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リボンの姫騎士

作者: 一光屋KY

 告白します、私は『姫騎士』が大好きです。


 それはもう、海よりも深く山よりも高くです。

 具体的には地球最深のマリアナ海溝、チャレンジャー海淵すら超えモホロビチッチ不連続面を突き抜けマントルにすら迫ろうとする勢いです。

 高いほうは当然ヒマラヤ山脈チョモランマ峰を乗り越え成層圏から熱圏に至ってしまうぐらいなのです。

 ※意味が気になる人は高校理科の教科書で確認して下さい。


 だってしょうがないじゃないですか、『姫』ですよ、『騎士』なんですよ!

 そんなのが一つに組み合わさってしまったら、これはもう一粒で二度美味しいマーブルイリュージョンでめくるめくオーケストレーションするしかないじゃないですか?!

 華麗なドレスアーマーで優雅にレイピアか何かを振るってピンチになったら「くっっ殺せ!」なんですよ、もはや世界最強の絶対無敵であると私は思います。

 ※異論は認めません。反論は許します。


 そんなわけで私は、あまりにも姫騎士が好き過ぎたので『臨終の際』に、


「……神様、次に生まれ変わる時には私を『姫騎士』にして下さい」


 というお願いをしてしまいました。

 これが如何なる結果を生むのかは、まさに「神のみぞ識る」でしょうか。

 願わくば、次なる人生もなるべく実り豊かなものであらんことを。


 …………斯く、あれかし



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 それは、暗い海の底から、浮かび上がる感覚にも似ていて。

 意識が深い闇から覚めたそのとき、私はこの『異世界』を認識しました。


 とは言ってもそれはさほど大したものでは無く、毎朝の目覚めにも似た印象です。

 ただ、ふと気が付いてみると、


挿絵(By みてみん)「……ああ、なんか思い出した、ような……」


 ということなのでした。


 さて、気怠げな朝のひとときであっても、やはり時間は貴重です。

 やがて屋敷のメイドも起こしに来るでしょう、早々に用意せねば。

 着替えぐらい一人でも出来ますが、あまり何もかも行うのは感心されません。

 いつもの如く、手伝わせながら部屋着に召し替えをします。

 手洗盤から水をすくい、顔を洗った後、水気を布でふき取らせて、髪を整えて。

 そしてメイドは櫛けずりながら、熱を帯びた表情で言うのです。


挿絵(By みてみん)「はあ……コランダム様の御髪(おぐし)は、何とお美しいのでしょう……」


 ですが、私はその手放しの賞賛に、心中肩を落としたい気分になるのでした。



 私の名は『コランダム』、当領地『公国』の『第三子』に当たります。

 家族構成は公国領主とその后である両親、それに兄が二人。

 そして家宰以下側仕え多数、執事に馬丁にメイドに下男下女大勢となりますか。

 両親に兄二人、家族仲は努めて良好。

 領地も総じて平穏無事で、特に大きな問題も無し、治安的にも経済的にも。

 まさに絵に描いたような『幸せな情景』と言ったところでしょうか。

 ……ただ一つの『ささやかだが深刻な問題点』を除いて。


 内心のため息を抑えながら、私は手元の鏡を覗き込みました。

 その鏡は銅を磨いたものなのであまり写りは良くないのですが、それでも自分の姿ぐらいは確認出来ようと言うものです。



 花のかんばせ、白磁の御肌、絹の手触り、肌理細やかに

 薔薇の紅頬、雪白に朱を差し、いと鮮やかに、なを愛おしく

 真紅のくちびる、鳩血の玉に、誰が受け取る也、そのくちづけを

 流るる御髪、氷蒼は奔りて、煌き纏い、いと清らかに

 其は天上の御遣いか、其は美神の映し身か



 …………やれやれ


 先日戯れに呼んだ『吟遊の語り手』とやらが、そんな仰々しい詞を詠い上げます。

 其の者曰く、「我が会心の出来にて御座います」との事でした。

 まったく、私的には『有難迷惑千万』と言うものです。


 何故かと言えば、それは『私自身』に理由があるのでした。




挿絵(By みてみん)「……お父様、お話があります」


挿絵(By みてみん)「何かあったのかい、コランダム? さあ、父には何でも話してくれたまえ!」


 朝だというのに、お父様のテンションは高度を維持しています。

 正直、時々うっとおしさすら感じるのですが。


挿絵(By みてみん)「では遠慮無く……お父様、いい加減『この格好』を何とかしたいのですが」


 さて、『この格好』というのは単に服装に留まらず他の全ても含んでいます。

 つまり、薄紅色で引き摺る一歩手前まで裾が伸ばされたスカートドレスも、

 やたらひらひらとひだ飾り(プリーツ)が施された袖や襟元も、

 薄手ながらも白粉や頬紅、口紅まで差された化粧一式も、

 軽く波打たせて自然に腰まで伸ばされ、手入れの良さを最大限に見せる髪も、

 そういったもの一切合財を含めての表現になります。


挿絵(By みてみん)「えぇーーっ、それは勿体無いよ、こんなに『似合ってる』のに!」


 対するは、あくまでも『軽い』返答。


挿絵(By みてみん)「うん、美しい、とても良く似合っている。流石は私の自慢のむすメ……」


挿絵(By みてみん)「私は『息子』ですよ! お父様っ!!」



 そうして、最近はすっかりお馴染みとなった私の『怒鳴り声』が響くのでした。



      * * *



 事の発端は私が生まれた際、十五年ほど前まで遡ります。


挿絵(By みてみん)「……おお! 何と愛らしい! まさに『玉のような』子だ!」


挿絵(By みてみん)「はい、あなた……。ああ、本当に可愛いわ、私の子……」


 幸いと言うか何と言うべきか、器量良く生まれた赤子は大層可愛がられ、綺麗に着飾られて、まさしく『温室の花のように』育てられました。

 美術館などで『王室一家の肖像画』などを見たことがある人ならばお分かりでしょうが、この時代、やんごとなき身分のお子様の場合、幼少時は男女区別を付けず『スカートをはかされて』育てられます。

 とはいえ五歳ぐらいになると、流石にちゃんとした『男の格好』に成る訳ですが。

 しかし私の場合、なまじ見目麗しく生まれてしまった事が不運の始まりでした。


挿絵(By みてみん)「……だ、駄目だ駄目だ! こんなに愛らしいのだぞ、今更『ホーズ』になどさせられるか!」

 ※ホーズ:『股下』とも訳される。体にぴったりしたタイツの親戚。男性用。


挿絵(By みてみん)「はい、あなた……。本当に『スカート』が良く似合うこと……」


 上に二人ほど男が続いて、次くらいは女の子が欲しかったということと、スカート姿が『あまりにも似合い過ぎて』男装にするのが惜しまれたという諸事情により、私の衣装については『そのままスカート続行』という決定が為されました。

