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騎士は静寂に暁染めゆく 5

「ギリア団長か、ヒュールがこの場にいてくれれば、もっと簡単に済みそうなんですけどねぇ」

 馬車を降りてすぐに愚痴るハロルドに、エイリアスは軽く首をかしげるに留める。

「ヒュールの方はともかく、ディルについてはいなかった方が無難にすむような気がしなくも無いがな。

 まあ、この場にいない者に頼ってもしかたあるまい」

 白騎士団副団長のヒュール・エルバは、上司であるディルに並ぶ魔法の才の持ち主ではあるが、現在は別件で王都内にはいない。

 魔法国家とも呼ばれるクロス王国ではあるが、それは建国の祖が魔法士であったという歴史から呼ばれる名前であって、住まう人々の全てが魔法士であるというわけではない。

 肩を並べて歩くこの二人もそうだ。

「まあ、そうですけどね」

 彼等王国騎士団は、元が自警団だったということもあり、上層部を除けばその殆どは一般から集まってきた志願者で構成されている。

 街中では魔法が絡んだ事件よりも人対人の揉め事の方が圧倒的に多いので、魔法士の数が少なくとも十分な平和を維持できているのではあるが。

「魔道具が王都に流出しているとあって、封印魔法士もいくらか動いている。心配することもないだろう。

 向こうが上手く事を治めてくれれば、俺としても楽でいいのだが……どうだかな」

 こういった事件が起きれば、どうしても上部組織に助けを求めねばならない。

 魔法士たちが集まる組織、カルヌーンを構成している一機関。魔法や魔具の管理を行っている封印魔法士も、騎士団と共に魔具の捜索を行っている。

「他力本願ですね」

「いいじゃないか。その方が、おそらく被害も少なく済むだろう」

「そういわれてしまうと、ちょっと反論しにくくなります」

 エイリアスは肩にかかる髪を後ろにはねて、月明かりにぼんやりと照らされている路地に、ねむそうな灰色の瞳を向ける。

 街は、とりわけ静かだった。

 大通り沿いの繁華街から離れているということもあるが、一番の理由は民家が多く建ち並んでいるということだからだろう。

 設置されている街灯が繁華街の半数にも満たないせいで、気をつけなければ転がる石に足をとられてしまうのではないかと思えるほどに道は危なっかしい。

「これがそうか?」

 あまり大きくは無い一件の店。

 人の出入りを制限するロープが無ければ、それが目当てのものだとはわからないほどに周囲の景色と同調している。

「みたいですね」

 古ぼけた民家といった方が適切であると思えなくもない店は、不法出国しようとしていた闇商人の取引場所だ。

「闇商人が表向き道具屋として持っていた店ですね」

 調書の写しをぺらぺらとめくりながら、ハロルドは押収された魔道具のその数の多さに大きなため息をついた。

「これまた、随分と持ち込まれてしまったようですね」

「入国審査自体に問題があるようだが……まあ、とにかく。今は消えた魔道具の回収のほうが先だ。

 十三年かけてようやく戦から立ち直れたのだ、また壊されてはたまらんよ」

「ですね」

 調書を折りたたんで上着のうちポケットに押し込むと、ハロルドは先頭を切ってロープをくぐり、小さな庭へと足を踏み入れた。

 飾り……というよりは周囲の景色に合わせるようにわざとらしく置かれた植木鉢には、水をやり忘れてしおれてしまった花が寂しく夜風に揺れている。

 ひどいものだと苦笑を零し、色あせた芝生の上を歩く。

「……静かだな」

「?」

 足音を消してハロルドの後ろを歩いていたエイリアスは、明かりのない窓に視線を向けたまま囁くように言った。

 店はあらかた調べつくされてあり、売られる前に回収された魔道具は別の場所へと移されている。

 もぬけの殻となったこの場所には見張りも着いていないので、通行人のない夜の街であるならば静かであってもおかしくは無い。

「ふむ」

 だが、気配ではなく感覚が異質なものをエイリアスの肌に伝えている。

「気をつけて入れよ、ハロルド」

「お、脅かさないでくださいよ」

 忠告を言うには軽い口調に軽く冷や汗を浮かべながら、ハロルドは鍵穴に押収した鍵を差し込む。

「……ん」

 捻ろうとしたところで、あまりにも軽い手ごたえに痺れるような緊張が全身に走った。

 壊されている。

「レラゼ副団長……!」

 いつの間にか横に並んでいたエイリアスに目配せをして、手元の異変を知らせる。

「ああ」

 動じることなく頷き返し、エイリアスは背を店の壁にぴったりとつけて薄いガラス戸から中の様子を探る。

 明かりのない店内は、いくら目を凝らそうとも中の様子を探ることは出来ない。

 だが、視覚ではなく長年培ってきた感覚が、中でうごめくものの影を捉えていた。

「何かいるな」

「……あけますよ」

 そっと。

 できうる限り音を出さないようにと左手でドアノブを回し、利き手である右はいつでも抜けるようにと常備している剣へと伸ばす。

 ぎっ……とわずかな音に冷やりとしながら、ハロルドは神経を尖らせて店内へと踏み込んでゆく。

(なんだ、アルコール? やけに酒臭いな……)

