三話「紳士、初めての出会い」
不安と、焦りに背を押され、ウィルは少し足取りを早める。
自分を包み込んでいる魔除けの毛布の結び目をギュッと握りしめた。
毛布からは独特な匂いがする。どこか甘ったるいけれど、嫌いじゃない。
どこか綺麗な花畑を連想させる。
「もしかして、この毛布の持ち主って・・・」
じょっ、女性!?
ど、どうしよう!女性と話すのなんて、
中学一年のグループ活動以来だよ!!
ど、どどど、ど、どうしよう!
鏡ないから、寝ぐせとか見れないけど大丈夫?
≪特におかしい部分は無いと思われます≫
ほほ、本当に?
嘘だったら、本気で怒るからね!?
顔合わせた瞬間に、足元から頭のてっぺんまで一通り見られて、
「ふっ」
とかって鼻で笑われたら、僕もう異世界とか関係なく引き籠るからね!!
冒険譚!?知るか!!自分で書けよ!!
とにかく、決めたからね!!もしも、ここで僕のメンタルぼろぼろになったら、
生涯、引き籠って暮らすからね!!!
≪構いませんが、とにかく昼までに毛布を返せないと、
引き籠る事すら不可能となるため、急いで下さい≫
「・・・はい」
賢者さんに叱られてしまった。
うん、少し取り乱してしまったね。
いやでも、約23年ぶりの女性への接触は緊張するよね?
ぼ、僕だけじゃないよね?
うおお、相手が女性かと思うと、足取りが一気に重くなるなあ。
ウィルはカクカク震える脚をよちよちと進めた。
≪ウィルは女性が苦手なのですか?≫
「う、ん。苦手・・・だね」
≪・・・・・・≫
どうしても、あの小賢しそうな雰囲気が苦手なんだよなあ。
こう、何と言うか、いい男を品定めするような、
だけども、辺りの視線も気にして、猫被って・・・
いや、わかってるんだよ!?
いい人生を送るためには、いい男性をじっくり見定めた方が良くて、
あからさまに観察すると、他の女子に嫌な視線で見られて、
社会的バトルロワイヤルで生き残れないと、わかっている。
わかっていても、それが苦手なんだよなあ。
≪・・・ウィルは世の女性に対する偏見が強いそうですね≫
うぅ、わかってるんだよ。
こんな失礼な手の内を見抜かれているから、
女性の方も僕の事なんて苦手なんだよ。
だけれど、それが悪循環で、
お互い、苦手になりあうスパイラルに陥るんだ。
≪・・・私も男性になった方がいいですか?≫
え、賢者さんって性別あるの?
≪はい。エクストラアビリティ[賢者]は、精神生命体であり、
他者の肉体に寄生する、私の場合は他者の思考領域にアクセスすることで、活性する生物です。
実態は無い為、お望みとあらば性別を転換しますが・・・≫
・・・いや、賢者さんが僕に合わせて変わる必要はないよ。
僕にとっての[賢者]は賢者さんだけだから。
賢者さんは、そのままでいいよ。
≪・・・は、はい≫
[賢者]は恥じらう乙女のような声で返事をするが、
ウィルは、女性との関わりなどほとんどなく、
そんな些細な反応に気付けるような男ではなかった。
全く、紳士失格もいいところである。
≪しかし、ウィル。何故、女性は苦手で、幼女は好きなのですか?≫
「女性が苦手だと言った理由を全て逆にしてみてよ」
呆れ気味にウィルは返した。
まるで[賢者]ともあろう御方がこのような単純な事を問うのか。
とでも言わんばかりの呆れ声であった。
≪真っ正直で、異性に対しても純粋で、裏で争うこともない・・・と≫
「まあ、そんな感じかな」
[賢者]は呆れ返った。
そんなものは夢幻で、幼女も結局は女性なのだと。
そう思いつつも、
≪わかりました≫
と、あたかも全てに納得したかのように返した。
当然、紳士の欠片も感じさせないウィルは鈍感で、
[賢者]の言葉に隠された思いを汲み取ることなど出来やしなかった。
「そうだ、今どれくらい歩いた?」
≪およそ1時間程、目的地までの距離の4分の1相当の距離を歩いています≫
「順調だね」
≪はい≫
やはりステータスが平均値に揃えられていたとしても、
若い体というのはエネルギッシュで、
以前の体に比べると、体内の毒を全て吐き出し、
背に翼が生えたように、どこへだって行けるような気がする。
「ん?」
ウィルは[賢者]の案内通り進んでいた。
暫くの間は、木に吊るされていた灯りと共に進んでいたのだが、
今、ウィルは灯りとは別方向に進もうとしていた。
「灯りと、別方向だけど・・・こっちで合ってるの?」
≪はい、ツファルトルフの森の地形は最新の情報に更新されています。間違いはありません≫
[賢者]は自信満々に返した。
しかし、やはり光の無いところに進むのは心配か、
ウィルは、
「この光、一つくらい持って行っちゃけないかな?」
と提案した。
いくら[賢者]に最新の地形の情報が備わっているとは言え、
暗い道を歩いていくのは危険だ。
森に入ったばかりに比べ、血の臭いは少し薄くなったが、
代わりに影はその濃さを増していくばかりだ。
その不気味さが僕の不安を掻き立てる。
≪反対します。もしもこの光の配置に何かしらの意図があった場合、
無断で灯りを拝借するのは設置者の怒りを買います≫
そう、もしも、仮にだ。
この光が中心部を避けていたとしたら。
設置者は何故、そう配置したのか?