 誰か反対する人はいなかったのでしょうか? 特にお母様。

 いくら公国の領主と言っても、横暴にも程があります、お父様。


 爾来、その忌まわしい『習慣』は、もうすぐ成人を迎えようという現在に至るまで、連綿と続いているのでした。




 さて、その絵面だけは良い、内実鬱陶しい事この上無い状況に対して、私自身はささやかな叛乱を試みます。

 すなわち強さだけでも『らしく』なれば、或いは周りも考えを変えるのではないかということです。

 よって私は、『姫には非ざる行い(私、男なんですけど……)』と言われつつ、武芸の鍛錬に力を注ぐことにしました。

 このためにわざわざ、異国より『剣匠(ソードマスター)』と呼ばれる達人を招聘したのです。



挿絵(By みてみん)「成る程……事情は理解したっ! この私に鍛えて欲しいという事だなっ?!」


挿絵(By みてみん)「はい! どんな厳しい鍛錬でも、最後まで付いて行く覚悟です!」


 異国の剣匠(推測)は、『B・B』と名乗ったのち私の体を観察します。

 暫しぐるぐると見回した後、やがて……


挿絵(By みてみん)「ようし、ゆくぞシェキナベイベー! 私と共にワークアップだっ!!」


 こうして、厳しい『修行』の日々が始まりました。

 ただ、『剣の鍛錬』ということで事前に想像していたのとは随分と違っていたのですが……



挿絵(By みてみん)「最初はリーナップ、バディファットバーニングだ! 食事にも気を配るんだ!」


 高タンパク、低脂肪とかなんとか、良く分からない言葉が続きます。

 さらには、



挿絵(By みてみん)「ハートアップ、パンプアップ! ラングアップでレベルを上げるぞ! 気を抜くな、まだまだこれからだ!」


 意味不明度合いは、ますます『ヒーートアップ!』でした。



挿絵(By みてみん)「ライアップ! リフダゥン! どうした! まだまだこれからだっ!」


 この辺りから、段々キツさが増してゆきます。



挿絵(By みてみん)「マシュアップ! マシュアップ! どうした、もうへばったか?!」


 妙な掛け声はともかく、鍛錬は実にハードでした。

 休み無しで、結構な運動量です。



挿絵(By みてみん)「もっと裏筋を伸ばすんだ! スクゥィーズ! スクゥィーズ!」


 い、イタタ……体の筋が悲鳴を……



挿絵(By みてみん)「サーコゥ! サーコゥ! 腕を下げるな! サーコゥ!」


 くっ! こ、これは……なかなか、しんどい……



挿絵(By みてみん)「ようし! クールダウンだ! 動きをゆっくり落とせ! 急に止めるなよ!」


 ……は、はあはあ、ようやく終わりか、よくやった自分……。

 やり遂げた後の疲労感が、私に脳内麻薬の高揚を与えてくれます。



挿絵(By みてみん)「グッ、いいぞっ! ワンモアセッ!(もう一セットだ!)」


 まじかーーーーーーーーーっっっ!!!



 ……斯くして、『貧弱なお嬢ちゃん(私、男なんですけど……)』と呼ばれた私のバディは、見事にシェイプアップされ、ビルドアップでサムズアップなのです。

 自分で言うのも何ですが、全く意味不明ですね……。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 さて本日、平和な筈の公国首都に於いて、そぐわない光景が広がっていました。

 城の正門は大きく開け放たれ、そこには『軍勢』が終結していたからです。

 整然とした隊列でありながらも、どこか熱を帯び浮ついた空気。

 対面の街からは、ざわざわとした喧騒が聞こえてきます。


挿絵(By みてみん)「……うむ、実に凛々しいぞコランダム、よく似合っている!」


 馬車の窓からお父様が、満足げに笑みを浮かべます。


挿絵(By みてみん)「…………」


 対する私は、馬上にて、憮然とも諦観ともつかない複雑な表情でしたが。


 馬上の私は、鎧装に身を固めています。

 磨き上げられた鋼は、装飾の少ない筈の甲冑に、なお気品と風格を纏わせました。

 鈍い光が、馬の歩みと共に揺れ、人々の目を引き付けます。

 そして、ひるがえるのは、氷蒼の髪と紋章のケープ。

 冷めた蒼い色、紅い色彩が、煌きを散りばめて、さあと流れるのです。

 軽く手を振り、目線を投げると、それだけで女たちの黄色い声がしました。


 自分でも引き締まったと思える体は、軽く、とても軽く、早く。

 ただ、何かに突き動かされるように、前へ、前へと。

 騎士の装束は、きっと心躍るものなのでしょう。

 馬をゆっくりと歩ませ、通りを進むと、それだけでざわめきが起きました。


 気が付けば、周りを固める兵士たちも、通りに居並ぶ領民たちも、全て視線を私に向けていたのです。

 ただ、幾つか心残りなのが……


 あれほどの激しい鍛錬だったというのに、見た目には大して筋肉は増えていません。

 むしろ余分な贅が削ぎ落とされて、手足はすらりと伸ばされました。

 そして相変わらずの『女顔』は、どうしても直らないまま。

 人前に出るので薄く頬紅などしていますが、かえって逆効果だったのかも。


 それに甲冑も問題でした。

 何処から調達して来たのやら、胸を大きめに、逆三角形に型取られた胸甲は、むしろ鎧と言うよりも御婦人の付ける『スタマッカー』のようで。

 腰当・草摺は何故か無闇に大きく、どうしても『スカート』を連想させます。


挿絵(By みてみん)「(……これってまるで、あの夢で見た『姫騎士』のような……)」


 或いは言葉を変えると『男装の麗人』でしょうか。(私、最初から男なんですけど)



 ……嫌ぁな予感が、広がってゆくのでした。



 さて、私が住んでいる公国は、より大きな分類で言うと『神聖帝国』に帰属する領邦の一つということになっています。

 とはいえ、『帝国』と言いつつも各領邦の独立性は極めて高く、自分達は普段その事を意識することは殆どありませんでした。

 と言いますか、帝国自体が『結構長い間皇帝が空位であった』こともあるぐらいなのですから『何をか云わんや』なのです。

 しかし今回私は、いえ私達は、自分達が『帝国の一部であった』ことを思い出す機会に恵まれていました。

 と言いますのも……


挿絵(By みてみん)「……『閲兵の儀』が行われる。皆の者、皇帝陛下に忠誠を示す良き機会である。」


 この言葉と共に、各地の諸侯に動員令が布告されたのです。

 これは実に何十年かぶりの『閲兵の儀』となりましょうか。

 諸侯ということで、例外無く我が『公国』もその中に含まれるのでした。


 現在の皇帝陛下は、先ごろ即位なされたばかりです。

 御威光を周囲に知らしめすためには、軍事的な事柄が一番でしょう。

 とはいえ現状、神聖帝国は平和ですので、平地に乱を起こす訳にもいきません。

 現実的妥協策としての、『閲兵の儀』なのでした。


挿絵(By みてみん)「うむ、実に『良い機会』だ。そなたのお披露目には、まさに相応しい!」


 裏方の苦労、こちらの葛藤など露知らず、お父様はご機嫌の様子です。

 言葉通り私を近衛隊の芯奥に据え、側近くの『よく目立つ』位置に置きました。

 そして輝く揃いの装束も鮮やかに、一団は周囲を睥睨して進みます。


 ……その中心には、光輝なる姫騎士――私のことです――を頂いて!



