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騎士は静寂に暁染めゆく 6

「ちっくしょう」

「素早い子供だな」

 ディルほどではないが、息をついてリーディアも愚痴をつく。

「ここは、十一番街あたりか?」

「……の、外れだな。随分遠くに来たもんだ」

 閑散とした住宅街を見回しながら息を整え、同じように大きく呼吸をしているディルに視線をもどす。

 あたりには少年はおろか、人の気配すらない。

「……闇雲に探していても、時間を食うだけで無駄だ。一度報告をして、応援を頼んだ方がいいのではないか?

 大体、こういった問題は騎士団の管轄外だ」

 星がちらつく濃紺の夜空の下。

 浴びたワインが夜気に冷たくあおられ、かるく身震いをしながら、リーディアは苦い表情をのせた。

「まあ、そりゃそうだけどよ。逃げ帰るようで嫌なんだよな。

それに、勘でここまで来たわけじゃねぇ……よ」

 ふう。と息を吐き、ディルは額に滲んだ汗を服の袖で拭いながら不機嫌な声で反論する。

「何か、あてでもあるのか?」

「まあな」

 道を照らす数少ない街灯に背を預け、この闇に溶け込んでしまいそうな黒服を着込んだリーディアに視線を固定して続ける。

「特異な問題がない限り、人間にしろ草にしろ……この石っころにしたって固有の魔力を持っている。

 宿主がどれだけ貧相であっても、この世界に具現して活動している限りは魔力を帯びているんだ。

 オレはそれを追ってここまで来たんだけども……」

 語尾を不快に濁し、お手上げだと両手を挙げた。

「あまりにも弱すぎて、見失っちまったんだよ。

 それでなくたって、この王都には魔力を帯びたものが多い。距離を取られると他の魔力と混じって区別がつかなくなるんだ」

 そう言って、背を預けている街灯を見上げる。

 暗闇を照らすわずかなこの明りは、魔法を応用した技術によるものだ。

「行方が分からないのなら、何を言ったところで仕方がない」

「ここらへんに逃げ込んできたってのは、確かだ!

 だいたい。ここから本部に戻ってたら、それこそ時間の無駄だとオレは思うね」

「……それは、そうだが」

 街並みの遥か先にうっすらと形程度に見える騎士団本部の屋根を見つめて、リーディアは唸る。

 確かにディルの言うとおり、戻っていてはかなりの時間をくうだろう。

 しかし、闇雲に歩いて探せるほどには、この王都の造りは簡単ではない。

 まさに、手詰まりの状況だった。

「ったく、あのガキ、面倒かけさせやがって」

 両手で金色のくせっ毛をかきむしり、苦々しく口を引き結んで唸る。

「精霊……といったな。あの少年が操っているのか?」

「だったとしたら、前代未聞の珍事だな。

 オレでさえ、ちゃんとした形式でもって初めて精霊を召喚できたのは、十一の頃だ。

 自慢じゃないが、記録に載っている限りでは世界最年少記録だぜ」

「……で?」

「……ぅ……」

 それがどうしたのかと雄弁に語る、闇よりも深い紺色の両眼に嘆息して、ディルは話を続けた。

「逆ならよくある話だってことだ。

 精霊があのガキを操ってる……というよりは、支配しているって言った方がいいかもしれないな。

 無理やりなのか同意でのことなのかまでは知らないが、この世界に存在するための魔力の補給源としてガキを利用しているんだろう」

 立ち話をしている場合でもないので、周囲に注意をはらいながら広い通りを歩く。

 このまま進んでゆけば、再復興地区へと行き着くだろう。

 そこは、十三年前の戦争の名残が未だに濃く残っている場所だった。

 長いとも短いともいえる年月で、戦前以上の復興を遂げた王都ではあるが、未だにその全てを取り戻したわけではなく、再復興地区と呼ばれる区域では今もなお作業が行われている。