そもそも、この森には沢山の木が生えているのだ。
全ての木に灯りを吊るしてもなんら問題は無いはずだ。
では、何故?
この森に設置者の恐怖となるほどの強力な魔物がいるのか?
そいつに中心部に侵入させないように光で誘導してるのか?
それとも、ウィル達の予想とは違い、何の意味もないのか?
ただ一つ言えることは、こちらは設置者との敵対は望んでいないということだ。
設置者は[賢者]の予測曰く、龍人種。
伝説上の生物、龍の力を獲得した生命。
実力は分からないが、戦ったところで勝敗は見えている。
なら・・・
「争いは無駄だね。それじゃあ、灯りは諦めるとしますか」
≪賢明な判断だと思います≫
灯りは諦めた。
その後、[賢者]の案内通り進んでいく。
やはり、灯りは中心を避けるようにウィル達とは離れていく。
「光に釣られて動く魔物って何だろう?」
≪情報にはありません。ツファルトルフの森のみに生息する魔物、
あるいは魔物以外の生物と推測されます≫
「魔物・・・以外?」
≪はい。現在は確認されておりませんが、龍人種が
他の種と敵対関係にある可能性もあります≫
「ああ、そうか。戦争か。確か人間種もどこかと・・・」
≪魔人種です≫
「ああ、そうだ」
そう、この世界には戦争がある。
自身の利の為ならば、平気で他を排除する。
それにこの世界にはアビリティ、スキルと言った特殊能力がある。
元居た世界よりもさらに激しい争いが起きると思う。
いや、アビリティやスキルを活かせば、より確実な暗殺が出来る。
「・・・異世界転生って、随分と物騒だなあ」
何を今更と思うが、今更のこと。
もしも元の世界に何か残せるのだとしたら、
異世界転生なんて、危険だ。止めた方がいい。と間違いなく残してくるだろう。
いやしかし、異世界転生なんて、
極々稀、いやもしかしたら僕が最初で最後の一人かもしれない。
残す意味などなかろう。
≪ウィル、提案ですが≫
「ん?どうしたの?」
≪ウィルは少々足音が大きいと思われます。
森の魔物のほとんどが狩りつくされているとはいえ、
緊張感をもって、慎重に進みましょう≫
「あ、ごめん。教えてくれてありがとうね」
ウィルは少し足元を見下ろす。
しかし足元には、影に飲まれた草の少し生えた大地しかない。
少し抑えた声で、
「よし、じゃあ進もう」
そーっと一歩、足を伸ばした。
「ザッ!!」
≪・・・・・・≫
「あーっと、その、ごめんなさい」
ウィルの足音は、空を埋め尽くす木の葉々に当たり、森中に響き渡った。
多くの魔物がその音に気付くものの魔力を感知できず、探索を諦める。
下手に動きでもすれば、一発で龍人種の標的となり、
そのまま冥界に直通だ。
森中の魔物らは気付きこそすれ、気付かぬフリでやり過ごした。
その頃、中心部では、ここでもまた彼の足音を捉えた耳がピクリと動いていた。
「ばば、ばば」
幼い影は、木の傍に座る腰の曲がった影に駆け寄った。
「なんじゃい」
「人間種きた、やくそく、まもりにきたよ?」
ばばと呼ばれた影は、少しばかり目を細め、
「ふぅん?まあまだ時間も距離もたっぷりあるみたいだしのう」
それを聞くと幼い影はぷぅ、と風船のように頬を膨らませ、
「ばば、けち」
「うっさいわ」
言い争いにも聞こえなくはないが、二つの影は随分と仲良さそうに談笑していた。
その頃、ウィルはと言うと・・・
ザッ、ザッ、ザッ、ペキ、ザザ
≪・・・・・・≫
「・・・・・・」
ザザザ、ザ、ザザ、ザ、ザ
≪・・・ウィル?≫
[賢者]の声を聞くとウィルはピタッと足を止め、
「・・・何?」
その声は少し震えていた。
耳は、いや顔面を真っ赤にし、下唇を軽く噛み、
肩を少し震わせている。
≪予定よりも30分程早く進行できています。この調子だと、後1時間ほどで中心部に着きます≫
「よ、良かった」
≪・・・10分程休憩しませんか?≫
「だい、大丈夫」
≪しかし、足音も・・・≫
「大丈夫、デス。魔物が来るよりも先に中心部に着ければ、オールオッケー、デス」
