6.天使 『エンジェル』
ついに、この日がやってきてしまった。
俺達学園の1年生は、『友達同士の友好関係を深める』という目的で宿泊研修へと向かうことになっていた。
しかし、そんな目的はあってないようなもの。
喩えるならばその場しのぎの嘘———。
当然、ここでも争いは繰り広げられるだろう。
俺は学園側が用意したバスに乗り込み、決められていた席に着いた。
窓側だった俺の席の隣はまだ空いている。
どうせ誰が座ってきても分からないからいいんだが。
「隣、失礼するよ」
そんなことを考えていた矢先、俺に声をかけてきたのは、長い金髪の生徒だった。
言葉遣いや声から察するに、男子だろうか?
しかし、外見だけで言えばどう見ても女子にしか見えない。
「ああ、どうぞ」
俺は座りやすいように、少し窓側に身を寄せた。
「すまないね。お気遣いありがとう」
この学園に在籍している以上、彼もまた戦っているのだろうか。
タロットカードによって定められたこの役職を、運命を。
恨んでいる者もいるのかもしれない。
————
バスが北に進み始めて約1時間が経過した頃。
隣の席の生徒が俺に話しかけてきた。
「そうだ、君の名を聞いておきたかったんだ」
俺の名前。
俺は今まで誰に名乗られようが、自分を名乗ることはしなかった。
自分を知ってほしいわけでもないし、他人に興味があるわけでもない。
俺の役職を知らないものには嘘をつく。
『愚者』という大アルカナは俺にとって、誇れるものではないからだ。
「いきなりだな。俺は『騎士』で通してる」
「ごめんごめん、君は騎士か。よろしくね、騎士」
すんなりと役職を受け入れた彼は、それ以上俺について聞いて来ることは無かった。
俺は他人に興味があるわけではないが、こういう時には聞き返すべきなのだろう。
こういう時にコミュニケーション能力が無いと困るんだよな。
「そっちは?」
「ボクは天使。その能力は名前の通り天使だよ」
天使。
それはキリストやイスラームでの聖典に登場するような存在を示しているのだろう。
しかし、そんなカードはタロットには存在しないはずだ。
…となると。
————
3日間にも及ぶ研修が始まりを迎えようとしていた。
と言っても俺は友人がいるわけでもないし、何とも地味な思い出になるだろう。
既にクラスの皆は整列しており、先生による話が始まろうとしていた。
これから始まるのは、役職同士で繰り広げられる争いか?
或いはだまし討ちか?それとも堂々と奇襲をする輩でも?
この学園の行事である以上、そのようなことを考えるのは普通の事。
誰もが周囲には警戒しているし、誰もが『信頼』という二文字を胸に刻むことは無い。
それはこの行事だけでは無いのだ。
日常茶飯事のように起こる争い、そのたびに出る怪我人や犠牲者。
俺はこんな争いは無駄でしかないとも思うし、むしろ自分は無関心なのだと言い聞かせることもある。
また、生徒の数だけ生徒の考えがある。
役職の数だけ奪い合う数が増える。
様々な思惑の果て。
そして、学校側が下した決断は————
「今からカレー作りを始める!!」
・・・は?
少し日時が開いてしまいました。
さて、今回から宿泊研修編へと突入します。
そして始まるカレー作り。少し思い出しますねえ…