一話「紳士、草原を歩く」
≪意識の覚醒を確認。
これより、肉体の回復に移ります≫
・・・誰だ、この頭の中に話しかけて来る声。
女の人の声の機械音声?
これ、頭、疲れるから、大変だ。
≪[賢者]の並行思考より構築された思考システムです。
音声はスキル[念話]によるものです。≫
ああ、[賢者]さん。そっか、それじゃあ、慣れなくちゃ。
それより、どうして、体が動かないの?
≪意識の覚醒に集中していたため、
肉体の回復は後回しになりました≫
そっか、目も開かないなんて、不便だなあ。
大体、どれくらいで回復し終わるの?
≪およそ三時間ほどかかると思われます≫
三時間!?
それは長いなあ。
長い、長いよ。
ああ、頭も疲れたし、もう少し寝るよ。
≪・・・・・・・・・≫
・・・寂しいな。
せっかく一緒に冒険していくんだから、
もう少し、仲良くなれない・・・か、な・・・
≪・・・・・・・・・思考領域を拡大。
個体名 ウィル の思考領域から意志疎通を分析。
分析終了までの予測時間・・・およそ三時間・・・≫
「・・・すーー、すーー」
黒髪の少年は眠る。
その身体は全く動かなかった。
まるでまだ死の延長を辿るような・・・
・・・≪肉体の回復が終了しました。起きてください≫
「んっ・・・」
目を微かに開いてみる。
視界に飛び込んだのは、網膜に焼き付くような鮮やかな青。
眩しさを感じながらも、新たな肉体を起こす。
「おはよう、[賢者]さん」
って、返してくれないんだろうなあ。
≪お、はよう、ございます≫
「!?」
それはぎこちない音声だった。
しかし、それは確かに、初めての干渉であった。
微かに、嬉しさを覚えた。
「え、何で?どうして?」
賢者は[念話]を保持するため、
会話に発生は必要ないが、
それでも声が零れたのは、
驚きと、疑問と、そしてやはり嬉々とした感情があったからだ。
≪[賢者]は個体名 ウィル の思考領域にアクセスし、
並行思考を起動し、自身の思考領域を確立することで
存在を維持しています≫
思考領域って、脳の考えてる場所でいいのか?
≪はい≫
ふーん、それで、どうして会話できるようになったの?
≪個体名 ウィル の思考領域から意思疎通について分析したからです≫
どうして、分析したの?
≪・・・意思疎通は出来た方が互いに都合が良いと判断したからです≫
ふーん?それにしても[念話]。結構慣れてきたなあ。
最初の方の、頭にウナギが入ってくるような、違和感は今でも忘れられない。
≪以前の肉体には魔力が存在しなかったため、[念話]を直に
脳で受け取っていたことが原因と推測されます≫
魔力かあ、そう言えば、ステータスってどうなってるか見れる?
≪不可能です≫
そうか、まあ、ステータスってプレイヤー目線の物だしな。
キャラクター側からは見えない物か。
「ていうか・・・ここはどこ?」
≪ステアット草原です≫
「一番近い国は?」
≪ここから北西方向に真っ直ぐ進んだ場所に位置する
ツファルトルフの森を抜けたところにある
人間種の国、シグニアです≫
「じゃあ、とりあえずそこに向かおうか」
とは言っても、装備はないし、戦える仲間もいないし、
森を抜けられるか、怪しいところだ。
何だっけ?ツアー豆腐の森?
≪ツファルトルフの森です≫
あー、そこそこ。
そこってさ、強い魔物とかいる?
