4.教皇
私は治療者。
この学園の中ではかなり重宝される存在で、人数は100人を超える。
争いごとの場所には必ず二人以上の治療者の配属が義務付けられており、私は昨日も敗者を治療した。
…しかし、昨日の敗者は何か様子がおかしかった。
まるで勝者への憎悪ともいえるような感情が、彼の眼にはにじみ出ていた。
低いうなり声をあげながら、彼は表情をゆがませてゆく。
やがて、彼は私に向かってこんなことを言い始めた。
「オイお前…俺に協力しろ」
彼のドスの効いた声が、私を怯えさせる。
私の…私の思い出したくもない記憶を思い出させるような———
「聞いてんのか…?」
私は弱い。
こうやって敗者に屈し、治療者という立場でありながらも…この男に手を貸すしかないのだから。
もし私が断れば、私の身に何が起こるか分からない。
誰だって自分が可愛くて仕方ないはず。
だから私はこの男に手を貸すことにした。
——————
「気がついたみたいだな」
「こ…ここは…医務室?」
目が覚めるとそこには見覚えのある風景が広がっていた。
そして見覚えのある男の人も一緒にいた。
「私は一体何を?」
「気絶してたんだ。極度の緊張状態にあったんだろうな」
そうだ、私はこの人を奇襲する計画に手を貸して…それで…それでこの人に命を救われたんだ。
私はこんなに弱い自分に腹が立った。
何もできない無力な自分を嫌いになった。
「あの、その…私…」
「俺に頼みがあるんだろ?」
「…え?」
そう、この人は私が利用されていた事も分かっている。
それなのに…それなのにこの人は私の『嘘』を真に受けているフリをしてるんだ。
「俺に頼みがあるから呼び出したんだろ?」
「あなたは…あなたはどうして…」
私の中の様々な感情が爆発し、何かが壊れたのが分かった。
しかし、今更私にそれは止められない。
「どうして私なんかを助けたんですか!?私はあなたを殺したかもしれない人の計画に手を貸したんですよ!?それなのにどうして…どうしてッ…」
嗚咽の混じった叫びにならない叫びが、私の声となって発せられる。
それに、私がこんなことを言えない立場なのは分かっている。
「確かにお前は『俺を殺したかもしれない計画』に手を貸した。だが事実、俺はこうして生きてる」
「そういうことじゃなくて…!!」
「それに、人を救うのに理由がいるのか?」
この人は私が何を言おうと、私を罪人にしないつもりなのだろうか?
私は許されるべき存在なのか?
だがしかし、そんな言葉に私はどこか安心感のようなものを覚えていたのかもしれない。
今まで閉ざしてきた暗い過去を、この人ならもしかしたらこじ開けてくれるかもしれない。
私の命を救ってくれたこの人なら———
医務室の中には、私の泣く声だけが静かに響いた。
————
翌日の放課後、俺は騎士団長とともに『ある男』のもとへ向かっていた。
「愚者、昨日はご苦労だったな」
「そっちこそ。手間を取らせて悪かった」
騎士団長は昨日、俺を襲った騎士の一人と屋上で戦闘をした。
結果は言うまでもなく騎士団長の圧勝だったようだ。
俺も実際に見ていたわけではないが、学園側が公表している。
「それで…今日はどこに行くんだ?」
まだ俺にはっきりと行先は伝えられていない。
だから俺は騎士団長に尋ねた。
「この学園の4大アルカナの一角…『教皇』がいる部屋だ」
4大アルカナとは、大アルカナの中でもこの学園内では特に上位に位置するカードのこと。
法皇、女教皇、女帝、そして教皇。
法皇と教皇は英語で呼ぶことは無い。
というか、俺の愚者もそうだが、別に愚者と呼んでくれてもいいのだが。
「教皇直々のお呼び出しというわけか?」
「そうだな。教皇はどうやら愚者に興味があるようだ」
騎士団長は少し微笑んで足を止めた。
「さあ、ここが『教皇の間』だ。入るぞ?」
俺は頷いて了解のサインを出した。
すると、騎士団長は数回ノックをし、
「騎士団長です。愚者を連れて参りました。失礼します」
と言ってドアを開けた。
そこには真っ白な空間が広がっていた。
所々に机や本棚等の家具が置かれていたが、すぐに風景の一部として認識からは消えてしまう。
そして、部屋の中心と思われる場所に、こちらに背を向けて座っている人物がいた。
その人物はゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。
「よく来てくれたね…愚者」
4話です。
投稿時間の間が短いのは気にしないでいただきたい(ケータイのメモ帳に書いていたものに修正を加えて打ち込んだだけなんて言えない)。
さて、今回から物語も急展開を見せます。見せすぎたかもしれません。
まだまだ深まる大アルカナの謎に、突如として愚者を呼び寄せた教皇。
今後の展開に期待していただければと思います。
まだまだご愛読よろしくお願いします。