011 どこが野盗だよ!
「ここが野盗のアジトだっていうのか?」
俺はあきれたように、横に並ぶロイドに向かって言った。ガブリエルら他の奴らも同じ気持ちで見上げているに違いない。
目の前にはほとんど城とも言うべき砦が建っていた。それも古いものではない。ごく最近建てられたものだ。だから古い建物を野盗が占拠したってこともないはずだ。
「どういうことだ? 敵はこんな物が作れる奴らなのか?」
「そういうことになりますな」
淡々と返事をするロイド。
「って、おいっ! これじゃ野盗じゃないだろ!!」
これはちょっとした傭兵団や軍レベルだ。それにしっかりとした経済的バックボーンがないと出来ない芸当だ。一体こいつらは……
「おい、始めから知ってたんだな?」
「何がですかな。敵は我が商会の交易を邪魔する者たち、それに間違いはありません。私は主人の命を受けてあなた方をサポートする、それだけです」
こいつ、自分の命も危ないのに嫌に超然としてやがる。自分だけは生き残る自信があるみたいだな。
「俺たちが命をかけてそれに付き合う義理はねーな。断ってもいいんだぞ」
「一端引き受けた依頼を断るのですか? 冒険者として信用を失うだけでなく、我が主を敵に回しますよ」
「はぁ?」
「主は冒険者の方々に寛大な方ですが、一度見放せばその富と権力を使って潰しにかかりますよ。あなたのためを思って言いますが、得策とは思えません」
この野郎……
下手に出つつ、さらっと脅迫してきやがる。確かにフェイマスは一癖も二癖もある男だ。奴を利用しようと思っていたのは、奴がそれだけ力を持っているからだ。それだけに敵に回すと確かに厄介だろう。
「ここまで来てしまったのだ。この際中に入るしかあるまい? まあ、私がいれば大丈夫だ」
何も考えてなさそうなガブリエルが脳天気に提案する。ジゼルは黙って奴の後ろで従っている。
でも、まあ、今回はそれしかないようだな。
「よしっ! これから中へ入る。いきなり襲われることも十分あるぞ。油断するなよ!」
リオーナとユニスが緊張した面持ちで頷く。後ろでアルゼリアはあくびをしている。く、この女殴りたい……
**
正面の扉は鍵がかかっていなかった。盗賊の男が鍵開けの用意をしていただけに拍子抜けだ。
全く用心していないのはどういうことだ?
俺たちは隊列を組んだまま、慎重に中へ入った。二階から飛び道具が飛んでくるかもしれない。物陰を探し、素早く身を隠す。ちなみに先頭はロイド。奴は奴なりに、先導役を真面目につとめる気があるらしい。
「ここで二手に別れましょう。ガブリエルさんのパーティーは二階を調べて下さい」
ロイドがガブリエルの方を振り返ってそう提案する。奴はフェイマスがつけたお目付け役であるだけに、その言うことには強制力がある。
ガブリエルは頷くと、自分のパテーィーを率いて二階へ上がっていった。ちなみにこの建物は二階建。調べ終わった後は一階で合流することになっている。
別れた後、俺たちはそのままロイドを先頭に奥の部屋へと入っていく。とりあえず入り口を含む大きなホールには何もなかったのだ。
部屋を前にして、ロイドの足が止まった。俺たちは音を立てないように注意しながら、奴の反応を待つ。
「部屋の中に5人。全員武装しています」
ついに敵と接触か! 俺はそれを手信号でリオーナやユニスに伝える。二人は武器や魔法を使う構えをし準備する。
二人を正式に俺のパーティーにするには、もう少し成長してもらわないといけない。こういう経験も積んでもらわないとな。
「行きますよ」
そういうなり、ロイドが部屋の中に入った。そういえばこいつ武器を持ってたか?