 見よ公国の蒼き花、凛々しき御姿、公都の誉れ

 薔薇のかんばせ、象牙の御肌、碧玉の瞳に、薄紅の頬

 流るる御髪は氷蒼の、輝く奔流、風に舞う玉糸


 鋭き瞳は、雷鳴の如く、睨みし眼差し、邪を制す

 されど優しきその微笑、弱きを援くる、慈愛のものか


 輝く鎧は、闇を討ち、鍛えし剣は、悪を切り裂かん

 されど暖かきその御手、咎人を赦す、救いのものか


 彼の御方の名はコランダム!

 御国を護りし精霊か、戦女神の末裔か



 道中の宿に、なにやら高揚した様子で訪ねて来た『高名な詩人』とやらが、そんな仰々しい詩を謳っていきました。

 ご丁寧にも、「我が生涯最高の傑作にて御座います」との台詞と共に。

 よく分からない内に、『公国軍(主に私)』はすっかり街道の噂になっていたようです。

 実際、翌朝以降、周囲からの視線がキツいことキツいこと。

 聞けば『やんごとなき御令嬢』からの熱烈な手紙なども多数寄せられているとか。

 おかげ様で本番の儀典でも『私が』目立ちまくってしまい、果たしてどちらが『主役』か分からないような有様だったのでした。


 …………やれやれ


 心なしか、皇帝陛下や取り巻きからの視線が『少し冷たかった』ような気がします。



      * * *



 国許に戻ってしばらくした或る日、『御使者』の訪問がありました。

 なんでも、皇帝陛下直々より私に『恩賜の品』があるとのことです。

 大いに緊張しながら受け取ったそれは……


挿絵(By みてみん)「……リボン……??」


挿絵(By みてみん)「は、此れなるは『ミネルバのリボン』にて御座います」


 御使者の語る来歴によると……今より遥か初代皇帝の御世、治世未だ安定せず情勢は不穏でありました。

 優秀な武人でもあられた陛下御自身はともかく、皇后様以下側近くの安寧については不安も多かったとのこと。

 それらを憂いたときの皇女殿下が戦の女神に七日七晩祈りを捧げ、そして賜ったのがこの『ミネルバのリボン』なのだそうです。


挿絵(By みてみん)「左様ですか……。しかし戦女神とリボンが如何に……?」


 戦女神とリボン、何だか関係性が乏しいように感じます。

 よく分からないまま『それ』を握りしめてみると……


挿絵(By みてみん)「……!!」


 俄かに眩しい光、周囲が白で包まれました。

 やがてそれが収まると、そこには……


挿絵(By みてみん)「なんと!?」

挿絵(By みてみん)「これはっ!?」


 まず目に付いたのは『紅』、『輝く紅』でした。

 まるで紅玉を融かし込んだような、光り、煌き、輝き。

 

 流れる描線は上体を象り

 優雅で複雑な曲線の織り成す胸甲、

 融けて一つのようで、でも美しい線を成す肩甲、腕甲。


 そして優美なまま腰へと下りて

 腰の入り口は細く、あくまでも細く、

 この腰周りなど、まるで引き絞られたようではありませんか。


 そこで大きく広がります

 大輪の花のように広がる軌跡、曲線、

 薄布を重ねたようで、それでもしっかりとした守護が感じられて。


 ところどころ散りばめられた『白』そして『青』。

 紅を基調とした、三色配置(トリコロール)

 半身の鎧に、大柄なスカートが組み合わされた、『ドレスアーマー』。

 私が『纏っていた』のは、そんな装束だったのです。



挿絵(By みてみん)「……こ、これはまさしく『ミネルバの姫鎧』! 伝説は真実でしたかっ!!」


 気が付けば、皇帝の『御使者』はその場に跪いていました。

 本来『御使者』ともなれば、私などより余程立場は上なのですが。

 そしてこちらが口を挟むよりも先に、


挿絵(By みてみん)「皆も祝うが良い! 戦女神の遣い『リボンの姫騎士』が顕現なされた!!」


挿絵(By みてみん)「……っ!!!」


 私の抗議は、その後の歓声にすっかりかき消されてしまったのでした。



 …………ええと、私、男なんですけど。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 さて、それから暫くは公都でお祭り騒ぎが続いたのですが、それらについては割愛しましょう。私としても『不本意』な出来事が多かったので。

 ええ、ぞろぞろと『やんごとなきお客様』が訪ねていらして、手の甲にキスやらダンスのお誘いやら、あげくの果てに**の申し込みやら……(自分、男なんですけど)