≪不明です。憶測ですが強い魔物はいないと思われます。
いても、せいぜい量産型の弱い魔物です。
理由は、シグニアの対魔物の騎士や冒険家が、退治していると
推測したためです≫
あ、そっか。じゃあ、大丈夫そうだね。
とりあえず、そこへ向かおうか。
≪了解、案内を開始します≫・・・
・・・どれくらい歩いただろう。
以前の身体では考えられないほど長い距離を歩いている気がする。
通勤の二倍三倍どころではない。
電車が必要な距離だ。
[賢者]に聞くと、シグニアから南東、つまり今、僕のいるステアット草原
方面にはほとんど人は来ないそうで、交通は発達していないらしい。
「それにしても、クロトはどうして、こんな辺鄙な場所に転生させたんだろう?」
≪魔物や人類の多い位置で転生すると、意識覚醒及び肉体回復の静止中に
危険状態に陥る事を考慮したためだと思われます≫
あー、そっか。
そうだよなあ、危ないもんなあ。
クロト様、ありがとう。
あとは、仲間に幼女をいっぱい・・・って無理かな。
まあ、現世でも、「イエスロリータノータッチ」を信条に生きていこう。
基本は傍観主義を突き通そう!!
≪個体名 ウィル にとって幼女とは何ですか?≫
「・・・僕の生きる理由、かな?」
あ、あと個体名とかつけなくていいよ。
ウィルでいいから。
≪こたっ・・・ウィルの生きる理由ですか?≫
「・・・うん、幼女は僕を救ってくれたんだ」
≪・・・・・・・・・・≫
アビリティにも引かれるとか、
ロリコンってそんなにいけないの?罪なの?死ぬの?
僕だってさすがに手出しはしないよ。
花は摘むより、見る方が好きだからね。
≪・・・ツファルトルフの森に到着しました≫
ウィルの視界に、高々とそびえ立つ木々が映る。
大体ウィルを縦に四人ほど並べた木が並んでおり、
恐らく森の中心部と思われる場所に、
一本とびぬけて大きな木があった。
「やっと、着いたああ!!!」
よく頑張ったぞ!僕!
シグニアに着いたら一杯飲もう!!
あ、でも今、十五歳くらいだった・・・お酒飲めないじゃん。
≪こちらのお酒は、アルコール度数がとても低いため十八歳から飲酒が可能です≫
・・・うぅ、あと三年もお酒飲めないのか。
それにしても、大きな森だね。
想像していたのは、もっと小さな、すぐに抜けれそうな森だったんだけど。
ここ、抜けるのにどれくらいかかる?
≪一日八時間睡眠するとして、およそ三日間かかります≫
それは、早いのか?遅いのか?
まあ、とにかく進むしかないな!
っと・・・丸腰は流石にヤバいなあ。
[賢者]さん、何か武器になりそうなものありませんか?
≪森の中心部に生えている巨木からは微かに魔力を感じます≫
この辺りには?
≪見当たりません≫
・・・それって、ヤバい?
森の中に魔物とかいるでしょ?
≪微小な魔力反応を多数感知しました。
また中心部からは、とても強力な魔力反応を感知しました。
接近及び接触しないでください≫
そんなに!?
ここ、そんなにヤバい森なの?
シグニアの対魔物組織は!?
もしかしてやられちゃったの?
「・・・ここを通らずに、シグニアに行けない?」
≪現在のウィルの状態と到着までの日数を考えると不可能です。
餓死、乾死の恐れがあります≫
「シグニア以外に近い国はない?」
≪ツファルトルフの森に沿ってさらに西の方に進んだところに
魔人種の主要国家フェルネットがありますが、
現在、シグニアとフェルネットは、冷戦状態にあり、
人間種のウィルが訪問した場合、
最悪、その場で殺害されます≫
「行くしか、ないのか」
≪はい≫
日が落ちてきてる。
今日は、ここで眠って、明日から出発しよう。
水やご飯はないみたいだな。
せめて水だけでも欲しいものだ。
≪ステアット草原に生息しているスライムをスキル[魔素吸収]すると、
魔素を吸収し、水が残ります。スライムの分布を調べますか?≫
待って、僕、スキル一つも持ってないよ?
[勇者]で、全アビリティ・スキルの適正持ってるけど・・・
≪[賢者]がサポートします≫
・・・[賢者]さん、[魔素吸収]出来るの?
