二話「紳士、森に入る」
≪・・・アビリティ[魔素感知]を獲得しました≫
頭の中で、冷たく響いた。
先ほどまで、自分の腕の中にいた熱は、
自分の皮膚に付着し、熱を失ってゆく。
殺した。思ったより、何も感じないものだ。
何て、現実では到底思えず、今も困惑と恐怖が頭の中を泳ぐ。
僕はアビリティ[魔素感知]の獲得条件が何かは知らない。
だが、今、消えゆく温もり。それが魔素だったのだろう。
何となく、そう思った。
≪続いて、スキル[魔素吸収]の獲得に移ります。アビリティ[魔素感知]を展開したまま、
先ほどと同様にスライムに近づいてください≫
仕方ない、生きるため。そう呟いて、ウィルは歩く。
また、がさ、がさ、と足音を立てて。
「・・・いた」
さっきのスライムと違って、目つきはそこまで悪くない。
体格は一回りほど小さい。感知できる魔素も、微弱。
・・・[賢者]さん、どうする?
≪先ほどと同様にスライムを抱き上げてください≫
命じられるがままに、ウィルはスライムを抱き上げる。
熱を、感じる。生命を感じる。
≪スライムの魔素を自分の中に誘導するようイメージしてください≫
・・・この熱が、じんわりと、僕の熱と同化する。
染み込むように、溶け込むように、繋がるように。
スライムの熱は、徐々に冷めていき、
逆に僕の熱は、どんどん熱くなっていく。
腕の中のスライムは、少し悶えるように、
その流線形の体を、捻ったり、揺らしたり。
「・・・ごめんよ」
その様子に、僕はまた、目を瞑ってしまう。
いくら知性がないとは言え、
苦しいんだ、辛いんだ。
足掻いているんだ。
同じ、命なんだ。
突然、腕の中のスライムが、溶けた。
あまりにも突然すぎて、何があったのか分からなかった。
最初に気付いたのは、冷たさ。
靴がびしゃんこに濡れて、
足が気持ち悪い。
そして、腕の中を通り過ぎる風の冷たさよ。
≪・・・スキル[魔素吸収]を獲得しました≫
そして、[賢者]の、無機質な、冷たい声。
異世界に来て、数時間で、新アビリティ、新スキルを手に入れることができた。
にもかかわらず、何だ?この虚しさは。
喜ぶに喜べない。嬉しいはずなのに嬉しくない。
≪スキル[魔素吸収]を獲得しましたので、当初の計画通り、
スライムから水を入手しましょう。ツファルトルフの森を
抜けるためには、およそ20匹のスライムから水を入手すれば
良いと推測します≫
・・・この辺りには10匹くらいしか感知できないけど?
≪おそらく森の中にも何匹か生息していると思われるので、
問題はありません≫
知性の無い、力の無い、弱き命達よ。
せめて、その命・・・無駄にはしないよう約束しよう。
ウィルは、スライムのもとへと歩き出した。
1匹、2匹、そうだな、5匹殺したころからかな?
体が酷く熱くて、立つのもやっとになって来たんだけど・・・
ウィルは足元のおぼつかない様子で、顔に手を当て、
ふらふらと歩いている。
もう辺りにスライムはいない。
・・・これ、何か、わかる?と[賢者]に問う。
≪魔素の過剰吸収による高熱と判断します≫
・・・お約束だけどさあ・・・そういうの、早く言おうよ・・・
≪肉体の回復に専念します。エクストラアビリティ[賢者]をスリープモードに
移行させます≫
・・・ねえ、このあとどれくらいに起きれそう?
≪明日の、朝には、回復・・・できま、す≫
力を振り絞り、頭痛を黙らせ、[魔素感知]を働かせる。
辺りの安全を確認し、夜中に襲われないことを祈りながら、眠った。
≪・・・おやすみなさい、ウィル≫
[賢者]が何かを言ったが、もう意識はうつらうつらと消えかけ、
その言葉が、僕に届くことはなかった。
そして、次に目が覚めた時、僕は怪奇現象に出会った。
「・・・?」
高熱の後の、ぼーっとした頭でもわかる。
「・・・この毛布、誰のだ?」
ついでに言うと一緒に手紙も置いてある。
それこそ魔物に襲われて、バッドエンドくらいは覚悟していたが、
こんな優しい施しは全く予想していなかった。
なんのフラグもなしに、なんのイベントもなしに。
誰かが、僕を守ってくれていた。
・・・これが、怪奇現象でなければ何だろうか?
[賢者]さん、僕が起きるまでのこと分かる?
≪・・・不明、です。スリープモードに移行していたため、
並行思考の保存及び思考領域の確立のみに活動を
絞っていましたので≫
・・・とりあえず手紙を読もうか。
えーと・・・・・・ん?・・・・・・・
手紙に書かれていたのは、どこか古代文字のような、それでいてアルファベットぽい形の
初見の文字だった。少なくとも、日本語、英語でないのは確実だった、
[賢者]さん、これって何語か分かる?
≪・・・おそらく、現代龍人種語だと推定されます≫
・・・へ、え。翻訳出来る?