≪・・・わかりました≫
ザ、ザザ、ペキ、ザ、ザ
ウィルは足音を制御しきれずにいたのであった。
整備されていた現代社会の通路と違い、
草を踏めば音が、木の枝を踏めば音が、下にばかり注意していれば木にぶつかり声を上げる。
挙句、魔物に襲われるよりも先に中心部に行けばいいという結論に落ち着いた。
少々、強引な手段ではあるが、割り切って行動していたのが功を奏したのか、
ここまで魔物とは一切遭遇せずに来れた。
≪血の臭いが、大分薄れてきました。中心部に近づいています≫
龍人種が魔物を狩りつくすのならば、
魔物達も自然と中心部は避けるだろう。
≪同時に魔物の危険にも注意してください≫
血の臭いが薄いということは、この辺りでは狩猟をしていないだけなのかもしれない。
「大丈夫、この毛布を羽織っているうちは多分見つからないよ」
ウィルは少し身に着けている毛布を揺らしてみる。
先ほど毛布の解析を終えた[賢者]が、
≪魔除けの毛布の解析が終了しました。
端的に言えば、アビリティ[魔素感知]に引っかからないアイテムです。≫
また、全てのアイテムには階級が定められ、
下から、ジャンク、オード、エクスオード、プロッド、ジーニアと呼ばれる。
そしてこの毛布は上から二番目、プロッドに相当するらしい。
つまり高級品だ。
人間種最大の国、シグニアで売れば、一つ百万は固いそうだ。
なるほど、それは高いな。
毛布一枚に百万とかシグニア人はよほど金持ちなのかと思えば、
そうだ、この毛布には魔除け効果あるじゃないか(体験済み)
「そりゃ、皆大金はたいても欲しいわけだ」
魔物は、まだスライムしか遭遇したことないものの、
やっぱり対魔物の組織が出来るくらいだし、
きっと恐ろしいんだろうなあ。
≪・・・微かに光が見えてきました≫
[賢者]の声に、ゆっくりと顔を上げる。
光はどこだ?と探すと、正面に、本当に目を凝らせば見えるほどの微かな光が見えた。
「よし、それじゃあ、借り物を返しに行こう」
洗濯とかしてないけど怒られないかな、と内心思いつつ、
光に手を伸ばす。
途端、ぱあああああっと光がウィルの網膜に焼き付く。
熱さを感じるものの、ゆっくりと瞼を上げ、およそ4時間ぶりの光を見つめる。
≪どうやら中心部には外部へ光が出ていくのを禁止する結界が張られていたようです≫
少し悔しそうに[賢者]は言った。
しかし、ウィルはそれを聞いていない。
≪ウィル?≫
≪!≫
[賢者]はすぐに気付いた。
それがいることに、近づいていることに。
ああ、白い一輪の花とでも謳おうか。
幼い影は、とてとて、とウィルに近づき、
「ようこそ、ツファルトルフのもりのちゅうしんへ・・・え!?」
白い花は、目の前の惨劇に口を隠す。
結界の外から来た久しぶりのお客様は・・・
涙だの、鼻血だのを散々垂れ流し、花の前で土下座を決めているではないか!
ああ、気持ちが悪い!これのどこが紳士なのか!?
作者は何故このような救いようのない男を主人公にしたのか!!
「あ、あのー・・・かお、あげてください・・・?」
耳をくすぐる可憐な声に、
土にめり込んでいた頭を上げる。
ぐちゃぐちゃで、ところどころに鼻血の赤が塗られており、
見るに堪えない様だ。
「あ、どうか、されましたか・・・?」
男は再び頭を土にぶつけ、叫ぶ。
「生まれてきてくれて!!ありがとうございます!!!!!!!!」
≪・・・ウィル、恐らくあの結界、音は洩れますよ?≫
紳士の異世界最初の出会いは、到底紳士的とは言えない形となった。
しかし、確実に、この日が全ての始まりであった。
いつかの紳士はそう言った。
投稿遅れてすみません。次回こそ頑張ります。
次回、投稿(目標)日、2018年4月22日日曜日
一章四話「紳士、森の恐怖を知る」
ウィル「うう・・・転生後、初の幼女様ぁ・・・」
賢者≪少し厳しめに言いますと、ウィル、気持ち悪いです≫
???「どうしたの?こわいゆめでも、みたの?」
ばば「そんなやつ、結界の外に放り出しな」