 全く、思い出したくも無いというものです。


 ともあれ、『戦女神』の御加護を賜ったということで、以前よりも行動の自由が増えたのは唯一の僥倖と言えるのでしょうか。

 まず普通の手段では、私に傷一つ付けることも出来なくなりましたから。

 それとお城に居ても『うんざり』することが多いので、私は公国各地を視察して回ることを決めました。

 領民の暮らしを見守り、不逞の輩の心胆を寒からしめればそれは結構なこと。

 そのついでに、『魔物退治』など出来ればなお良しと云うものです。

 お城から出ることが少なかった私にとって、それは『一つの冒険』とも呼べるものなのでした。知らず、心が躍ります。

 そして僅かなお共だけを連れ、私は旅路に付くのでした。




 しかし前述のように、公国は総じて平穏無事なこのご時勢、道中は退屈でした。

 と言いますか、どうも何か『先回りして色々潰してある』ようで、何もしていないうちから各村の名主などに感謝される始末で……


挿絵(By みてみん)「はい、ご領主様のご威光、まことに結構なことに御座いまして……」

挿絵(By みてみん)「ええ、ええ、この度は有難くもご領主様のお力添えによりまして……」


 などなど、どうにも肩透かしな日々が続くのです。



 ですが、国境近くの『或る村』に着いたとき、遂に念願の『冒険の糸口』となる噂を耳にすることが出来ました。


挿絵(By みてみん)「……ここだけの話ですが、どうも、この近くに魔物が住み着いたようですぜ」


 いまいち怪しげな『情報屋』が、声をひそめて伝えて来ます。

 これまでの経緯から言って、これをうっかり『お付きの者』に相談したりなどすると、その時点で直ぐに『対策』が取られてしまうのでしょう。

 であればやはり、『こっそり、内密に、自分で』動くのが一番のようです。


 私は密かに、『問題の山奥』へと一人で向かったのでした。



      * * *



 さて、言われた場所に行ってみると、遠目に何やら『居る』のが分かります。

 大きそうな体、緑がかった肌、頭の角等々……あれはひょっとして、


挿絵(By みてみん)「……もしかして……あれが噂に聞く『オーガ』というものか……?」


 私の中の記憶が所謂『鬼のようなもの』という説明をして来ます。

 ……『鬼』って何でしょうかね?