「補給源?」

 閑散とした街の中に手がかりを見つけられないのならば、残る当てはそこしかない。

 復興中ということもあり、そこは造りかけの建物やその材料でひどく入り組んでいる。

 身を隠すには都合が良く、事実、宿無しと呼ばれる不法滞在者の姿も見られることがあるくらいだ。

「精霊っていうものは、魔力を外部から取り入れなければ存在を保てないんだよ」

「……ふぅん?」

 覚えの悪い生徒に口をすぼめる教師といったていで、胸を張って己の知識を披露するディルに、リーディアは生返事のようなあいづちを打つ。

 仕事に対しての熱は冷めているが、こういったことにかける情熱は熱いようだ。

 やれやれと呆れ半分尊敬半分で、肩をすくめた。

「しかし、精霊というものは、あんな年端もいかない少年に召喚できるものなのか?」

「だったとしたら――」

「前代未聞の珍事、か?」

 取られてしまった台詞に、ディルは苦笑を浮かべながら頷いた。

「魔法士の家系……俗に言う貴族ってならまあ、可能性はなくはないんだが。

 魔法の知識もろくにないようなそこいらのガキにゃ、どう逆立ちしたって精霊を召喚することなんか出来ない。勿論、魔法を使うこともな」

 真新しい街並みが次第に古ぼけたものに変わり、すぐに再復興地区らしい雑多とした街並みが現れる。

 埃くさい空気に鼻孔をくすぐられ、ディルはくしゃみを三度連発した。

「……なら、何故。あの少年は精霊を?」

 じゃりじゃりと砂を踏みしめながら、二人は積み重ねられた資材の中に少年の姿を探す。

「考えられることは、一つだ。

 一つだけ、知識も能力もない子供でも精霊を呼び出す方法がある」

 言って、ディルはベルトに挟んでいる小振りの鞘から細かい装飾を施されたナイフを取り出した。

「魔道具だ」

 金色のナイフを握り、ディルは絵筆を走らせるように軽く――手近にあった丸太の山へと刃を向けて宙を凪ぐ。

 その瞬間。

「!」

 きらりと空気が爆ぜて、丸太が二つに切断された。

 それはまさに、魔法によるものだ。

「あらかじめ、何らかの精霊の複製が封じられている道具を何らかの方法で手に入れて、何らかの拍子で発動しちまったってなら、まあ……考えられる」

「何らかの?」

 断言しているようでいて随分とあやふやな推測に、問い返してくるリーディアに向き直り、ディルは真面目な顔になって頷く。

「何らかの、な」

 その理由までは、思い浮かばないらしい。

「まあ、それにしたって有意志精霊を封じた魔道具なんてめずらしいんだけどなぁ。

 それに、ちょっと魔道具化されてる精霊にしては、やけに自己主張が強いのがどうにも気になる。

 あんなんじゃ、道具として使い物にはならないぜ」

 ディルが持つものは、魔法の力のみを封じたものである。

 魔道具として呼ばれるものの多くが、こういった力のみのものだ。

 本物の精霊のように意志を持ったものは扱いが難しく、使用できる人間もかぎられてしまうというのが、主な理由である。

「まあ、なんにしろ。

早く見つけて何とかしねぇと、あのガキ自身あぶねぇ」

「どういうことだ?」

「魔力のその力の根源は、生命力だ。

 魔法一つ使うのでさえかなりの魔力を使うっていうのに、あのガキは精霊を存在させ続けている。

 まあ、持っている魔道具の作用でもあるんだろうが、それにしたって相当の負担になっているはずだ」

 ディルの言葉に、リーディアはあの少年の顔色の悪さを思い出す。

 その表情に頷いて。

「実際、かなり衰弱しているように見えたしな。

事の次第じゃ、命に関わるようなことになるかもしれん」

「どうして、そんなものをあんな子供が持っているんだ?」

 どこかで保管されていたものを勝手に持ち出してきたのだろうか?

 思考をめぐらせるリーディアは、額に深い皺を寄せて呻いた。

 いくらなんでも、そんな危険なものを子供に盗まれてしまうほど、この王国の警備はずさんではないはずだし、そうであってはならない。

「さあな。まあ……捕まえりゃ、わかることさ」 

 言って、ディルは注意深くあたりの様子を探る。

 ひっそりとした半壊の街並みは、まるでスラム街のようだった。

 とはいえ、共通するのは人の気配が薄いということだけであって、スラム街特有の危機的な雰囲気まではさすがに無い。

 ひっそりとした空気を肺に押し込み、彼等は慎重に足を動かす。

 しんと静まり返った空気に、標的の気配を探りだすためだ。

「……ん?」

「どうした?」

 ぱたりと足を止め、周囲をきょろきょろと伺うディルに奇妙なものを感じながら、リーディアもその真意を探るためにあたりに視線を向けるが、景色は相変わらず寂れたままで、これといった変化はない。

