四話「紳士、嵐の歓迎を受ける」
「生まれてきてくれて!!ありがとうございます!!!!!!!!」
紳士の声は中心部に張られた結界を越え、森中に響き渡る。
しかし、何事もなかったかのように静寂がまた森中に広がった。
「あ、どうか、されましたか・・・?」
紳士の目の前に立つ白い胡蝶蘭のような幼女は、手を口に当て、驚いた様子を見せる。
紳士は尚、土下座を続けていた。
幼女の後ろから腰の曲がった影が歩いてくる。
「!」
≪警告します。幼女の後ろから接近してくる生命からは敵対反応が見られます≫
[賢者]の焦ったような声が頭の中に響く。
アビリティ[魔素感知]を有するウィルにもそれはわかった。
今まで見てきたスライムなんかとは全く違う、刺すような威圧感のある魔素。
背筋に寒気が走る。頬の横を嫌な汗が流れる。
「・・・」
幼女の後ろから現れたのは腰の曲がったおばあさんでした。
しかしその様子は人間種のそれとは大きく異なり、
肌には皺のみならず、おそらく爬虫類のものと思われる蒼色の鱗が見える。
また爪は黒く、少し尖っている。まるで刃物を思わせる爪でした。
そして何より、白髪の奥から前に伸びた黒い角。
龍人種の老女だ。
「あ・・・あの!」
紳士が声をかけた瞬間、
「とっとと出ていきな、人間種。毛布はそこに置いてきな」
と女性にしては低い声で一言。
明らかに歓迎する様子は見えない。
「え・・・?」
ウィルは思わず声を零した。
「わかんなかったのかい?毛布を置いて、早く出ていけと言ったんだよ!」
おばあさんは怒鳴った。
その威圧はウィルの肌を叩きつけた。
突然の怒声、退出勧告に頭の追い付かない紳士をよそに、
「ばば?そんなこと、いっちゃ、だめ・・・にんげんしゅ・・・やくそく、まもったよ?」
幼女は小さな声でおばあさんを宥める。
その小さな手はおばあさんの服の裾を軽く引っ張っていた。
その手を払い、おばあさんは言った。
「ふん、それなら毛布は洗ってから行きな。人間種臭くてかなわないからね」
そう言うとおばあさんはまた幼女の影の奥へ消えていった。
嵐のような歓迎を受けた紳士は呆然と立ち尽くす。
「・・・」
「あっ・・・あの!」
「・・・あ、はい。何ですか?」
幼女の呼びかけに、紳士はハッと意識を取り戻す。
耳を撫でるようなその心地よい声に内心、ときめいているものの、
全力で紳士を装っている。
その結果、事務的な返答を返してしまった。
「あ、えっと・・・ばばが、しつれいしました。ほんとうは、やさしい・・・けど、
ばばは、にんげんしゅ、きらい・・・だから」
幼女はぺこりと頭を下げ、ばば・・・先ほどの老女の態度を謝った。
「いや、こちらこそ突然侵入して来てしまって、ごめんなさい」
ウィルも丁寧に頭を下げ、謝罪する。
前世で培った謝罪スキルは未だ健在であった。
「実は、僕はいせか・・・」
突然の侵入の理由を説明しようとした瞬間、[賢者]の念話が頭に響く。
≪注意します。異世界転生はあまり知れ渡っている情報ではない為、
むやみに伝えるのは反対します≫
(ああ、そうか。突然異世界から生まれ変わってきましたなんて、怪しいよね)
ウィルは右手を口元に当て、少し考えるような、そぶりを見せた。
幼女はこてんと首を傾げ、ウィルの言葉の先を待つ。
「えっと・・・」
言葉が出ない。
どう誤魔化そうか、頭の中で思考が駆け巡る。
「あー、僕はこの森を通って、東?の方に行こうとしたんだけど・・・」
「・・・」