 はてさてそれは兎も角、やはり危険そうなのは間違い無いようです。

 まずは様子を窺って、ここは慎重に行かなくてはと思っていると……



挿絵(By みてみん)「なんだ? 『客人』にしても随分と無作法な奴だな……」


 太い声が、『後ろから』響いてきたのです。



挿絵(By みてみん)「……!!」


 慌てて振り向き、と同時に剣の柄に手を掛けました。しかしそこには、


挿絵(By みてみん)「……いない?! いったい何処へ!」


挿絵(By みてみん)「こっちだよ」


 今度は左からです。



挿絵(By みてみん)「……っ!」


 これは拙い! 状況の不利を覚った私は、そのまま駆け出しました。

 少し開けた場所に出て、呼吸を整え、そして一声、


挿絵(By みてみん)「……何者だっ! 名を名乗れ!!」


 静寂の中、凛とした響き。




 そして、しばしの空白。


挿絵(By みてみん)「…………」


 やがて……


挿絵(By みてみん)「まず、見通しの良い場所へ出る、判断はまあ悪くないか……」


 そうして、『そいつ』は姿を現しました。


 まず目に付いたのは、その巨大な体です。私より頭二つ以上は上でしょうか。

 そして緑がかった肌と、頭には二本の角、針金のような髪、厳つい顔に鋭い眼。

 人型ですが、明らかに『人間ではありません』。

 ですが何よりも、逞しい腕、太い脚、そして質量が詰まった見事な体躯。

 見るからに、『力』を感じさせる存在でした。

 私の中で、警戒心が高まるのを感じます。



挿絵(By みてみん)「さてと……名を問うときは、まず自分から名乗るのが先だ。礼法の時間にでも習わなかったのか?」


挿絵(By みてみん)「……え、ええっと……??」


 まさかいきなり『そんな事』を言われるとは思わなかったので、私は戸惑いました。

 とは言え、相手の言い分にも筋は有るので、


挿絵(By みてみん)「(こほん)……し、失礼した。私の名は『コランダム』、公国領主が第三子だ」


挿絵(By みてみん)「ふむ、我は……そうだな、『ヴィクター』とでも名乗っておくか」


 天使が通ったような間と共に、奇妙な挨拶を交わします。

 自分の中の警戒心は相変わらずですが、少し気が抜けたのも事実でした。


挿絵(By みてみん)「それで……そなた、こんな所で何をしているのだ?」


挿絵(By みてみん)「……それはむしろ我の台詞、だな」


 そう言ってヴィクターとやらは、にやと笑いました。

 文字通りの『人をくったような』笑顔です。


挿絵(By みてみん)「隠れて『覗き』など、『淑女に反する行い』だろう、違うか?」


挿絵(By みてみん)「……なっ何を言う! わ、私は……!」


挿絵(By みてみん)「ハハハハハッ……!!」


 抗議の声を挙げるより先に、豪快に笑い飛ばされてしまいました。

 まったく、調子が狂います。

 いや、こいつの認識は、少し改めさせる必要があるのですけどね。


 ……ともあれ、すっかりこの場は毒気を抜かれてしまったのでした。




挿絵(By みてみん)「……何か用があった訳では無い。ただ、さすがに『故郷』に居づらくなっただけのことだ。なにしろ我は、『この姿』だからな……」


 ヴィクターはそう言って、少し寂しげな顔をしました。

 この台詞は、「結局、ここで何をしているのか」という問いに対する答えです。


挿絵(By みてみん)「そうか……それは、まあ、その、そういうものかも知れない……」


 私も、何と答えて良いか分からず、曖昧な言葉を返します。

 空気を変えるつもりで、何気ない台詞、


挿絵(By みてみん)「……しかし驚きだな。『オーガ』とやらがこんなにも普通に話が通じる相手だったとは……認識を改める必要があるな」


挿絵(By みてみん)「……」


 そこで、ヴィクターの表情がさらに歪んだのは、私でも分かりました。

 しかし、それ以上を聞くには少しためらわれたのです。

 何故なら、その顔が、やけに、ふと、とても、ほんとうに、さびしかったから……



挿絵(By みてみん)「と…ともあれ、さっきのは少し驚いたぞ。そなた、武芸の心得があるのか?」


挿絵(By みてみん)「……『心得』程度とはずいぶんな言われようだな」


 話題を変えるだけの言葉でしたが、向こうが乗って来ました。


挿絵(By みてみん)「相手が誰だか分かって言っているのか? 我こそ、『武を極めし者』だ」


 そして声に力が入っていました。

 ヴィクターがふいと息を吐き、そして、『轟』と吸い込んだのです。


 打ち鳴らす『衝撃』と、押し出される『闘気』、『殺気』、『圧力』

 それら全てが、こちらを気圧しようと迫ります。

 皮を引き裂くような音がして、腕の肉が盛り上がってゆく。

 下腹に響く感覚が伝わると、脚に力が込められていました。

 そして、みし、みし、胸に、腹に、質量が増してゆくのです。

 鋼が無理矢理に膨らまされてゆくような、そんな印象でした。


 それは、『力』、『闘』、『武』、そして『強さ』そのもの。

 闘うことに研ぎ澄まされた存在の、純粋な、結晶のすがた。

 私は、怖れを感じると同時に、何故か期待と、それに伴う身震いを覚えます。

 ひょっとして、私は『競いたい』と思っているのだろうか、

 目の前のこの、『大きな力』と……



挿絵(By みてみん)「……大きく出たな! 『武を極めし者』か、なら、私と手合わせだ!」


挿絵(By みてみん)「フ……ハハハハハハッッ!!」


 大言壮語には、呵呵大笑の応え。さも、可笑しくてたまらないと言うように。


挿絵(By みてみん)「よせよせ……その細腕で何をしようと言うのだ!」


挿絵(By みてみん)「怪我をするぞ! 肌に傷が付くぞ! お姫様よ!」


挿絵(By みてみん)「お転婆も大概にせねば、後悔をすることになろうぞ!」


 野太い声は、私をいたわるようで、それでも威圧を掛けてくるのです。

 その圧力に、少し気後れを覚えると同時に、何故かわくわくとした感情が私の奥底でたぎるのでした。

 ……それと、やはりこいつの認識には少し修正の必要がありますか。



挿絵(By みてみん)「……侮るな! 私こそ戦女神の『加護』を賜わりし者なり!!」


 言葉と同時に、リボンが輝きます。

 そして其処にあったのは、紅玉を融かしたような紅い鎧。

 それは戦女神の、闘いの装束。

 剣を構えたとき、そこに在るのは白銀の煌き。


挿絵(By みてみん)「……!!」


 相手の目が、大きく開かれました。

 ですがそれも刹那、ヴィクターが構えを取るのが見えます。


挿絵(By みてみん)「……ふむ、面白い。ならば、少し『遊んでやろう』か……」


 余裕は崩しませんが、それでも多少真剣になったようです。



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「来いっっ!!」


 それは、私たち二人が、同時に発した音声でした。



      * * *



 破壊音、衝撃、爆発音、そして地面が揺れました。

 私とヴィクターが、最初にぶつかった時の状況です。


挿絵(By みてみん)「……っ!!」


 私は反動で大きく飛ばされ、進路上の樹を何本もなぎ倒してゆきました。


挿絵(By みてみん)「……フ」


 一方ヴィクターは、いくらか後ろにずり下がったのみです。

 やはり、力そのものは向こうが上でした。


挿絵(By みてみん)「(しかし、この鎧と加護が無ければ確実に死んでいたな……)」


 森の中、私の軌跡が作った『道』を見て、改めてそう思います。

 大木が何本もへし折られ、引き倒され、壮絶な有様でした。


 それですぐに追撃が来るかと思っていましたが、静かなままです。

 歩いて元の場所へ戻ってみると、