 ある程度夜目に慣れていたとはいえ、視線を這わせる店内は月明かりも届かないために視界が利き辛い。

 ハロルドは慎重に歩みを進めた。

「……」

 ごくり、と。

 喉を滑る唾液の音が、やけに耳に響く。

 その時だ――

「うわああああっ」

 床板を蹴り上げる足音と、甲高い怒声。

「わっ!」

 闇の中から急に姿を現した小さな人影の特攻を、ハロルドは素早く体を捻ってかわす。

 標的を失ったその人影は、きゅっと靴底を鳴らして器用に体を反転させると、戸口に立っていたエイリアスへと飛び掛っていった。

 わずかな月明かりに、硬質な輝きが揺らめく。

「レラゼ副団長、あぶな……」

 危険を感じて声を上げるハロルドとは対照的に、微塵も動揺を見せないアルゼインは冷静に人影と対峙する。

「……安易にそんなものをもつべきではないぞ」

 独り言のように呟きながら、エイリアスは一歩身を引くことで人影をやすやすとかわし、ついでとばかりにその足をかけて転ばせる。

「ぎゃあ!」

「押さえろ、ハロルド」

「りょ、了解」

 遊んでいるようにしか見えない鮮やかな手際に見入る暇もなく、ハロルドは床にへばりついて呻く人影へ圧し掛かる。

「大人しくするんだっ!」

 往生際が悪くじたばたとあがいている手を掴んで後ろ手に掴み上げ、体重をかけて動きを封じる。

「痛い、痛いって!」

「子供?」

 すぐさま幼い声で抗議の声が上がり、ハロルドは表情を緩める。

 クロス王国では標準的な容姿である、金髪と青色の瞳をした……細い感触から言って子供であるのだろう。

 明りが乏しいためにその細部まで分からないが、小柄の体には不釣合いとも思える意志の強そうな瞳に涙を浮かべ、締め上げられる腕の痛みにじたばたと腕の下で悶えている。

「離せ! 離せよっ!」

「あまりこういったことはいいとは思わんのだが……」

 尖った犬歯をちらつかせて文字通り噛み付く勢いで声を上げる子供に、エイリアスはそう前置きをして言った。

「ここにいた理由を聞かせてもらいたい。自由になりたいのなら、素直に従うのが懸命だろうな」

「……っ」

 脅しているわけではないのだろうが、逆光を背にして見下ろされる眠たげでいて……どんな刃物よりも鋭い視線は、抵抗していた小さな体の芯まで射すくめる。

「……どうする?」

 息を呑む引きつった悲鳴と、脅える幼い瞳。

 その心根が折れるのに、そう時間はいらなかった。

「話す……話すよ、だからっ!」

「ハロルド、離してやれ」

 過剰な反応にやれやれと内心でため息をつきながら、エイリアスはかちりと壁際のスイッチを入れて薄暗い部屋に光を満たす。

「っ!」

「女の子?」

 照らし出される狭い店内の真ん中。

 少女は男勝りの勝気な顔をしかめて、その身を起こした。

 暗闇の中にいたため、目が光に慣れていないのだろう。二、三度強くしばたいて、取り囲む二人の男を苦い表情で見上げる。

「あ、あんたら……騎士団!」

 驚き、よろめきながらも立ち上がった少女は警戒しているのか、幼さがまだ僅かに残る肢体を硬くさせながら僅かに後ずさる。

 その先には逃げ道などないが、念のために身構えるハロルドの隣でエイリアスは力のぬけた声で言った。

「そうだ。騎士団の人間だ。さて、名前だが――まずはこちらから名乗ろうか。

俺は、王国騎士赤騎士団副団長エイリアス・レラゼ」

 名乗り、エイリアスはハロルドにも名乗るよう視線でうながす。

「……同じく王国騎士黒騎士団副団長の、ハロルド・オーウェインだ」

「オーウェイン?」

 背の高い男二人に取り囲まれている状況で、居辛そうにうつむいていた少女が眉をひそめながら顔を上げる。

「あの、貿易商の?」

「そう、あの貿易商の」

 わざとらしく少女の口調を真似て、頷く。

 彼の実家はクロス王都でも一、二を争う貿易商をやっている。名前ぐらいならば、子供でも耳にすることもあるだろう。

「とはいえ、三男坊だからな。玉の輿は、当てに出来ないぜ?」

「だれも、あんたになんか興味はないよ。タレ目のオジサン」

「くっ……!」