「途中、あの灯りを辿って行ったら迷子になって・・・」
「・・・」
「あ、の・・・えーっと・・・」
「・・・」
幼女の純粋な瞳に疑いの影が滲む。
ウィルの困惑した様子を見たばばは、呆れたように呟いた。
「あたしら龍人種に嘘をつこうなんて、人間種は、
どこまで阿呆なんだい?」
怒りを孕んだ声がウィルの鼓膜に触れる。
「えっ?」
驚きに跳ねるようにあがったその声に[賢者が答えた。]
≪補足します。龍人種は、非常に卓越した[魔素感知]を有しています。
その感知力はエクストラクラスに値します。特に魔力パターンの選別が非常に優秀で、
魔力パターンから生体の肉体情報、精神情報のほとんどを読み取ることが出来ます。
また上級種では思考さえ盗み見ると言われています≫
(ということは、誤魔化しても無駄ということか)
≪はい≫
再び、ウィルは口元に右手を当てる。
ばばの試すような視線を感じる。
この場の対処を思案していると、
「おにいさん・・・うそつき・・・?」
刹那、ウィルの脳裏に一つの真理が浮かんだ。
“幼女に対して紳士であれ―――――”と。
拳を軽く握った。
少し唾を飲む。
ゆっくりと口を開けた。
「僕は、異世界転生をしてきたんだ。それで、ステアッド草原?で目が覚めて・・・
とりあえず、人間のいる国に行こうとこの森を横断しようとしたんだ」
幼女は少し表情を明るくした。
ただ、どうしてもあまりに現実離れしたウィルの話に、
疑いを示し、神経を尖らす。
「ばば、このにんげんしゅ、うそ、ついてない・・・?」
ばばは、少し目を細め答える、
「残念ながら、ね。こいつは大馬鹿もいいところよ。そんなに馬鹿正直に言わなくてもいいのにさ」
少し口元に微笑みが見えたような気がした。
ばばは、頭を少し掻き、言った。
「あんたは他の人間種とは違うみたいだね・・・」
「あ、ありがとうございます」
少し照れ臭そうにウィルは返す。
しかし、
「でも、歓迎はしない。さっさと毛布を洗って、出ていきな」
冷たい態度は変わらなかった。
ばばは、その痩せこけた腕をゆっくり、自分のさらに奥に伸ばし、
「中心にある樹の根本に水の精霊がいるから、洗濯を頼んできな」
「水の、精霊・・・」
≪精霊及び魔素には、炎、水、風、地、光、影、純の七種があり、
それぞれ特徴があります≫
(なるほど、属性ってやつか・・・)
一人でうんうんと納得しているウィルを見たばばは、
「そうだ、ソール。お前もついていきな。
その人間種が変なとこに入っていくと後が面倒だからね」
すると、白色の幼女・・・ソールは返事を一つし、
「それじゃ・・・ついて、きてください」
とウィルを見つめ、小さく零す。
「は、はいっ」
ウィルは、内心ドキドキしながらソールの横に立った。
脳内では、
「事案発生、事案発生・・・」
「おまわりさーん、コイツですー」
と前世のインターネットの掲示板に書かれた言葉の一つ一つが浮かんでいた。
その内心を見透かされたか、
「言っとくけど、あたしはスキル[千里眼]持ちだからね。
その子に変なことしたら、その首引き裂くからね」
と冷たい視線を向け、黒い爪をウィルに見せた。
その脅しにウィルの肩はビクリと跳ね、静止した。
そして一瞬後、ギギギと音を鳴らしそうな体を精一杯動かした。
右腕と右足、左腕と左足が同時に出ている。
非常に滑稽だ。
(うおおおおおおおおおおお!!!!性癖バレたかと思ったあああああああ!!!
駄目だ!!!感情に出すな!!!バレる!!!それだけはあああああああ!!!!!)