≪・・・翻訳開始。言語[現代]龍人種語≫
[賢者]はそう言うと、少し読み込み音を鳴らし、
また、話し始める。
≪あのようなところで寝るのではない。魔物に襲われることが仮定される。
魔除けの毛布を貸す、だから明日の昼頃に、ツファルトルフの森の中心部に
返しに来ることを命令する。返しに来ること、否定する場合、
あなたを敵と仮定する、そして魔除けの毛布を取り返す≫
どうして翻訳機って、こんなにまだるっこしい話し方をするのだろうか。
まあ、直訳するとそうなるからだろうけど。
要は、草原で寝てるのは危ないから魔除けの毛布を貸す。
明日の昼に返さないと、お前を殺す。ってことね。
おーけー、おーけー、あい、あんだーすたん。
「ちなみに今、何時ころ?日本時間で答えてくれると助かるんだけど」
≪日本時刻、7時24分28秒39≫
「ここから、中心部まで何分?」
≪およそ4時間と推測≫
・・・まあ、結構でかい森だしなあ。
とりあえず今分かったことは、森の中心部にいるのは龍人種で、
森を抜けるには、大体8時間かかる。
今からノンストップで行っても、今日中には森を出られるけど、
まあ、龍人種さんは、多分、人間種と
敵対しているわけではなさそうだし、
住処に一泊ぐらいさせてもらえないかな。
と、テキパキ、回収した水を纏めていく。
・・・ん?容器がないじゃないかって?
大丈夫、誰でも出来るスーパー簡単な方法でそれは解決できたよ。
まずスライムから、水を回収します。
次に、スキル[魔素吸収]の応用で、逆に魔素を流し込む。
すると、あーら、びっくり!
スライムによく似た、水を溜めておく膜が完成!
スライムが魔素と水が合体って聞いたから、逆に作れるかなって試してみたら、
見事、大成功。スライムと違って、勝手に動かないし、
ホントに水を入れてるだけ。強いて言うなら、小さいから、荷物がかさばることくらいかな?
とりあえず水を毛布に包み・・・
さらに毛布でなるべく自分を覆う。
「さて、「賢者」くん。どうしてここで、毛布で自分を覆うか、分かるかね?」
さながら探偵のように、ありもしない髭を弄るようなポーズをとり、尋ねる。
≪毛布に魔除けの効果が付与されているからです≫
・・・ああ、これが名探偵か。
となると、僕はさしずめ迷探偵かな?
滑稽だね。
僕は多少拗ねたように、口を尖らす。
さて、時間もギリギリだし、進み始めようか。
この毛布の効果が真実なら、
武器なんて、無くても中心部まで行けそうだ。
「[賢者]さん、中心部までの案内をお願い」
≪了解。案内開始 目的地 ツファルトルフの森中心部・・・≫
また、少し読み込み音が鳴り、
[賢者]は案内を開始した。
紳士は森に入っていった・・・
森の中は、暗かった。
天に向かって、長々と伸びている木々は、
陽の光を遮り、その侵入を許さない。
かといって、真っ暗かというとそうでもない。
木々に誰かが付けたであろうランプが
ぼんやりと薄く光っていた。
「ツファルトルフの森って、誰か住んでるのかな?」
明らかにランプは規則的に、どこかへ向かうように付けられていた。
それこそ、迷う人が出ないように、目的地を指し示すように。
その付け方にウィルは、誰かの、もしくは何かの、生息を予測した。
その問いに、[賢者]は静かに答えた。
≪このランプは、光属性の精霊の力を使い、起動しているため、
人間種、造人種を除く、四種の人類のどれかが
設置したと断言します。可能性としては、中心部にいる龍人族が
考えられます≫
・・・ん?精霊?初めて聞くぞ?
魔素じゃないのか?
≪精霊は、非知性生命の一種で、魔素のように物質ではありません。
精霊は、高純度の魔素に溢れた土地で誕生し、その身体構造の95%以上が、
魔素からできています。そのため、全生命の中で最も魔素との適応値が高く、魔素を利用するときに
発生するエネルギーが、非常に少なくクリーンエネルギーの一つとして、現代ではよく活用されています。
魔素のみで灯りを生み出そうとした場合、比較的大きな熱エネルギーが発生し、最悪の場合、
ツファルトルフの森の生態環境を大きく狂わせる可能性が考えられます。それを防ぐために、
精霊を媒介とし、灯りを生み出していると考えられます≫
「・・・おつかれ」
長かった。多分、[賢者]さんの台詞で一番長かったと思う。
・・・これが[賢者]の本来の使い方なのだろう。
今まで、簡単な会話しかしてこなかった僕が何だか阿保らしい。
しかし、難しすぎて分からなかったので、簡単にまとめてもらおう。
≪精霊は、世界に無害で、環境に優しいな
エネルギーとして、世界中で様々な機器に用いられている、知性の無い生命です≫
うん、辛うじてわかったよ。とりあえず、妖精大事。
多分、電気みたいな感じだと思う。
≪はい≫
「それにしても・・・」
[賢者]の予想では、森の内部には、
何匹か、魔物が生息していて、その魔物達から食料、水分を回収していけばいいという計画だった。
しかし、森の中には魔物の気配は一切しない。
ところどころから、血の臭いが漂うばかりだ。
≪辺りの木に残された爪の痕跡からは、
中心部に生息する龍人種によるものだと推測されます≫
もしかして、龍人種って、すごく血気盛んな種なのかな?
だとしたら、やっぱり、急いで返しに行かないといけないよね。
不安と、焦りに背を押され、ウィルは少し足取りを早める。
次回、投稿(予定)日、2018年4月8日
一章「街へ行こう」三話「紳士、最初の出会い」
???「・・・ようやく、出番・・・なの」
ウィル「っ・・・あなたは・・・まさか!!」