 ハロルドの軽い冗談を容赦なく蹴り飛ばして、少女は取り押さえられた時に落ちた帽子を頭の上に乗せなおし、エイリアスに透き通った泉のような瞳を向けた。

「……あんたら、本当に騎士団なんだな?」

 対する人間の本性を探り出そうと鋭く光る瞳に内心で感心しながら、エイリアスは頷く。

「この格好を見てくれれば、分かると思うのだがな。

 義務でなければ、四十にもなってこんな格好をしたいと思う奴などいまい」

 相変わらずの眠たげな表情のまま、赤騎士団の制服の長い裾を持ち上げる。

「何かの仮装行列とおもったよ」

「……ふむ。一理ある」

「いや、納得しないでくださいよ」

 針のようにまっすぐに立ち、赤い制服を着こなす壮年に苦笑を浮かべる。

 そんなハロルドを軽く睨んで、エイリアスは言った。

「アルゼインを最初に見たとき、オレも仮装行列からはぐれ出てきたのかと思ったのだが……まあ、そんなことを話している場合ではないな。

 さて、では今度はそちらに名乗ってもらおうか?」

「……あたしは、イーレン」

 深く被った帽子の唾を掴んで、少女……イーレンは少し汚れた金髪の奥にある大きな青い瞳を伏せて言った。

「あんたらが騎士団っていうなら……力、貸して欲しいんだ。

 あたしじゃ――もう、どうにもならない」

 よほどのことがあるのだろうか。強がっている素振りをみせてはいても、声は震えている。 

「まずは、何故この店にいたのか教えてもらわなくちゃな。

立ち入り禁止だってのが、わからなかったってわけでもないだろう?」

 イーレンの様子に苦笑を零して肩の力を抜き、ハロルドは手近にあった椅子を引き寄せて、腰を下ろす。

「……それは」

「それは?」

「――」

 いい淀む声に、おかしいなと片眉を持ち上げた。

 その様子は言いたくないというよりは、言えないといったほうがいい。

 揺らぐ葛藤が、その表情の中に見えた。

「盗んだ……盗んだんだよ、ここでリクと」

「盗んだ?」

 搾り出された言葉は小さかったが、聞き漏らすことなくハロルドはそのまま言葉をイーレンに返した。

「そうだよ」

「何を?」

 不機嫌そうに表情を濁すも覚悟を決めたのか、表情と口調を先程よりも強くして続ける。

「ちょっと前、ここで古臭い本を盗んだんだよ。高く売れるんじゃないかって、思って……」

「本……か」

 神妙な表情をつき合わせている大人たちに、居辛そうにイーレンは肩をすくめる。

 彼等王国騎士団は、この街で起こる犯罪を取り締まっている組織だ。その彼等の前で盗みを告白するのは、自分を捕まえてくれといっているのにもひとしい。

「どんな本かね?」

「え?」

 だが、彼等はイーレンの盗みではなく彼女が盗んだものを追求する。

 むろん、盗みも取り締まらなければならないことではある。

 しかし、今はそれよりも行方のつかめていない魔具を確保することの方が重要であり、現場ともいえるこの場所にあった本というのなら、所在の知れない魔具である可能性が高い。

「古臭い本だったよ。中身もなんだかよく分からない言葉だらけで……孤児院で習っている言葉とは全然違ってた。

 そうだな……うん。あんな感じ」

 イーレンは怪しげな品書きがぶら下がっている壁の中から一つの張り紙を選び、指を刺した。

 薄汚れ、少し黄ばんだ紙には黒のインクで文字……のような模様のようなモノが描かれている。

 それは、魔法に使われる古の語源。つまりは――

「魔具……でしょうか」

「断言できんが、そうである可能性は高いな」

 答えて、エイリアスは腕を擦っているイーレンを、鋭さがちらつく瞳で見下ろす。

「力を貸して欲しいと言ったな。それは、一体どういったことなのだ?」

 己の罪を晒してまでの頼みとあれば、よほどのことであるのだろう。

 問われるイーレンはその視線から逃げるように僅かにうつむきながらも、躊躇わずに口を開いた。

「リクを……助けて欲しいんだ」

 ポツリと呟かれる張り詰めた声音。

 気の強そうな瞳が僅かに曇っているのは、気のせいではないのだろう。

「本を盗んでから、あいつ……おかしくなっちまったんだよ」

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