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騎士は静寂に暁染めゆく 13

 爽やかな朝なのだろう。

 慌しい夜から二日。窓の一つでもあれば少しは気も晴れるだろうにと毒つきながら、ディルは石造りの壁を恨みがましく見上げて、あてがわれた毛布を頭からかぶって寒さを凌いでいた。

 騎士達の間では、反省房とひそかに呼ばれている騎士団本部の地下一階にある独房。 他と比べて広めに作られた檻の中で一人、ディルは己への仕打ちを理不尽に感じながらも大人しく従うしかない状況に苛立っていた。

「何で、オレだけ」

 呟く声は、冷たい壁に跳ね除けられて己の耳に帰ってくる。

「だいたい、これって全部不可抗力って奴なんだよな。よって、オレは……悪くない。悪くない……はずだよな?」

 呟き。手元にある書類をめくりながら、肺から重たい息を搾り出して呻く。

「ちくしょう……寒い」

 誰もいない独房は、声だけが孤独に響く。虚しいとは思っているが、黙っていることもできないディルは、構わずに冷たい壁に向って一人愚痴り続けた。


 ◇◆◇◆


 いつにもまして量の多い書類の殆どは、一昨日に起こった事件への苦情の類だった。

 いちいち対応しているのも馬鹿馬鹿しくなってくるような内容に、アルゼインは苦虫を噛み潰してヒステリックに書類を机の上にぶちまけた。

「何だこれは!」

「書類だが」

「そういうことを言っているんじゃない!」

 ばらばらと派手に散らかって、整頓された室内を台無しにする書類を床から一枚一枚拾い上げながら、エイリアスはやれやれといった仕草で肩をすくめた。

「なんだ貴様、その態度は!」

 ぜいぜいと息を切らし、自分ひとりで怒鳴っているのもばかばかしいと、手元においてある水差しからグラスに水を注いで一気に渇いた喉に流し込む。

「……まったく。

 お前がついていながら……なんだこの損害は! 苦情の数は!」

 が、冷静になったのは一瞬のことで。アルゼインの喉から漏れる声は、全て怒声だった。

「そう怒鳴ってくれるな、アルゼイン。

 俺とて万能ではないのだ。その場にいなくては、何も出来まい」

 口調だけは弁明のそれだが、つき合わせている顔は至って無表情。

 隈がうっすらと目じりに浮かぶ青い瞳を細めて憎らしげに睨んでもみるが反応はなく、 涼しげな態度のままだった。

「揃いもそろって後の始末を全て私に押し付けよって!

 人がどれくらい苦労しているのか分かっているのか? いや、分かれお前達!」

 エイリアスが拾い集めた書類の山を再びひっくり返して、誰も聞き取ろうとはしない必死の願いを叫ぶ。

 ばさばさと景気良く舞い散り、赤い絨毯を白く染める書類にはもう目もくれず。エイリアスは机に突っ伏しているアルゼインを見下ろして薄く笑みを浮かべた。

「そのあたりの仕事に関しては、お前は天才的だな」

「褒められてもうれしくはない!」

 ぎりぎりと奥歯を鳴らしてからかう部下を睨み、どさっと倒れこむように椅子に戻る。

「まったく。

 重要封印指定物を許可無く使用したのだぞ。封印魔法士側からの見解いかんでは、このクビがとんでいたやもしれんのだ!」

 イスの背に体重を預け、アルゼインは人差し指で己の首筋をとんとんと叩いてみせた。

「意外だな。権力にしがみつくようなやつだったか?」

「人聞きの悪いことを言うな。

 志半ばで、舞台を降りるわけにはいかないだけだよ」

 ふん。と鼻をならして、とりあえず机の上に散らばっている書類を片付ける。

「まあ、どうであれ。少しは落ち着いたらどうだ」

「……誰のせいで興奮していると思っている?」

「ほら、これでも飲め」

「人の話をきけと、普段から言っているだろう!」

 剣呑な表情で書類を整理しているアルゼインの前に、小さな紙袋が置かれる。

「何なんだ、これは?」

 不審そうにそれを見下ろしているアルゼインに、エイリアスは相変わらずの無表情を向けて言った。

「なに、お前が愛用している胃薬だ」

「好んで使っているわけではないぞぉ! 私は!」

「こういう時のために、あるだけ詰め込んできてやったぞ。好きなだけ服用するといい。

 まあ、後の保障は約束できんが」

「私の胃腸の調子を心配する余裕があるのなら、こういった事にならないように動け!」

 集めた報告書をばしばしと叩き、アルゼインはそのこめかみにうっすらと血管を浮かべる。

「それはそうと……アルゼイン。問題児の措置はいつも通りとして、あの子供達の処分はどうするつもりだ?」

「うん? ああ、それについてだが……」

 長身を折り曲げて書類を再度拾い上げるエイリアスに問われ、アルゼインは青く晴れ渡る青空に視線をむけた。

 何処までも広がるような雲に溶け込んでゆくように、空には一筋ののろしが立ち昇っている。


 ◇◆◇◆

 

