7.蠢く影
野菜を包丁で細かく切り、そしてそれを鍋の中に入れる。
職人レベルの包丁さばきに歓声が上がるかと思いきや、そんなことはなかった。
むしろ女子の何人かに「見てあれ…!」「何あれやば~」みたいな会話をされたぐらいなんだがな。
そして大きな鍋をかき混ぜるのは俺の役目ではない。
そう、俺のカレー作りでの仕事は終わったのだ。
……というか。
なんで俺はカレーを作ってんだ?
遡る事、数十分前。
突如として俺達に告げられた『カレー作り』と、あらかじめ決まっていた班のメンバー。
つまり、皆で仲良くカレーを作ろう!ってわけだ。ふざけんな。
俺の班には偶然にも、今日バスで座席が隣同士だった『天使』がいた。
コミュニケーション能力が欠乏している俺にとっては、たとえ顔見知り程度の存在でも有難い。
そして後はクラスで見かけたことのある男子と、完全に見かけたかすらも分からない男子の2人。
俺達は4人班だった。
4人はさらに野菜の下ごしらえをする担当、肉の下準備をする担当、米を炊く担当、鍋をかき混ぜる担当に分かれた。
俺たちの班は効率が良かったこともあり、案外早くに出来上がった。
辺りを見回してみても、まだカレールウを入れる前だったり、あるいは飯盒の火加減を調整したりと、ほとんどの生徒たちが調理をしている所だった。
「僕達は早く出来上がったようだし、先にいただくとしようか」
天使が俺達3人にそう呼びかけると、カレーライスを乗せた皿を持って付近の食事場へと歩き出した。
他の2人が歩き始めるのを見て、俺もカレーライスのさらに手を伸ばそうとした時だった。
「もうできたのか~おいしそうだな」
1人の男子が俺に声をかけてきた。
その顔には見覚えがある。俺のクラスのクラスリーダーである『北条 悠馬』だった。
北条はクラスリーダー、言い換えれば学級委員に率先してなろうとした。
あまり話す機会はなかった為、誰とでも打ち解けられる良い奴、ぐらいにしか思っていなかった。
「スムーズに調理を進めることが出来たんだ。一口食べるか?」
いいのか!?と喜びの表情を見せる北条に、俺はスプーンで一口分をすくった。
すると北条はすぐに飛びつくようにして食べて見せた。
「……うん!うまい!」
「それは良かった。ルウを煮込んだのは天使なんだ。アイツもきっと喜ぶと思う」
事実、天使が煮込んだからかは分からないが、カレーはコクがあってとても美味だった。
「俺の班のも、できたら食べてくれよな~ありがとな!」
そう言って北条は自分の班へと戻っていった。
俺もこれ以上ここにとどまる理由はない。
すぐに3人がいる場所へと向かった。
————
同時刻、学園内。
何もない真っ白な部屋で、教皇はとある資料を読んでいた。
傍には騎士団長ではなく、黒のローブを着ており、不気味な仮面をつけている者がいた。
「君はどう思う?彼の今後について」
教皇は問うた。
しかし、答えが返ってくることは無かった。教皇もそれは分かっていたようだ。
「どちらにせよ、僕が彼に求めているのは『変革』以外の何物でもない。それは君も同じはずだ」
男は無言で立ち上がった。
ドアノブに手をかけ、初めて男が口を開いた。
「ワタシはお前の変革を求めてイル」
「君も面白いことを言うね…『隠者』」
白髪の教皇がにやりと笑った後、隠者は部屋を後にした。
————
その日の夕方。
俺達1年生は宿泊するホテルへと到着した。
ホテルの敷地入口からロビーに来るまでにも少しの距離を歩いた。
途中に噴水のオブジェもあり、普通に宿泊しようと思えば随分と値が張りそうだ。
ロビーに入るや否や、クラス担任が部屋分けを発表し始めた。
この学園は前もって発表をしてしまうと、それこそ無駄な争いを生みかねない。
色々と面倒だが、こうするのが最善策なんだろう。
そして(気になる)俺の班だが、随分と良い班を引いた。
3人班で天使、それに昼間に話したクラスリーダー、北条 悠馬と一緒だ。
既に部屋の鍵が開いており、
「またもや君と一緒になったようだね、『騎士』。よろしく頼むよ」
俺は『愚者』だが、あまりそれを公にさらしているわけじゃない。
トラブルを避けるために、普段は騎士を名乗っている。
「そうか、騎士だったのか!改めてよろしくな~」
続いて口を開いたのは北条だった。
そういえば北条には俺の役職を話していなかったな。
「ああ。よろしく」
「夕食までは時間があるみたいだな。なあ2人共、よかったら敷地内を散歩しないか?」
北条は腕時計を見ながら俺達に問いかけた。
別に断る理由もないので、俺は同行することにした。
天使も快く承諾し、俺達3人は部屋を出た。
————
まもなく日が暮れようとしている。
俺の前を歩いているのは天使、そして北条の2人。
しかし、後ろにあと1人。誰かがいる。
つまり俺達は尾行されているという訳だ。
俺は殺し切れていない気配に気がついた。
この中の誰かを狙っているのか?
やはり…波乱の予感がするな。