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ふわふわさん  作者: 村良 咲
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その後、脳波もCTでも脳の方には異常がないということで、1週間ほどで自分の足で歩くことを許された私は、10分ほどベットの上で看護士さんにゆっくりと足の曲げ伸ばしをさせられ、立ち上がるときに介助してもらい立ち上がった。


立つこと歩くことなんて、普通にできるのに、なぜ介助が必要なのかと不思議に思ったが、その考えは立ち上がった瞬間、吹っ飛んだ。足に力が入らないのだ。


立ち上がろうとした瞬間、足から崩れそうになり、「なんで!?」と、声に出たほどだ。


「いくら若い子でも、1週間も自分の足で動かないと、こんなふうに力が入らないものなのよ。若くてもこうなんだから、歳を取ってから動かないでいると、足腰が弱るって話は聞いたことあるでしょう?」


そういえば、テレビの健康番組でもできるだけ歩きましょうとか言っていたけど、あれって本当のことなんだなと、こんなことで実感できたことがなんとなく特別な経験のようで、得した気分がしていたのだった。


 立ち始め歩き始めこそそんなふうだったが、そこはやはり若いというのは大きな力で、その日のうちに元通りというわけにはいかなかったのかもしれないが、自分自身ではすぐに今まで通り歩けているようになったと思っていた。


 そうなると、やはり気になっていた『あそこ』に行ってみようという気になるものだ。


 私は病棟から検査棟へと向かう渡り廊下に向かった。


気が急いでいたのだろうか、その渡り廊下を渡るときには、かなり早足になっていたのだろうか、足がもつれたのだ。


あっと思った時には、転んでいた。


「いったぁ」


右ひざと脛の横を打ち、そこを摩りながら立ち上がろうと身体を起こすと、渡り廊下の検査棟の角に立つお婆さんが見えた。


「あっ」やっぱりいるな、あれ?なんかこの前とは違うような……


それもそのはずだ。そのお婆さんはこちらに顔を向けたのだ。


始めて見たときは、ずっと同じ位置で同じように下に顔を向け動かなかったのが、その顔が持ち上げられこちらを向いたのだ。


私は身体中にぞわっと冷たいものが通り抜けるのを感じ、しばらく動けずにいた。


「どうしたの?大丈夫?」


目の合ったお婆さんから目を離せずにいると、検査棟から看護士さんが姿を見せ声をかけてきた。


「はい、大丈夫です。ちょっと転んじゃって」


「まだ歩き始めたばかりでしょう?あまり歩き回らないで、今日は慣らす程度にしておきましょうね」


「はい。もう戻ります」


看護士さんが背から抱えるように脇に手をかけてくれ歩き出す時、後ろを振り返りお婆さんを見ると、お婆さんはまたこの前と同じように、角で俯いていた。


 ああ、私、ちゃんと見えるんだ。


そんなことを漠然と思いながら、あの夏の、生きていないマー君の姿を思い出していた。



 この事故があってから、今までぼんやりと何かいるというくらいだったものが、ハッキリと形を持って見えるようになったのだった。


もちろん、それは全てではなく、ぼんやりとしたものも多く、ハッキリ見えるものとそうでないものの違いはわからないが、それでもハッキリ見えるものは何か言いたいことがあるんじゃないかと、その頃にはそんな気がしていた。


 そしてそれらは、その場にい続けるものと、ある特定の人にくっついているものがいた。


ただ、今までと同じで私の家族や周辺でもそういうものをハッキリとした形で見ることはなかったので、特に私の生活に大きく影響することはなく、そして、もともとぼんやりと見えていたものがハッキリ見えたとしても、それが怖いものだという感覚はなかった。


それは以前と変わらず、私には普通の光景だったのだ。


 そうして高校大学と、ハッキリ見えるものに目を向けず気づかぬ振りをすることにも慣れた頃、私は大学を卒業し小学校の教員となった。

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