挿絵(By みてみん)「……なかなかやるな。普通の奴ならあの一撃で消し飛んでいた」


 ゆっくりと手を閉じ開きしながら、ヴィクターが声を掛けて来ます。


挿絵(By みてみん)「ふむ、ちょっと痺れた。少々、油断があったのかもしれん……」


挿絵(By みてみん)「いや、弾き飛ばされたのはこちらだ。そなたの力、確かに本物だ」


挿絵(By みてみん)「……ふ、それは重畳」


 軽口を叩き合い、神経を高め合ってゆきます。



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「行くぞっっ!!」


 再びの掛け声、そしてぶつかり合いです。



挿絵(By みてみん)「はあぁぁぁーーーーーっっ!!」


挿絵(By みてみん)「ォおおおおぉぉぉーっっっ!!」


 絶叫と咆哮、言語にならない音が、私たちの口からあふれます。


 今度は互いに、手数を限りの勝負となりました。

 私は剣を振るって、高速の、連続の、突きの速射砲。

 そしてヴィクターは、拳を頼みの、突きの高速連弾。

 空気が熱を帯び、闘気が火花を散らす、危険で華麗な、演舞の競演。


挿絵(By みてみん)「(……凄いな、壁に向かって突きを放っているかのようだ……)」


 それが第一の印象でした。

 ヴィクターの拳勢は、一見荒いように見えてこちらの攻勢を全て防いでいます。

 突き出す拳は、私の剣を防ぐ強固な盾です。

 そこにはまるで、見えない壁が存在するかのようでした。


挿絵(By みてみん)「(……くっ! そして一発一発が、重い……!)」


 そうする中にも、相手は確実にこちらを仕留めようと狙って来ます。

 繰り出される拳撃は、私の命を狙う鋭い槍です。

 それはまるで、木の葉を翻弄する凶暴な嵐でした。


 息を付かせぬ攻防は果て無く続き、いつまでもこのままかと思われました。




挿絵(By みてみん)「…………」


 ふいに、ヴィクターが動きを止めます。


挿絵(By みてみん)「……? どうした、ヴィクター……」


 当然、私も一端剣を止めました。いぶかしく思っていると……


挿絵(By みてみん)「……このままではラチが空かん、千日手だ」


挿絵(By みてみん)「確かに……それはそうかも……」


 お互い、相手の攻勢を凌ぎ切っています、このままでは勝負は付かないでしょう。

 或いは、どちらかが先に疲れて終わりが来るのかも知れませんが。


挿絵(By みてみん)「ならば……」


 ヴィクターが、静かに構えを変えました。


挿絵(By みてみん)「コランダムよ、見るがいい……これが我が『最強奥義』だ」


 静かな呼吸音、整えられる血脈、ヴィクターは闘気を練っているようです。

 そして存在が膨れ上がり、まるで何倍もの大きさになったかのようで。


挿絵(By みてみん)「……っ」


 知らず、手に汗を感じました。


挿絵(By みてみん)「……『人』に使うのは、これが初めてだ。しかと受け止めよ……!」


 闘気が収縮し、ヴィクターに集まる感覚、ひとたび、全ては止まり、



挿絵(By みてみん)「ゆくぞォォォッ! ……奥義『九頭龍(ナインヘッド・ドラゴン)』!!」


 そして、爆発、奔流、衝撃、輝くような……

 溢れる光のようなものが、こちらへと向かいます。

 それはもはや拳などでは無い、私を押しつぶす怒涛の、圧倒的な力。

 受け止めることも、かわすことも、防ぐことも、すべて、すべて。


 ……最後に分かったのは、自分が思い切り、思い切り、

 後ろに向けて吹き飛ばされてゆく感覚だけだったのでした。



      * * *



挿絵(By みてみん)「……っ!」


 ふと目が覚めると、辺りは暗闇でした。

 はっきりしない頭で周囲を探ると、かさかさとした音。


挿絵(By みてみん)「……気が付いたか……?」


 声のするほうに目を向けると、赤い火と大きな背中が見えました。

 ヴィクターが、焚き火の側にいたのです。


 そして自分はと言えば、柔らかい枯葉の上に寝かされていました。

 かさかさいう音は、これだったようです。

 戸惑いながらも、まずは、


挿絵(By みてみん)「……そなたが手当てしてくれたのか、世話になった」


挿絵(By みてみん)「いや、我は何もしていない、傷一つ無かった。流石は『戦女神の加護』だな」


 礼を言うと、ぶっきらぼうな返答が返って来ました。


 とりあえず体を起こした辺りでふいに、「ぐぅ」と音が鳴ります。

 ちょっと気恥ずかしくなり、顔が赤くなりました。


挿絵(By みてみん)「…………ふっ」


 ヴィクターは何も言わず、焚き火の近くにあった『それ』――肉を串に差したものでしょうか――を振ってみせるのでした。




挿絵(By みてみん)「……結構美味かった。こういうのも良いものだな」


 野趣溢れる食事でしたが、私は素直な感想を述べます。


挿絵(By みてみん)「だが毎日だと、きっと嫌気が差すぞ。……我は慣れているが」


 対するヴィクターは、皮肉とも取れる答えでした。

 私は一瞬、考え込んだのち、


挿絵(By みてみん)「……ふむ、ならばそなたには後々、美味いものを食わせてやろうか? 気にするな、手合わせに付き合ってもらった礼だ」


挿絵(By みてみん)「…………」


挿絵(By みてみん)「待てよ……そうだ、いっそ私の家に来るが良い」


挿絵(By みてみん)「…………」


挿絵(By みてみん)「うむ、それが良いな! 『オーガ』とは言え、そなた程の『強い者』、このまま野に置くのはあまりにも惜しい。是非とも我が家に来てくれ、そして公国の武芸指南役をするのだ!」


挿絵(By みてみん)「……あのな」


挿絵(By みてみん)「……ええとそうなると、そなたの『その姿』を何とかせねば。流石に『オーガ』のままでは皆も恐がってしまうであろうし……いっそ仮面でも被らせておくか? いや、しかし、それはそれで何か怪しい者のようであるし……ううむ」


挿絵(By みてみん)「……おい」


挿絵(By みてみん)「ふむ、であればやはり『魔法』か。『オーガ』のそなたではちと大変かも知れぬが、ここは変化の魔法か何かを覚えてもらって……うん、それならば良い!!」


挿絵(By みてみん)「……いいかげんにしろーーっ!」


 気付くとヴィクターが、すっかり不機嫌でした。



挿絵(By みてみん)「黙って聞いておれば……まったくさっきから勝手な事ばかり……」


 腕組みをし、こちらを睨みつけながら、話を続けます。


挿絵(By みてみん)「……そもそも! 我を勝手に『オーガ』呼ばわりとはどういうことだ!」


挿絵(By みてみん)「……へ?」


挿絵(By みてみん)「失敬な! 我はこう見えても『人間』だっ!!」


挿絵(By みてみん)「えーーーーーーーーっっ!!!」


 それは衝撃の告白でした。




挿絵(By みてみん)「……もともと我は国境の向こう、伯爵家の者だ……」


 ヴィクターはそう言って、自身の身の上を語り始めるのでした。


挿絵(By みてみん)「我は幼少より、強さに魅かれ、武に打ち込む毎日だった……」


 才能も有ったのでしょう、そうしてヴィクターは力を付けました。

 いつしか領内ではかなう者がいない程の力量を身に付けていたのです。

 ですがヴィクターは不満でした。


挿絵(By みてみん)「だが、強くなればなるほど、更なる力、より高みを欲したのだ……」


 そう、ヴィクターが望んだのは『最強』という称号。

 誰よりも強く、何者をも上回る力、武を極めるもの。


挿絵(By みてみん)「そして『霊山』に篭り、修行に励んでいたのだが……」


 ふと気が付くと、自分は霧の中に居たのだそうです。


 誰かが、呼んでいるように思いました。

 誰かから、呼ばれているように感じました。

 我を呼ぶのは、誰ぞ、彼か?