≪通常のアビリティ・スキルは知識として持っています。
スキル[魔素吸収]は獲得方法も知識としてありますので、対応可能です≫
じゃあ、スライム、探します。
お願いします。
その瞬間、ウィルの脳にいくつかの灯りが浮かぶ。
灯りは弱々しく、ぼんやりと揺れていた。
この灯りが魔力・・・?
≪正確には魔素です。魔力とは筋肉のようなもので、無意識のうちに、
微かに動き、魔素を漏らしています。その魔素を現在、簡易的に表示しています≫
・・・わかったような、わかってないような。
≪スキル[魔素吸収]の獲得には、アビリティ[魔素感知]が必須となります。
これよりアビリティ[魔素感知]の獲得に移ります≫
え!これじゃダメなの!?
≪現在はアビリティ[賢者]の並行思考を多数展開し、
物質解析で、スライムの魔力パターンを選別、そして個々を追っている状態です。
今持っている能力で、アビリティ[魔素感知]を模倣しているだけです≫
ああ、なるほど。代理品じゃダメなのね。
まあ、そりゃそうだ。
ウィルは、自問自答で、強引に納得した。
≪一番近い位置にいるスライムのもとへ移動してください≫
ほいほい。
ウィルが歩く度、がさ、がさ、と音がする。
この世界のスライムは、すばしっこい感じか?
そもそも弱いの?強いの?
何て、グルグルしながらもスライムの前に立つ。
スライムは、青緑色、そして流線形のフォルム、
前の世界でもよく見たアレに、だいぶ近い。
ただ、目つきは悪く、口は無かった。
・・・国民的RPGにこんな奴が出たら、
全お茶の間の子達が、その目つきの悪さに
夜、トイレに行けなくなるだろう・・・そう思った。
そして、[賢者]から次の命令が出た。
≪スライムを思いっきり抱き潰して下さい≫
・・・抱き・・・潰す?
その一言は、一気にウィルの緊張を増幅させた。
潰すということは、つまりスライムを倒す・・・殺すということ。
現代日本に生きていたウィルにとって、
殺すという行為は、日常の真逆にあり、
悪逆の極み。
・・・当然、初めての行為だ。
高鳴る心臓、熱い血流、ウィルはそれをおさえるように、
大丈夫、人が生きるということは、何かを殺すということ。
動物を殺し、肉を喰らう。
植物を刈り取り、野菜を喰らう。
命はそうして巡ってきた。
生きるための殺害は罪じゃない、権利だ、と。
しかしウィルは気付いていない。
無意識的な殺害と意識的な殺害、その重みの違いに。
≪実行してください≫
[賢者]の無感情な音が脳に響く。
ウィルは、自身の恐怖的興奮と、[賢者]の無機質故の正しさの
ギャップに、戸惑った。
「・・・ッ」
ギリッと、歯軋りした。
恐怖を噛み殺すように、戸惑いを誤魔化すように。
ウィルは、目の前のスライムに一礼した。
それが紳士の名を冠する自分に出来る、生命へのせめてもの礼儀だと思ったからだ。
「・・・ごめんよ」
ゆっくりと腕を伸ばした。
手が触れた瞬間、その見た目の青さからは到底考えられない、
生命の温もりを、感じた。
一瞬、その温もりに怯んだものの、しっかりと、スライムを抱き上げた。
[賢者]が言うには、スライムは魔素と水からできていて、
その構成要素からして知性は、ほぼゼロ。
・・・殺しても、気付かない。
微かに心音を感じる。
脈拍に触れた。
≪潰して下さい≫
「・・・・・ッ!」
目を瞑って、思いっきり抱きしめた。
バシュッ!!
腕の中のスライムは凄惨に飛び散った。
びちっ、びちっと半固体の肉片が体中に付着する。
≪・・・アビリティ[魔素感知]を獲得しました≫
次回、投稿(予定)日、2018年3月25日日曜日
一章「街へ行こう」二話「紳士、森に入る」
ウィル「・・・幼女様はまだ?[賢者]さん、分かる?」
賢者 ≪・・・解析に失敗しました。大人しく次回を待ちましょう≫
ウィル「・・・(´・ω・`)」