8.悪魔 『デビル』
宿泊研修も2日目。
この日は普通の高校生らしく、ホテル付近のサイクリングロードでのサイクリングや、湖でのカヤックなんかをした。
今までしたことのないカヤックというものを楽しみにしていたが…。
俺の期待に沿うものではなかった。
あれ左右の調整難しすぎないか?
そんなことはさておき、だ。
俺が昨日の夕方に感じた気配。
誰かに尾行されているという感覚…いや、確信。
この一件が今夜で解決しそうだ。
————
そしてその夜、事件は起こる。
深夜の1時頃。俺は身体を起こした。
俺の隣で寝ていたはずの天使がいなくなっていることに気がつく。
布団は丁寧にも畳まれていた。
もとからその状態であったかのようにも錯覚させるほどだった。
様々な考えが交差する中、ひとまず俺はスリッパから下靴へと履き替え、外に出ることにした。
北条を起こさないよう、音を立てずに行動した。
ホテルのロビーまで降りると、そこには2人の女子生徒がいた。
目が合ってしまい、俺はある事に気がつく。
「あ」
と声を発したのは女子生徒。
なんと偶然にも、そのうち1人は以前俺が学園の屋上で救った治療者だった。
「久しぶりだな。元気だったか?」
もう1人の女子生徒が「知り合い?」と尋ねる。
それに対し、「ちょっとね」と答えた彼女はなんとも言えない笑みを浮かべていた。
「お、お陰様で…。それにしてもどうしたんですか?こんな時間に外出?」
「ああ、ちょっと寝付けなくて。散歩をしようと思ってな。…お前達もこんな所で何を?」
「い、いえ!ちょっと部屋では話しにくいことを…」
彼女はなんとか誤魔化そうといった感じだった。
俺はそれには触れず、この場を後にしようとする。
「そうか、下手なこと聞いてすまなかった。俺は散歩に行ってくるよ」
「あ、気を付けて!」
2人の女子生徒に送り出されて行く散歩は初めてだな。
————
もとより、俺の目的は身体を動かすための散歩などではない。
ホテルの前にある噴水のオブジェに腰掛け、思考を巡らせる。
(まず、ここ2日見てきた天使という人間は考えもせずに動くような人間じゃない。何らかの目的があって部屋を出たに違いない。)
ここで、俺はあることを思い出す。
退屈していた教室内でたまたま耳にした会話を。
「大アルカナの悪魔って知ってるか?隣のクラスにいるヤツだよ!どうやらアイツ、この学園のトップ狙ってるらしいぜ?」
「聞いた聞いた!手始めに大アルカナ潰すだとか何だとか…対立する役職はどうなんのかねえ?」
この時、俺はまだ『悪魔』という役職とそれに『対立する役職』についての確信的な情報を持っていなかった。
しかし、今ならこれらの意味が分かる気がする。
対立する役職…それは『天使』であろう。
つまり、天使は悪魔のもとへ向かった可能性が高そうだ。
となると、人目につかない場所を選ぶはずだ。
そしてそう遠くはないはず。
これらの条件に当てはまる場所…絞るにはまだ足りない。
そんな時。
ほんの一瞬だが、夜空を何かが照らした。
無意識の間に、俺の足はその発信源へと向かっていた。
明かりの発信源。それは、今俺の目の前に映っている光景が全てを物語っている。
「だからよォ、言ってンだろうが?俺ァ大アルカナを全員この手でブッ潰す!誇り高き悪魔の名にかけてなァ!!」
「全く…野蛮だね、君は。そしてどうやら君は自分の実力を知らないようだ」
つまり俺の予想は当たっていた。
今、天使が向かい合っている真っ黒なフードをかぶっている男こそが悪魔。
そして天使は決着をつけるためにこの場に足を運んだ。
片や天使の背中からは左右2枚ずつ、計4枚の翼が現れた。
それは神々しいまでの光を放ち、暗闇をも明るく照らす。
先程の明かりはこれだったのだろう。
片や悪魔は2本の黒い翼を出現させる。
それは禍々しいまでの邪悪な色に染まっており、天使の光を受けてその闇を強調させる。
どうやら双方は本気でやり合うらしい。
ここまで来ると、俺が下手に首を突っ込むのもよくないかもしれない。
「さァ…始めようぜ天使ィ…。テメェのその翼、暗黒に染め上げてやらァ!!」
「フッ…やれるものなら!」