 クロス王国の象徴ともいえる巨大な尖塔……結界の塔と呼ばれる白壁の塔を間近にする、小高い丘の上。冬の色が濃い殺風景な景色の中に広がる数多くの石碑は、王都で生を終えた者達が眠っているということを示す墓標だ。広大な王都の全景を眺めることもできる墓地に人気はなく、もの寂しい雰囲気が何処までも広がっている。

「大丈夫かよ、タレ目」

 すっかり調子を取り戻したイーレンに付き添われながら、少しばかり片足を引き摺って歩くハロルドはやれやれと顔をしかめた。

「タレ目じゃなくて、ハロルド。

 大体、お前が言うほどに垂れていないよ」

「動いて、平気なのかよ? ……ハロルド」

 うつむいて、気恥ずかしそうに名前を呼ぶイーレンに今度は微苦笑を浮かべて、墓地の一角にある火葬場へと向う。

 そこでは、リクの父親が作業者仲間達の手によって荼毘にふされている最中だった。

「別に、俺なんか置いていってもよかったんだぜ」

「来たくなかった?」

「いや、そういうわけじゃない。見届けたかったんじゃないのかって言いたいんだ。友達のかわりに」

「……」

 肯定の声も、否定の声も返さないが。その複雑な表情は、そうだとハロルドに伝えている。

 精霊に扮していたセラドットによって、魔力を奪われたリクの衰弱は著しく。あれから二日経った今でもこん睡状態が続いていた。とはいえ、命に別状はなく。枯渇している魔力――生命力が戻れば、自然に目を覚ますということだ。

「今更言ったってしょうがないじゃん。

 それに……一人で来るのは、やっぱり辛いよ」

 ゆっくりとしたハロルドの歩調に合わせて進みながら、イーレンは空に立ち昇る狼煙を見上げた。

 生命の源へと帰ってゆく魂。

 決して手の届かない大気へと消えてゆく人であったものは、もう既に彼女の知っているものではない。

 しかし、現実を受け入れるには、まだ時間は浅すぎた。

「……これからどうするんだ?」

 足が自由に動かないもどかしさに辟易しながら、重くなりがちな会話を切り上げるようにハロルドはこれからのことを問いかける。

 今回の件は、スヴェンス・セラドットと闇商人が首謀者として扱われ、彼女達には直接的な裁きは下されることはない。

 彼等がいまだ幼いということと、確かな身寄りがないことからの温情だ。魔法具を盗み出した罪は決して軽くは無いが、規則どおりに国外退去をくだすわけにもゆかない。

「とりあえず、大人しくしてるよ。リクの面倒もみてあげなきゃならないしね」

 答えるイーレンの顔には苦笑が浮かんでいる。

 国外退去の変わりに罰として与えられた、凶悪犯も泣き出すアルゼインの説教がよほどこたえたらしい。軽く身震いしているのは、この風の冷たさよりも説教のときのことを思い出してのことだろう。

「それで、落ち着いたら――あたし、グランドにいくよ」

 空の色をそのまま映したような大きな青い瞳を、王国の端にある巨大な青い建物へと向ける。魔法士養成学校グランドの校舎だ。

「例の話、引き受けるつもりなのか?」

 意外そうに言うハロルドに少しだけ不機嫌になりながら、そうだとイーレンは頷く。

「折角の力なんだ。今度こそ一人前に使えるようになって、たくさんの人を助けてあげたいんだよ。何にもできなかったって、後悔しないようにさ。

 でも、驚いたよ。 あたしの孤児院の後援が、あんたの家だったなんてな」

 イーレンは、クロス王国随一の商家であるオーウェイン家の後押しをうけて魔法士となる道を歩むことになる。 自身の家系からは一人も魔法士を輩出していないオーウェイン家には、名を上げるまたとない機会でもあるので、彼女に対する期待は大きいだろう。

