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ふわふわさん  作者: 村良 咲
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 体育館での出来事からひと月、幾度となく大也がぼんやりと何か見上げている姿は目にしたが、特に何事もなく日々過ぎて行ったある日、盛り塩をしているという教務の桑田先生が体調を壊してしばらくお休みをするという連絡が入った。


 教務の桑田先生が盛り塩ができなくなるとしたら、盛り塩はどうなるんだろう?


とりあえず教頭で退職したばかりの人が、しばらく教務として来てくれることになったそうだけど、その人は桑田先生が戻るまでだろうし、さすがにその人がやるということはないだろう。


私は桑田先生の体調のことより、そちらが気になっている自分に気づき、自分の薄情さに苦笑いした。


 朝の職員会を終え、先生方がバラバラと教室に向かい始めたとき、杉田先生が出て行く姿を待ち追いかけ、声をかけた。


「杉田先生」


「はい?あら、友井先生」


振り返った杉田先生の横に速足で行くと並び、


「桑田先生がお休みするとなると、あれ、誰がやるんでしょう?」


「あれ?……ああ、あれね。教頭でもやるんじゃない?」


「教頭先生も盛り塩のこと、ご存知なんですよね?」


「さあ、どうかな?でも校長教頭くらいは知ってることなんじゃない?」


「まさか忘れてたりしませんよね?いつも桑田先生がやっているからって・・・」


「いつもって言っても、毎日毎日やってるんじゃないんじゃない?一度やったら形が崩れなければそのままなんじゃないのかな?」


「そうなんですかね?ちゃんとやってくれればいいけど・・・」


「友井先生、この前から気にしすぎだってば。ずっとあれから気にしているの?それじゃ、またこの話はあとでね」


 昇降口のほうの階段まで来ると、右頬に笑窪のいつもの笑顔でそう言って、杉田先生は階段を上がって行ってしまった。


 そこまできて、今朝は杉田先生がこっちの階段まで来てくれたことにようやく気付いた。


 昇降口を通り過ぎたとき、誰かに呼ばれたような気がして振り返ると、それが目に入った。


「あっ……」


階段に近いほうの下駄箱の上の盛り塩が、少しだけ欠けるように小さく崩れていた。


「ドキッ」という、胸がドキッと鳴る音が自分に聞こえたかと思うほど、跳ね上がった。


「どうしよう」


思わず口をついて出た。


「せんせーい」


その声のする方に顔を向けると、教室の前のドアから今日の当番の翔が顔を出していた。


盛り塩が気になったが、子供たちがすぐそこの教室にいると思うと、今それをどうすることもできないと思い、「はいはい」と翔に向かって返事しながら、後ろ髪を引かれながら教室に向かった。



 その日は朝からその盛り塩のことが気になって気になって仕方がなかった。


下駄箱を通るたびに、そこに目をやり、直されていない盛り塩を目にして、なんともやるせない気持ちになっていた。


 そんなとき、ふと、これはいつからこうなっていたんだろうか?という疑問が湧いた。


確か先週末に見たときには、崩れていなかった。


いつも桑田先生がちゃんとしてくれているんだと思い、気にはしていたが、毎日見ることはなかった。


それは、意図的にという意味でも、気にしない風を装っていたということでもあったが。


「もしかしたら……」


と、ふとそんな言葉が口から出ていた。


桑田先生の体調の悪さは、これが崩れたからではないか……


 子供たちが下校して、その盛り塩を直そうと思い下駄箱にきたとき、ふとそんな考えが頭をよぎった。


そう思ってしまった瞬間、伸ばそうとした手を引っ込めた。


「これ、触らないほうがいいかもしれない」


これに触れ直してしまったら、もしまたこれが崩れるようなことがあったら、自分に何かよくないことが起こるのではないか……


そう思ってしまったら、自分の性格上、もうその考えを否定できないままになることに気付き、ああ、よけいなこと考えなきゃよかった。と、後悔した。


 だが、後悔は先に立たないのだ。


もう、考えてしまったことは消えない。私はこれに触れない。そう決めた。



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