「んー、なんか感じるなぁ……」

 口の中でもそもそと呟いて、ディルはリーディアを置いて曲がりくねった道を足早に進んでいってしまう。

「何処へ行くんだ?」

 獣の尾のように背中で揺れる太いみつあみを追って、リーディアも足早に路地を行く。

 すると――

「これは何だ?」

「何だろうな」

 狭く入り組んだ路地の先は、風雨に晒されて既に使い物にならなくなってしまった建材の山が打ち捨てられている突き当りだった。

 それだけなら周囲の景色となんら変わりもないのだが、彼等を驚かせたのは鈍色の高い壁に刻まれている深い亀裂だ。

 いまだ生々しい痕跡に指を這わせ、ディルは小さく舌打ちをした。

「魔法……だな」

「なんだと?」

「うん。ちょっと待ってな」

 呟き、目を閉じて息を肺に送り込む。

 瞬時に意識を研ぎ澄ませるその姿は、まさに一流の魔法士の姿そのものだ。

『散れ……!』

 短い語句と共に目が開かれ、その細い体から魔力が虚空に放たれる。

 大気中を流れる幾つもの魔力を人為的に集めて濃縮したものは、壁の亀裂に触れたとたんに紫色の光の紋様を闇夜に煌々と蘇らせた。

「……な!」

「ふぅん。随分と癖のある円陣だな……ってか、円陣か、これ?」

 爆ぜる篝火のように輝いてすぐに消えていった紋様に、ディルは引っかかるものを感じて腕を組んで唸る。

「うーん。なんだか、……知っているような気がする」

 魔法を発動させるための円陣と呼ばれる異界への門は、開かれた後もその規模に応じて目には見えなくとも世界に残る。

 壁にひびを入れたこの魔法は構成と残痕魔力から考えて、おそらく発動してからそう時間は経っていないだろう。

「なんだかなー?」

 それほど大きなものではなく、ついでに言ってしまえばあまり丁寧とはいえない代物だ。

 癇癪を起こした子供の八つ当たりを連想させる稚拙な魔法に、ディルは思わず苦笑を漏らした。

「知っているのか、いないのか? これをやったのは誰だ?

 わからないのか?」

「そんなこといわれてもなぁ……よほどの理由もなく街中で魔法を使えば、よくて謹慎悪けりゃ魔力封印だってのは、オレ等の中じゃ常識だからなぁ。あえて言うなら、こんなくだらないことをやるのは異常者だけだろ。

 うーん、でもなんだか知っているような気がするんだが……お前、しらねぇ?」

「知っているわけがないだろう」

「だよなー」

 脳裏に浮かぶ疑問を確実なものにするように、今一度亀裂をなぞるディル。

 しかし、それを邪魔するように突如として大地が揺れる。

「おわ!」

「っ!」

 バランスを崩してよろめくディルを受け止め、リーディアは何かに誘われるように虚空を見上げる。

 この揺れは地震ではない。

「……け、煙だと!」

「火事か?」

 見上げる夜空の向こう。

 月明かりの青白い輝きが奇妙なくらいに強いその夜空に向って、細長い灰色の煙が立ち昇っていた。

 

 ◇◆◇◆


 舗装の上に転がる砂礫を踏みしだき、馬車はざわめく夜の街をかけている。

 ガタゴトと揺れる車内は、払い下げの中古品であるということを考慮しても乗り心地は悪く、慣れない者にとっては半ば拷問のような気分にさせられるだろう。

 イーレンと名乗った少女も例に漏れず、脳髄から揺さぶられるようなひどい衝撃にその幼い頬を青くさせていた。

「こっちの方であっているな?」

 ただ一人、この揺れの中でも平然とした態度を保つエイリアスは、小さな窓を開けて夜闇の強い街並みに視線を投げた。

 揺れとほぼ同時に空に舞い上がった煙はいまだ細く立ち昇り、冷えた夜気を生ぬるく淀ませている。火花は見えないので火事の類ではないだろうが、異常な事態であるということだけははっきりとしていた。

 方向と距離からして、あそこは十一番街の再復興地区。

 そして、少女がその行方を捜している少年の住む家があるという場所だ。

「ああ、こっちで……あってる」

「大丈夫か?」

「……大丈夫だよ、タレ目」

 舌をかまないようにと切れ切れに呟かれる声は、先ほどの剣幕とはうってかわって弱々しい。

 気遣うハロルドをちらりと見やって、イーレンは再度大丈夫だというように色の薄い顔で頷く。

 説得力は無いが、追求したところで仕方がない。

 ハロルドはそうかと頷き返し、ぐったりと青い顔を窓の外へと突きだしているイーレンに肩をすくめる。

「リク……」

 母を求める幼子のような虚ろな声に応える声は無く、闇の中へと飲まれていってしまう。

 三日前、前々から怪しい噂の立っていた闇商人の店に忍び込んだ彼等は、商談のために顧客と席を立った隙を見計らい、放置されたままになっていた商品を盗んだ。

 別の店にもっていって、換金するのが目的だったらしい。

「なんで、そのリクって奴は本を持って姿を消したんだ?」

「わかんないよ。

 売った金でオヤジさんを医者に見せてやるんだって、そう言ってたのに」

 噛み付くようなその視線は、ただの八つ当たりだ。

 ハロルドは気にせずに見返して、どうしたものかと一人唸った。

「オヤジさんってのは……その、危ないのか?」

「医療魔法士でも治せるかわからないって言われたよ」

 何度も言いなれた言葉なのか。

 感情をひた隠しにした扁平な声音は、強がる彼女の態度と相まって儚く……悲しげだ。

「そんな状態のオヤジさんをおいて、ふらふらと何処をほっつき歩いているんだよ」

 何か嫌な予感がした。

 胸の奥がざわざわと騒いで、痺れるような苦味が舌の上に広がる。

 目指す先、異様な煙の立ち昇るそこにいるのだろうか。

 視界をふさぐ家々の丈夫な壁を見透かすように、大きな青い瞳を細めて、イーレンは夜空に尋ね人の行方を問いかけた。

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