、あいつそれを健康に良いって無理やり飲ませてきたんだ。
それを一か月、みそ汁にも、酒にも入れきた。健康のためだと我慢したんだけど、とにかく匂いも、味も最悪でほんと辛かった。でも、その青汁は一か月分だけだったんだ。あいつは、次はもう少しおいしい奴を取ると言って、はちみつに乳酸菌っていうのか? 何とか菌が入った奴を取り寄せたんだ。
今度の奴は前の奴と比べて、格段に飲みやすかった。ビックリするくらい本当においしかった。俺がこれはうまいって言ったらあいつはすごくうれしそうにして笑って、次はもっと健康に良いものを頼むっていったんだ。
青汁の次は、サプリメント、運動器具、何とか体操って、どんどんいろいろ健康のためだとあいつは俺に勧めてきたんだ。
俺は、本当に俺の為に勧めているんだと思って、あいつに付き合っていたんだけど、だんだん、おかしなこと言い始めたんだよ。
下着は穿かずに寝るのがいいとか、朝にリンゴだけを食べろとか、バナナだけを食べろとか、寒天だけを食べろとか、急に胡散臭い、健康法をどんどん取り入れるようになったんだ。
極めつけが、今月に入ってから、あいつ塩辛いものをたくさん食べようとか、噛まずに早食いをしろとか、野菜はできる限り食べるなとか、明らかに健康的じゃない方法を勧めてきたんだ。
初めは、俺、それをやんわり断ていたんだけど、あいつしつこく俺にそれを勧めるんだ。
ネットに書かれていたとか、胡散臭い雑誌の記事を持ってきたりとかして、俺はそれだけでは信用できないって言ったら、今度はそれが健康良いと書かれた週刊誌を持ってきたり、新聞の記事をくり抜いたもの見せてきたり、テレビなんかでも紹介されているんだよ。
そんな馬鹿なって、俺いろいろと調べてみたんだよ。
全部、載っているんだ。最近の有名な科学誌、医学書、名医なんて呼ばれた人の本なんかにも、それが良いって書かれているんだ。逆に、古本屋なんかに並んだ本に書かれた健康法は一切書かれていないんだ。
なぁ、これ、俺がおかしいのか? 俺の記憶がおかしくなってるのか?
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初めこそ、いい加減な気持ちで聞いていた私はいつの間にか真剣にその話を聞いていた。
病室にいる他の患者も盛田の周り集まり、えらく真剣な表情を浮かべている。
「あなたも、そうおもいますか?」
集まった患者の一人が口を開いた。それを合図として、喧々諤々の議論が始まる。ここに入院した患者は皆、そのように感じていたらしい。
ある者は揚げ物ばかりを食べさせられ、ある者は一切運動を禁止された。明らかにおかしいことなのに、誰に訴えても、それは受け入れられなかったらしい。
友人、知人、兄弟、妻、夫、子供、そして、医者、警察にも、それは受け入れられなかった。
「俺、ネットで一つ書き込みを見つけたんだ。」
盛田は、議論が続く病室の中で一人、静かに吐き出した。
「なんでも、医療費がこのまま高騰すれば人は、人類は病気を治すために破産することになるらしい。だから、下の人間を切り捨てるように、政府やその上が動いているんだって」
議論は一旦、冷水を浴びせられたように止まった。しかし、その後、また大きく動き出した。
「須狩、頼む。このことを、皆に気付かせてくれ、俺たち以外に気付いた人にこれを伝えてくれ」
盛田はそう私に頼んできた。それに対して、私は首を縦に振るしかできなかった。
翌日、私はその話をネット上いたるところに貼りつけ、拡散させようとした。しかし、それは大きな反響を生まなかった。貼り付けた瞬間から、全て削除され、拡散することはなかった。
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私たちは勘違いしていた。
「政府やその上」それは、人よりも上にいるものが望んだことなのだ。それの下にいる人は