「もうちょっと、良く考えてからだっていいんだけどね」

 イーレンの能力を疑うわけでもないが、本来ならば自分が背負うはずの重荷をこの少女の小さな肩に乗せてしまうのはどうにもしのびなく思えてしまうのだ。

「大丈夫。今度は負けない。

 だって、一人じゃないって知っているからさ」

 幼さの残る年齢に相応しい純粋な笑顔をその滑らかな頬に浮かべ、イーレンはハロルドを先導して丘を登る。

 この先にいる別れを告げなければならない存在に、これからも歩き出す誓いを立てるために。


 ◇◆◇◆


「あれだけ派手にやっていて、謹慎処分で済んでいるんだ。ありがたいとは思わないのか?」

「あ?」

 独房に備え付けられている粗末なベッドに腰を下ろしてぶつぶつと悪態をついていたディルは、かけられる声に悪態を中断して視線を持ち上げた。

「まったく、聞いてられん」

「よ、リーディア。ようやくお目覚め? 風邪はどうだよ?」

 ニカッと笑って手を振る、陽気さを取り繕うディルに嘆息して。リーディアは頭に巻かれた包帯を煩わしそうに振って軽く頷いた。

「誰かのせいで死にかけたが、とりあえずは大事無い」

「あてつけか?」

「さあな」

 そっけなく答え、ポケットから鍵束を取り出したリーディアは、飾り気の無い銀色の鍵を格子についた鍵穴へと差し込む。

「ん? もう、釈放?」

「まさか」

 がちっと重たい音を立てて戒めが外れ、錆びを落としながら格子が開く。

「まさかって?

 ――なにやってんの、お前」

 コツコツと硬い靴音を響かせ、のっそりと独房の中に入ってくるリーディアを見上げたディルは首をかしげる。

「謹慎処分を受けているのは、お前だけではないということだ」

 リーディアは格子を乱暴に、叩きつけるように閉めて自らの手で再び鍵をかけた。

 低く、もそもそと呟く彼は至極不満げな様子だった。表情もまたその心境に合わせて顰め面で、病み上がりのためにいまだ血の気の薄い肌と相まって近寄りがたいものがある。

「律儀だな、お前」

「貴様こそな」

 からかうように、癇に障る笑みを向けてくるディルを軽く睨む。

 魔法的な処理をされていないので、ディルであれば簡単に逃亡できてしまうだろう。

「前に脱走して酷い目にあったからよ、大人しくしている方が無難だ。

 それに、体よく仕事もさぼれるしなぁ」

 気だるげに答え、欠伸を零しながら伸びをする不真面目な同僚にやれやれと首を振りながら、もっていた鍵束を格子の外に置かれている看守の使う机へと投げる。

「まだ痛むか?」

 言われ、リーディアは右腕を軽く持ち上げてみせる。

「……だいぶいい。後二、三日もすれば気にならなくなるだろう」

 ため息混じりに答えて、スプリングの無い硬いベッドに腰を下ろす。

 セラドットを取り込んだ魔剣フラガラッハは、よりしろとなっているリーディアの右腕のなかで沈黙している。外的に魔力を与えられない限りは発動できない代物なので、その手にはあの時のような円陣は浮かんでいないが、気にはなるのだろう。

「やはり、あまり使うものではないな」

 紡がれる声に覇気がないのは、風邪による高熱を出したせいで体力が落ちているということもあるが、精神的な疲労の方が大きい。

「感情が強すぎる」

「セラドットのか?」

 憂鬱な表情の真意を知っているディルもまた、少しばかり硬い表情でまつげを伏せるリーディアに問い返す。

「……俺は、お前みたいな力が無くてよかったと、そう思う」

「リーディア」

 普通とはなんら変わらない右腕。しかし、そこには何ものをも取り込み消化してしまう恐ろしい力が封じられている。

「亡くした者を取り戻したいという、セラドットの思いは理解できないものではない。もし、俺にそんな力があったら……たぶん望まずにはいられなかっただろう」

 実際に行動したわけでもないのに、まるで自分の罪を告白するようなリーディアに、ディルは苦笑をこぼした。

「誰だってそうさ。

 亡くした者を取り戻したい、後悔ばかりの過去を修正したい。そんな願いは尽きないが、望んだところで手に入るもんじゃないってことは何れ皆気付く……いや、気付かされるのかな」

 ディルはおどけるように肩をすくめて、ベッドの上に背中から倒れこむ。

 粗悪なベッドは無遠慮に圧し掛かってくる重みに、みしりと鈍い悲鳴を上げた。

「十三年前の戦いで、人がいっぱい死んで逝くのをオレは間近でみた。あんなのを見れば、九つのガキだって嫌でも現実ってものを思い知らされる。オレは、無力だよ。ただ他人より少しばかり、魔法が上手く扱えるだけなんだ。