 来るがよい、と声がしました。

 来てはならぬ、と声がしました。


 何を望む也、と声がしました。

 我は望む哉、と声がしました。


 力を求む、と声がしました。

 償いは有るべし、と声がしました。


 汝それでも求むる哉、と声がしました。

 我それでも欲す也、と声がしました。


 何故に、と声がしました。

 所以無く、理由無く、ただ欲する、と声がしました。



挿絵(By みてみん)「……汝ただ徒に力を求むる哉心無きままに力を求むる哉?」


挿絵(By みてみん)「……さればチカラを受け取るがよいココロ無きままの」


挿絵(By みてみん)「むきだしの、ぼうりょくを、はかいを、むなしさを、おそれを」




挿絵(By みてみん)「……存分に、受け取るがよい!」




 そして再び気が付いたとき、自分は『このような姿』になっていた。

 そういうことなのだそうです。



挿絵(By みてみん)「……以来、こうして人目を避けて暮らしている。家にも帰れぬ」


挿絵(By みてみん)「…………そうか」


 聞けば、随分と重たい話ではありました。


挿絵(By みてみん)「つまり、そなたのその姿、一種の『呪い』と言う訳か……」


挿絵(By みてみん)「…………」


挿絵(By みてみん)「ふむ、それで、何か呪いを解く方法など無いのか?」


挿絵(By みてみん)「……」


挿絵(By みてみん)「…………そうか」


 どうやらヴィクターも知らないようです。



挿絵(By みてみん)「うーーむ、話を聞く限り、そなた、戦女神様の『ご機嫌』を損ねるような事をしてしまったのではないか?」


挿絵(By みてみん)「…………」


挿絵(By みてみん)「ならば、その『霊山』とやらに戻って『詫び』の一つも入れれば良かろう」


挿絵(By みてみん)「……」


挿絵(By みてみん)「うむ、これも縁だ、私も一緒に行ってやるから。そうしよう、それが良いぞ」


 こうは言いながらも、私には一つ『思い当たる事』があります。

 戦女神とは、『戦』を司ると同時に『正義』をも司る存在である、という事を。

 そして正義とは、『心無き邪悪な力』を罰するもの。

 ヴィクターの『有る意味純粋な願い』は、『ひたすら力を求める意思』は、少しでも天秤が傾けば容易に堕ちてしまうのでしょう。

 ……心無き、よこしまな、人を傷付ける、悪の力へと。


挿絵(By みてみん)「そなたは決して、悪いやつでは無い。ちゃんとお話しすれば、きっと分かって頂けるさ……!」


 私はそう勧めるのですが、



挿絵(By みてみん)「…………余計なお世話だ……」


 ヴィクターはそう言い捨て、こちらに背中を向けてしまうのでした。



      * * *



挿絵(By みてみん)「強情なやつめ、あくまでも自分の意見を変えないつもりか……?」


 さて翌日、ヴィクターと対峙する私はそう言い放ちます。


挿絵(By みてみん)「無論だ。偏に力を求めること、武を極めること、我の何処に誤りがある」


 そしてヴィクターの意思は変わることはありません。



挿絵(By みてみん)「間違いとは言わぬ。だが、それだけでは虚しくはないのか、そう言っている」


挿絵(By みてみん)「……所詮人は孤独よ。高みに上れば、自ずと周りはひらけるもの」


 言葉は、あくまでも平行線。



挿絵(By みてみん)「もはや言葉は尽きた。言いたい事あらば、『力』で押し通すがよい!」


挿絵(By みてみん)「……この、『意地っ張り』め!!」


 そして、最終の宣告。

 しばし、無言、そして、お互いが構えます。



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「……いざ、尋常に勝負っ!!」


 それが開始の合図でした。





挿絵(By みてみん)「やあああああぁぁぁっっっっ!!!」


挿絵(By みてみん)「ゥおおおおおおおおっっっっ!!!」


 力と技、技と力、剣と拳、ぶつかり合いが、続きます。

 位置を変え、攻め手を変え、守り手を変え、場所を変え、続きます。


 隙を突かんとする私の一撃は、そしてヴィクターの拳に阻まれ。

 先手を制したヴィクターの拳筋は、そして私の回避に逸らされ。


 突く、切る、振り上げる、振り下ろす、払う、突き上げる、阻まれる。

 突く、殴る、振り上げる、振り下ろす、掴みかかる、蹴り上げる、逸らされる。


 二人は、華麗な舞を舞う。

 両者は、危険な舞を舞う。


 その閃光のように火花散るあたかも金槌が熱したクロガネを叩きあうように

 いつまで続くのかそれはまるで無限運動で終わり無き永久の永遠の果ての無い

 ああいつまでもこのままつづいてほしいなんてたのしいむげんかいらく


 ……そして、突然訪れる静けさ。



挿絵(By みてみん)「…………」


挿絵(By みてみん)「…………」


 二人は、それが分かっていたかのように動きを止めます。


挿絵(By みてみん)「……やはり、『これしかない』な……」


 ヴィクターは、確認するように呟きました。


挿絵(By みてみん)「……我が奥義、見事防いでみよ! さすればそなたの話も聞いてやろう!」


挿絵(By みてみん)「……」


 私は、掌の汗をぬぐうように、一度、二度、剣を握る手を開いて閉じました。

 次に来るのは、間違い無く、『あの』攻撃、衝撃、怒涛。


 一度目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。

 私は考える、どうすべきかを、何をすべきかを、何が出来るのかを。

 そして、目を開きました、剣を構えました。



挿絵(By みてみん)「……奥義『九頭龍(ナインヘッド・ドラゴン)』!!」


 光が、奔る…………!




 戦の女神よ、ただ一度だけで良いのです、私に力をお貸し下さい。

 私は、ヴィクターに、伝えたい、ことがある……



 ちからを求めること、誰よりもつよくなりたいこと、

 それ自体は、決して、悪いことでも、間違ったことでも、無い……


 でも思い出してほしい、気付いてほしい、分かってほしい、

 キミはそのさきに、なにを、みているのだ? ねがっているのだ?


 ちからを手に入れて、つよくなって、でもその行きさきが、

 たったヒトリ、こどくで、なにも無くて、ともだちもいなくて、むなしい


 それってとても悲しくはないか? 寂しくはないか?


 こんなふうにせっかくしりあえた、キミをゆうじんだとおもっているよ

 だけどいまのキミはそんなにも、かなしそうで、さびしそうで……



 力を手に入れた代償が、そんな姿、あんな孤独。

 それはやはり何処かが間違っていると、私は思うのだ。

 だから私は、君に挑むよ、君の『チカラ』に挑むよ。


 自分一人では、決してかなわない、だから、神様でも、何でもいいから助けて。

 私の友人、孤独なヴィクターを救うため、どうか、力をお貸し下さい……!




 そして真っ直ぐに伸びる、私の突きは、流星のように

 ヴィクター目掛けて、奔る、流星のように

 あの、拳の壁を貫いて、とどけ、流星のように


 そして、小さな、切り裂く音がしました……。



 ……ふと気が付くと、全ては静かです。

 動きが無くなって、恐ろしいほどに、静寂。


 剣先は、ヴィクターの胸元、丁度心臓の辺り。

 ほんの僅か、かすかに傷付けるほど、かすって、止まっていました。


挿絵(By みてみん)「…………」


挿絵(By みてみん)「…………」


 二人は、言葉を忘れてしまったかのように、やがて、


挿絵(By みてみん)「……ま…負けた、この、我が……奥義が、負け、負け、ま……」


挿絵(By みてみん)「……」


 次に出て来たのは、呂律のまわらないような、言の葉。

 そしてヴィクターは、ゆっくりと、後ろに、倒れてゆきます。


挿絵(By みてみん)「……!!」


 そこで私は、ようやく気が付きました。

 ヴィクターの倒れる、その後ろ……何も無い! 空白です!

 此処は丁度、崖になっていたのでした……!


