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ふわふわさん  作者: 村良 咲
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 私の人生を支配させられる人との出会いと縁を結んだのは、あの日があったからだと今でも思っている。


 学校というのは、いつの世も自分では意図しない出会いをたくさん生む。


子供の頃は、たまたま生まれた場所で決められた学校に行き、誰かの手で組み込まれた教室に向かい、その中で時間をかけて友達とクラスメートとを自分の中で振り分けていく。


 あの時、他のクラスに振り分けられていたら、私はもっと上手に友達を作れたかもしれない。


 あの時、このクラスじゃなかったら、もっと勉強が好きになれたかもしれない。


 あの時、あのクラスだったら、私は誰かと恋に落ちることができたかもしれない。


他人が作った運命の中で、たくさんの顔色を窺いながら、その中で溺れながらもがきながら藁を摑んで、疲弊しながら何事もない顔をしながら、消えていく日を数え、なんとかやり過ごしてきた。


高校生になったら、大学生になったら、社会人になったら、自分で選んでつかんだ運命を生きられると思い込んでいたけれど、これも子供の頃と変わらなかったことにすぐに気づかされた。


 高校ではやはり他人の手でクラス分けされ出会いを作られ、大学生になったらすべて自分でと思ったが、受けたかった授業を申し込み目前で定員になり締め切られ、自分でつかみ損ねたばかりに、また残り物の運命を生き、社会に出てからこそと思いきや、またもや大きな力の中で、行く学校を振り分けられ、他人が作った運命の中で操作された出会いによって、私の人生は支配されることとなった。


 私の教員としての滑り出しは、羽田先生、桑田先生の協力もあり、順調な滑り出しができたと思う。


特に主任の羽田先生は、一つ聞けば3つ4つの通りの答えが返ってくる。


それは指導のことだけでなく、一つ一つの授業の相談でもそうで、それと同時に新任の指導担当の野村先生も同じく、とても親身に指導してくれ、職場にもすぐに上手く馴染むことができていた。


 2日目にした飲み会を、桑田先生が「若飲み会」と名付け、誰がメンバーということはなく、若飲みとはいえ誘う先生方の年代も様々で、ただご自分が毎回幹事というそうした飲み会を開くようになり、初めての場所でもそうして仲間を増やしていく、今で言うならコミュニケーション能力に長けていて、忙しい仕事の傍らで、そうした楽しみにも一生懸命で、毎回そこに私を誘ってくれ、そうしたことも私が職場に早く慣れることができた要因の一つであったと思う。


 子供たちが夏季休暇に入った頃、2年生担任の研修で2人での出張があり、その日初めて2人で飲んで、それから時々2人で飲むことが増えていき、年が開ける頃、はじめて泊りで出掛けた。


 同じ学年を持つ2人としては、この関係は学校の中では内緒にしておこうということになり、表面的には何事もないように振る舞い、そんな秘密めいた関係に胸は高まり、私はますます彼に惹かれていったのだった。


私にとって、はじめての恋、はじめての人だった。


 あの頃のことを思い出すと、自分のバカさ加減に「もっとしっかりしろ」と声をかけたくなるほどだ。


誰にも秘密しているということは、傍から見たら何もないのと同じで、何の証拠もなく2人の関係の証明にもならないのだ。


 いや、一人だけ、いつも近くで見ていた人がいる。


ただ、その人には言葉を出す声がなく、私以外の人には見えていなかったのだけれど。


 新しい年度に替わり、桑田先生は6年、私は持ち上がりで3年を受け持つことになった。


学年が離れると、仕事の場でも一緒の時間を過ごすことがほとんどといっていいほどなくなり、仕事終わりの夜や休日に少しの時間さえ惜しむように、私たちは逢瀬を重ね、3年目に入る頃には、私は「結婚」を意識し始めるようになっていた。


 そんな私たちの関係に気づいている人は、まだいなかった。


「杉田さん、知ってる?いよいよ桑田先生も年貢の納め時みたいよ」


「えっ?何の話です?」


「だから、桑田先生が結婚を考えているって話よ。この前、校長室で話しているのが聞こえちゃったのよ、ドアが少しだけ開いてたからさ」


そう言って青木先生がペロッと舌を出して見せた。


「桑田先生が結婚?誰と?」


「誰とって、そこまでは知らないわよ」


胸がカッとなり、徐々に頭にもカーッと血が上り、手が、指が震えるほどドキドキと自分の鼓動が耳に届いてきた。


 私はこの時、桑田先生は私とのことを真剣に考えていてくれているのだとばかり思い込んで、いよいよ校長先生に私とのことを話してくれているんだと思い、嬉しくなった。


落ち着いて考えればこの時に気付けたはずだ。


当の本人である私に何も相談がなく、私との関係も結婚のことも、校長に話すことなどあるはずがないのに。


 その日の夜、いつものように彼の部屋に行った。


彼の好きな少し辛いカレーの材料を買い込んで、高揚する気持ちのまま、彼の好きなケーキまで買い込んで行ったのだった。


ピンポーン


その音で、いつものように部屋から出てきた彼が、


「えっ」と言って、いそいそと靴を引っ掛け部屋から出てきて、後ろ手でドアを閉めた。


「今日くるって言ってたっけ?」


 耳元で囁くような小さな声、そのおかしな対応に一気に身体から熱を奪われ、荷物を持つ手の指先の冷たさとその重さに、「あれ?」と戸惑いそれを見つめた。


その視線を彼に向け、


「今日きたらまずかった?」


「今、客が来てるんだ。今日はまずいかな」


そんなやり取りをしていると、ドアが開きかけ、彼の背に当たって止まった。


「拓ちゃん、お客様だったら上がってもらって。私の方が急に来ちゃったんだから」


「いや、大丈夫だよ、同僚が忘れ物届けてくれただけだから」


同僚か。


その言葉に、私は背を向け歩き出した。


 不思議なほど冷静だった。


何か起きたとき、感情のまま言葉を発しない、深呼吸をし冷静に考え対応する。


普段から仕事ではそういうことが求められ、それがこんな場でさえ自分を冷静にさせる。


私の冷たくなった指先の冷えは、身体中を覆い尽くし、いつの間にか小走りになっていた歩を止めた。


「なんであなたがついてくるのよ」


この日、私は初めて『それ』に声をかけた。

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