 ……お前となんらかわらないさ」

 背中に感じる視線に、リーディアはうつむいた。

 地位や名誉などにはなんら興味のない変わり者の特等魔法士は、とてつもなく物事を割り切ってしまうのが早い。

「お前はやっぱり、強いよ」

「……んだよ。今日はやたらと気弱だな」

 やれやれと苦笑するディルの声を背に、リーディアは重たい視線を持ち上げた。

「彼は、孤独すぎた。

 誰か一人でも彼の支えになってくれる人間がいたら、悲しみを癒す方法を過去に求めることも無かっただろうにな」

「うん、そうだな」

 謹慎が解けるまでは我が家として扱わなければならない独房の低い天井を見上げ、その上に広がっているだろう青空に思いをはせる。

 憂鬱になるような仕事をしなくていいのは助かるが、一箇所に押し込められているのはさすがにこたえた。二日後の〝釈放〟の日が待ち遠しくてしかたがない。

「あ~、真面目な話をしてたら腹へってきちまったよ」

 見れば反射的に青くなってしまいそうな、幾つもの数字が羅列している請求書の写しを丸めて放り投げる。

 腹いせにもならないが、視界に映るだけで気分が悪くなるのだから、なるべくそばにおいておかない方がいいだろう。

「……散らかすな。後の掃除が大変だろう」

「だって、腹ペコなんだもーん」

「なんだ、その理由は……」

 本気と冗談の境目が曖昧すぎる同僚にやれやれと、肩をすくめる。

 今に始まったことではないが、もう少し真面目にしてくれればいいのにと毎度思わずにはいられない。

「なあ、何か喰うもん……て持ってねぇよな。

 ろくなもの喰ってないんで、正直つらいんだよー。

 独房に放り込んでいるからって、飯まで一緒にしなくたっていいのにさ」

 ちらりと示される視線の先には、乾いたパンと具の無いスープが一口、二口つけたくらいで食べ残されている。

 普段、どんなものでも口にするようなディルなので、出された食事の味は相当よくないらしい。

「なあ、オレって怨まれてると思う?」

 聞かれて、どう答えたものかと顎に手を沿えて唸る。

「疑惑は払拭するものだ。せいぜいこれから精進することだな」

 答えにもなってないリーディアの返答に、ディルは不満げに唇をすぼめた。ゆっくりと起き上がり、ベッドの上に足を組んで頬杖をつく仕草はまるで臍を曲げた子供だ。

「はぁ……。ったく、万事何事もなく解決してやったって言うのにさ」

 ぼやいて、だらりと体を弛緩させてうなだれる。

「何事も無く……か?」

 見た目は陰気にふざけているようにしか見えないが、かなり参っているようだ。うだうだと愚痴を零す姿をみせられては、どうにも……理不尽ではあるが、罪悪感が首をもたげてくる。

 自分もまた、被害者的な立場にいるのではあるが。

「腹へったよー、ひもじいよぉ」

「食べ物か……まあ、持っていることは持っているが?」

「なに! ほんとか!」

 顔を持ち上げる勢いのあまりの強さに多少たじろぎながら、リーディアは素早くにじり寄ってくるディルにこくりと頷く。

「まあ、本当だ。……が」

 期待に満ちた視線を向けられ、気まずげに顔を逸らしつつ、真新しい制服のうちポケットをがさごそと探る。

「持っているといっても、これなんだが」

「げっ、チョコレートかよ」

 げっそりと。突きつけられた板状のチョコレートを凝視して、憎々しげに呟いた。

 大きく外れた期待に、ディルはくたりと格子をつかんだままへたりこむ。

 外見は甘いディルだが、味覚のほうは大の辛党なのだ。

「いらないなら、別に……」

「いや、まて」

 がしり。と腕を掴んで引き寄せると、その手からチョコレートを取り上げた。

 極力甘いものを避けているディルだが、今日この時ばかりは背に腹は返られないと包みをバリバリと破る。

「もらうよ。あのメシよりは、ずっとマシだ……たぶん」

 半分は自分に言い聞かせるように言って、しけった空気に充満する甘い匂いに鼻を摘まむ。

「しかしよ。お前、いつもこんなの持ち歩いているのか?」

 人肌に触れたために少し柔らかくなっているチョコレートを片手に、怪訝そうな表情をリーディアに向ける。

「甘いものは疲れた時に良いらしい」

「……そう」

 だからと言って板チョコを懐に忍ばせておくのはどうかと思うが、言ったところで返ってくる答えはそっけないのだろう。

 上手いこと回ってゆかない世の中に嘆息して、歯の奥がしびれるような甘味を噛み締めるように嚥下した。


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