ウィルの顔はまるで凍り付いたかのようにピクリとすら動かなかった。
しかし、ばば、ソールは少し引きつった顔をウィルに見せた。
無論、ウィルは感情を隠すことに精一杯で、二人の表情は見えていない。
「・・・ま、まあ、さっさと行きな」
ばばの一言でロボットのようにガッシン、ガッシンと音を立て、
ウィルはソールについていった。
***
二人は水の精霊のいる木の根元まで来た。
ウィルはふと上を眺めた。
するとあることに気付く。
「光はあるのに、空が見えない・・・」
ぽつりと呟いた。
その呟きを捉えたソールは、その問いに答える。
「あ、けっかいは、ひかりをはんしゃする・・・かべになってるから・・・
あるばしょに、おいておくと・・・けっかいないに、ひろがる・・・?」
少し自信なさそうにソールは答える。
こてんと首を傾げ、少し右上を見る。
「この結界は誰が張ったの?ばばさん?」
するとソールは首を横に振る。
「ちがう・・・」
「誰が張ったの?」
「・・・わかんない」
少し俯きがちに答えた。
「ばばさんは、誰が張ったか知ってるの?」
「たぶ、ん・・・?」
「ねえ、ここに君とばばさん以外に誰か住んでないの?」
ソールはまた首を横に振る。
「だれも・・・いな、い」
少し声が掠れた。
何となく、その先は聞けなかった。
ウィルがソールから視線を外し、目の前の木に視線をやると、
青色に発光した蛍のような光が空中を舞っていた。
「きの、ねもと・・・もうふ、おいて・・・?」
木の根元に向かってソールの愛らしい人差し指が伸びた。
ウィルは指示通り、毛布を根元に置いた。
するとソールは胸の前で手を組み、瞼を閉じ、言葉を紡いだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
聞き慣れない音が流れる。
人間種の言語を話している時のソールとは、
一変、すらすらと言葉を繋いでいく。
(ゲームとかで見る、詠唱ってやつ?)
≪はい、これは古代魔人種語と推測します。
現代では主に精霊との意思疎通に使われます≫
(あれ?精霊って、知性がないんじゃないの?
言語理解とかできないんじゃ・・・)
≪訂正します。正確に言えば、古代魔人種語には、魔素を操作する性質があります。
言語を発する魔物なども使います。
魔素を操作するため、構成要素のほとんどが魔素の精霊に対して、
強い命令力を持ちます≫
(うわ、結構エグいね)
「~~~~~~~~・・・ふぅ・・・」
ソールがため息をついた瞬間、青色の光たちは、毛布を水に包み、木の中に連れて行った。
「あっ・・・」
「だいじょうぶ、ちゃんと・・・あらって、かえして、くれる・・・よ」
少し微笑んだソールを、何だか無性に抱きしめたくなった。
(・・・!駄目だ!イエスロリータ!ノータッチ!!)
自分の中に生まれた煩悩を紛らす為に、
ウィルは先ほどから気になっていた一つの疑問をソールに零した。
「ばばさんは・・・どうして、人間種をあんなに嫌ってるんだ?」
それを聞いたソールの表情は微笑みから急変、凍てつくような険しい表情になる。
重たい口を開く。
「おにいさん、は・・・ほかの、にんげんしゅ、たちとは・・・
ちがうよ、ね・・・?」
少し声に恐怖が見えた。
青ざめた横顔を宥めるように、
「うん」
と、力強く返す。
正直ソールの一言の意味は分からない。
しかし、力強く返す・・・
その返事を聞いたソールは、口を固く閉ざし、
そのままウィルから離れ、光の向こうに走って行ってしまった。
「えっ?」
ソールの急変に思考が纏まらないものの、
ソールを追おうと駆けだした。
だが、すぐにその足は止まることとなる。
「あ・・・」
「ふぅむ、あんた・・・覚悟は出来とるね・・・?」
彼女の顔には沢山の皺が刻まれていた。
しかしその中でも際立った存在感を放つ眉間の皺。
むき出しの黒い凶器を手に、ばばはウィルに近づく。
次回、投稿(目標)日、2018年5月11日金曜日
一章五話「紳士、森の脅威を知る」
ウィル「・・・・・・」
[賢者]「作者の再三に渡る投稿延期、どうか大目に見てやって下さい」
ばば「上の投稿目標日からは嘘が見えるね・・・」
作者「・・・すみませんでした!次回こそ頑張ります!!!!」