 そしてヴィクターが、ゆっくりと、ゆっくりと、落ちてゆく、落ちてゆく



挿絵(By みてみん)「ヴィィィクタァァァァァーーーーーーーー!!!!」


 ただ衝動のまま叫び、そして……


 私も、後を追って、空中に、身を投げます。


 飛んで、飛んで、手を伸ばして、追い付いて。

 私はヴィクターの体を抱き留めました。

 いえ、ヴィクターのほうが大きいから、私が付属物みたいなのですが。

 下が見えてしまうと、そこは川になっていて、後は恐くて目をつぶります。

 戦女神のご加護が、せめて未だ残っていることを祈りながら。




 ばりばりとした不快な音がすると、そこは水中でした。

 何とか体も動くようです。

 良かった、どうやら最悪だけは避けられたようですか。


 ……ですが、そこで私は気が付きました。


挿絵(By みてみん)「(くっっ! 甲冑を付けて泳いだことなど、無いーー!!)」


 どうしようもなく、体が沈んでゆきます。

 何とか逆らおうとしても、布が、鎧が、水が、まとわりついて、


挿絵(By みてみん)「(……くっ、苦し…………)」


 体はぐるぐると振り回されて、水流と共に流されてゆきます。


 ……ああ……これは……もう…………


 目の前が、やがて暗くなっていくのでした。





 しかし、そのとき……


挿絵(By みてみん)「……!」


 急に強い力で引き上げられてゆくことに気が付きました。

 自分の体に何か……ああ、これは腕です、誰かの腕でした。

 かすむ目には黒い影が映って、でもそれは何故か安心出来たのです。



      * * *



 暗い、暗い水の底から、それは光を仰ぎ見る様にも似て。



挿絵(By みてみん)「…………ラ…ン…ム…………ンダ…ム………ランダ……」



 その聞こえてくる音は、遥か天上より響くように、やがて、



挿絵(By みてみん)「コランダム!!」


 力強い叫びが、私を揺り動かしました。



 意識が浮かび上がったとき、私はしばらくぼうとしたままです。

 未だ、頭が上手く働きません。


 ええと、私は公国の……それで、何故かスカートを履かされて……

 そうかこの前、リボンを下賜されたのだな……

 あれは戦女神のご加護を受けられるから……

 これからは割と自由に外へも……


挿絵(By みてみん)「…………っっ!!」


 そこでようやく、目が覚めました。


挿絵(By みてみん)「気付いたか、コランダム!」


 そしてそれを喜ぶ、一人の人物。


 何気なく声のする方へ顔を向け、そして私は固まります。

 何故ならば、そこに有ったのは、全くの『見知らぬ顔』。


 全体としてはすらりと爽やかな印象でした。

 やや無骨ながらも整った顔立ちは、高貴なものを感じさせます。

 しかし、短い髪や太めの首は動きに慣れた人間のそれを思わせました。

 肩幅は広く、胸板も厚め、腕に盛り上がるのは、鍛え上げられた筋肉。

 それでもすぅとした腰は、そのまましっかりとした脚へと繋がってゆき、それはとても力強い曲線を描くのです。

 やや日焼けした肌は、しかとした描線をこちらに伝えてきました。


 しかも目の前の『好青年』は、少し歯を見せてこちらに微笑むのです。


挿絵(By みてみん)「……良かった……本当に良かった……!」


 ほう、と安堵のため息も聞こえて来るのでした。



 そして私は先ほどまで戸惑っていましたが、その『声』を聞いて、



挿絵(By みてみん)「……!! そなた、『ヴィクター』……」


挿絵(By みてみん)「ヴィクター、ヴィクターなのか?! まさか……!!」


挿絵(By みてみん)「……ああ! そうだ、我だよ、コランダム!」


挿絵(By みてみん)「我が…………『ヴィクター』だ!!」


 何かを言おうとするよりも速く、強い大きなものに包まれました。

 ああ、息が苦しい、ちょっと締め過ぎだ、こら、放せ、放せってば……

 でもヴィクターは笑顔です、ここまでにこやかなのは初めて見たかも。


挿絵(By みてみん)「……しかし、いったいどういう……? まだ信じられぬ、元に戻るとは……」



挿絵(By みてみん)「いや、コランダム、実は……」


 ヴィクターがためらい気味に話し始めます。


挿絵(By みてみん)「……もとより、最初から、『あの時』から……お告げはあったのだ……」


 常と異なる、迷うような視線と口調。


挿絵(By みてみん)「我が……『真に愛する者』が出来たとき、呪いは解けるであろう、と……」


挿絵(By みてみん)「…………だが」


 言葉はそこで途切れます。

 そして思い出すのは、あの姿。オーガのようになってしまった、悲しい姿。


挿絵(By みてみん)「もはや諦めていた、考えないようにしていた、目を背けていた……」


 確かに、かつてのヴィクターには無理だったのかも知れません。



挿絵(By みてみん)「……そうか……『愛する者』、か…………」


 なんとまあ、戦女神も随分とロマンチストのようです。

 ですが、何となく、分かるような気もします。


 愛する者が居て、力があって、勇気があって、そしてそこにはきっと、

 やさしさやいたわり、人を思う心が生まれるのでしょう、息づくのでしょう。


 ただ『力』のみを求めるのではなく、それを誰か、他の誰か、

 あいするいとしい人を守るため、そのために使うのなら、


 きっとそれは、悲しいこと、虚しいことにはならない。


 ……私はそう、信じたいと思います。




 ところで……私は何か『大変な事』を忘れているような気が。



 さて、ふと気が付くとヴィクターは側に近寄り、居住まいを正していました。

 真剣な顔、緊張した表情、伸ばされた背筋。


挿絵(By みてみん)「…………」


 そしてその場に跪きました。『跪礼の姿』を取ったのです。

 次に私の手を取り、そして……


挿絵(By みてみん)「……!!!」


 やさしく、手の甲に『くちづけ』を寄せたのでした。



挿絵(By みてみん)「コランダムよ、我、ヴィクターは、そなたに婚姻を申し込む!」


 え、え? ええ? それってどういう……




挿絵(By みてみん)「……ま…待て待て待て待て! い、いきなり何を言っているっ!!」


挿絵(By みてみん)「……我は本気だ、コランダム。我と結婚して欲しい」



挿絵(By みてみん)「だ、だからと言っていきなりそんな! 私にも立場というものが……」


 混乱した頭で、とにかくこの場を落ち着かせようとします。しかし……


挿絵(By みてみん)「……心配は無用だ。我はこう見えても『伯爵家の一族』だ。公国の第三子であるそなたとの釣り合いは取れている」


 な、なんです……と……



挿絵(By みてみん)「い……いやいやいや! 待て、待ってくれ! ほ、ほら、わ、私は知っての通りの『お転婆』『じゃじゃ馬』だぞ! きっと後悔するぞ!」


 もはや支離滅裂ですが、この際構ってはいられません、なにしろ……


挿絵(By みてみん)「構わぬ、気にしない、むしろ我にはふさわしい『伴侶』だ」


 や め て く だ さ い !



 やむを得ません……『これ』だけは秘密にしておきたかったのですが……

 こうなっては、『最後のカード』を切るしかないようです。



挿絵(By みてみん)「…………わ……私は『男』だっっ!!」



 一瞬、空白がありました。ほっとしたのもつかの間、



挿絵(By みてみん)「そうか! それは丁度良かった!」


挿絵(By みてみん)「……へ?」




挿絵(By みてみん)「我は、『女』だ」




 ……


 …………


 ………………


 ……………………


 ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!



挿絵(By みてみん)「……ちなみに『ヴィクトリア』というのが本名になる」



 それは衝撃の告白でした。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 斯くして、公国の姫騎士(相当)コランダム様は、隣の『伯国』にお輿入れ(?)なされることとなりました。

 吟遊詩人はその御姿を詠います。


 花のかんばせ、白磁の御肌、絹の手触り、肌理細やかに

 薔薇の紅頬、雪白に朱を差し、いと鮮やかに、なを美しく

 真紅のくちびる、紅玉の宝、君が受け取りし、愛しきくちづけ

 輝く御髪、氷蒼は映えて、煌き纏い、いと滑らかに

 其は公国の蒼き薔薇、其は伯国の誉れの百合



 そして盛大な結婚式が催され、美しき花嫁(?)の御姿を一目見んものと、通りには人々が大勢詰め掛け、大変な賑わいだったと云われています。


 そののち夫妻は、いつまでも仲睦まじく、幸せに暮らしました。

 めでたし、めでたし。




 …………ええっと……あの……私、男なんですけど。挿絵(By みてみん)

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