えぇい、人の心配などしている場合ではない。俺も続いて部屋に突入する。
部屋に入った俺の視界に飛び込んできたのは、ロイドを囲んで斬りかかろうとする男だった。
俺はわざと大声を上げて、敵の注意を引きながら斬りつけた。不意をつかれた男の胴を切り裂くと、次の敵を探す。
すでに敵の一人はロイドが倒していた。奴は手に金属製の手袋をはめている。どうやらそれで敵を殴り倒したのだろう。
ということは武闘家って奴か? 確かキタイにそんなタイプの戦士がいたはずだ。己の肉体を使って戦い、剣士以上に接近戦で力を発揮するタイプだ。
右拳をやや手前にして前傾姿勢の独特の構えをとっている。
部屋の奥の方には、すでに武装を整えた三人の男が待ち構えていた。が、その内の一人は、遅れて部屋に入ってきたリオーナがあらかじめ唱えていたフレアを発動させ倒した。残りの二人には、俺とロイドが距離を詰める。
ここに居る敵は大して強い相手ではない。少なくともフェイマスにマークされるような人間とも思えない。2合ほど剣を交えたが、わざと作った隙に敵が誘われたところを首に剣を突き立てて殺した。
余裕があったので俺は剣で闘いつつロイドの様子も見ていた。
奴は敵の剣を左手の特殊な篭手で受け流し、みぞおちを拳で突いて倒していた。流れるような動きで、奴がフェイマスの用心棒の中でもかなりの強さだということが分かる。
「怪我はありませんか?」
ユニスが癒やしのために聞いてくれたが、敵が弱かったので傷を負うことはなかった。
「いや大丈夫だ。この部屋にはもう敵はいないようだな。この騒ぎで敵が集まってこないところをみると、一階にいるのはこれだけか」
砦の内部は狭くはないが、さすがに戦いの音は一階全てに響いている。他の部屋に敵がいるなら、すでに来ているだろう。
「待ち伏せしている敵がいるかもしれません。慎重に奥へと進みましょう」
ロイドの言葉に従い、俺たちは更に奥へと進んでいく。構造的にいって、そろそろ一階は全て捜索が終わるはずだ。
奥の部屋へと入ったがそこは雑多な物が置いてあるだけで何もなかった。一応隠し扉を調べてみたが、盗賊ならぬ身で見つけるのは難しい。
「一階はハズレだったかな? ロイド、俺たちも上に上がるか?」
「そうですね……、もう少し待ってガブリエルさんたちがこちらに降りて来なければ上に行きましょう」
「と、いうことだ。二人ともちょっと休め」
俺の言葉に、リオーナとユニスはほっとした顔をする。まだ始まったばかりだが、二人は緊張から少々疲れているようだ。
人間を相手にするのは、ダンジョンに潜るのとはまた違うのだろう。
「大丈夫か? 二人とも」
俺は部屋にあった椅子に腰掛けるリオーナとユニスに声をかけた。パーティーのリーダーとして、メンバーとコミュニケーションをとるのも大事なことだ。
「いつもは相手がモンスターだったから……。人間を殺したのは初めて」
リオーナは血の気が引いたような表情をしていた。まあ冒険者とはいえ、「殺し」は普通に経験するってわけではないんだよな。俺みたいに傭兵あがりなら慣れているもんだが。
「どれ、手を出してみろ」
言われた通りにリオーナが手を出す。彼女は手を握りしめたまま開けることができないでいた。
極度の緊張に置かれるとよくあることで、初めて戦場に出た兵士に見られる現象だ。
リオーナの手をもみほぐすようにして、指を一つ一つ引き剥がしいき、手の平を開けさせる。
「緊張で固まってたんだな。俺がマッサージしてやろう」
俺はリオーナの肩口から二の腕、そして手へと上から下へマッサージをしていった。これでリオーナの緊張もほぐれるだろう。二の腕がぷにぷにしていて俺としても非常に気持ちがいい。ふー、これは役得、役得。
リオーナの顔が若干赤くなっているのは照れているのだろう。
「ユニスもやってやろうか?」
「いえ、私は結構です。神官ゆえ、人の生き死には慣れていますから」
ちっ、言われてみればそうだよな。神官が人が死ぬたびに血の気を失ってたら話にならない。だがユニスが断ったのは、多分恥ずかしいからだろう。
俺はしばらく二人の気を紛らわすようにウィットに富んだ話を披露したが、その間ガブリエルたちが一階に降りてくることはなかった。
「二階からはとくに戦ってる音は聞こえてこなかったよな?」
ロイドとアルゼリアが頷いた。奴らまだ二階を調べているのか? そんな広い場所ではないはずなのだが……
「やむを得まい、俺たちの方が二階へと上がるとしよう。どのみちこのまま一階に居ても仕方がないからな」
俺の掛け声で休んでいたリオーナたちが腰を上げる。ちょっとした休憩だったが、気分を変えるには十分だったろう。
俺たちは入り口の方へと戻り、二階へと続く大きな階段を昇っていった。