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騎士は静寂に暁染めゆく 11

 それは不確かな……しかし、第六感に直接働きかけるようなそんな予感だった。

 野次馬達を帰途へと誘導し、現場の静寂を確保しようとしている分隊騎士達の奮闘を遠目で見つつ、彼女は夜空を見上げる。星はまばらで、月明かりもとぼしい。おまけに住む人間が限られている開発区には明りという明かりも少ないため、向ける視線の先はとてつもなく深い闇の世界が広がっている。

「どうなされましたか、アヴリート封印魔法士様」

 呼ばれ、彼女……封印魔法士の肩書きを持つ二等魔法士シルバ・アヴリートは、作業の手を止めてこちらを向いている若い分隊騎士――彼女よりも二つは下だろう――に首を振る。

「……いえ、なんでもありません」

 説明もつかないような、不確実な直感は口に出すべきではないだろう。

 納得はしていないが、追求することも出来ない騎士はそうですかと短く答えて仕事に向う。

 流出した魔具回収の応援に派遣されたアヴリートは、捜索中に闇夜に立ち昇る不穏な煙を追って開発区にある作業員の長屋へとやってきた。

 到着した時には既にディルによって処理された後であり、彼女の出番は何一つ残ってはいなかったが。

「何でも。

何でもなければいいのですが」

 事体の収拾に当たる騎士達を手伝う義理もないので、せめて邪魔にはらないようにと距離を取って立つ彼女は、長屋から運び出されてくる白い生地にくるまれた一つの遺体に視線を向け、苦い表情を浮かべた。

 クセなのか。

 カルヌーン組織の白い制服の右肩についている浅黄色のハーフマントをいじりながら、長屋で目にしたものに思いをはせる。

 あくまでも魔法士であり、医者でない身で明確な判断をくだすのも躊躇われるが、男の死因に怪しい影は無い。

 疑う要素はまったくないだろう。彼女は知るよしもないが、この見解はディルも一緒だった。

 煙の原因であったと思われる円陣も封印措置が施されているので、とりあえずこの場に彼女が留まる理由はない。だが、アヴリートはどうにも捜索に戻ることが出来ないでいた。

 別に、事後処理を慌てて行っている騎士達を見て楽しんでいるわけではなく。 不完全の、それも力量ではなく作為的な構成で作られていた円陣の奇妙さが、彼女の足を止めていたのだ。

 発動者は多量の魔力を欲していたのではないかと考えられるが、その純度は人の身で取り込めるようなものではない。 アヴリートはあまり考えたくは無い最悪の状況が脳裏に浮かんできて、反射的に首を振る。

 だが、その直感は形となって彼女の目の前に現れるのだった。


 ◇◆◇◆


「イーレン、何をする気だ!」

 落ちれば骨折だけではすまなさそうな高度に冷や汗を背中に滲ませつつ、ハロルドはしがみ付いているイーレンの青ざめた頬を見上げて舌打ちをした。

 魔法士の素質があり、いくら膨大な魔力を有しているとは言え、その力には必ず限界というものがある。それは彼女も例外ではなく、その上思いのまま魔力を暴発させていれば消耗も早い。イーレンは気づいているのだろうか……魔力の枯渇はすなわち生命の危機につながるということを。

「たす、けるの……。悲しい思いは……もう、嫌だ」

 切れ切れの声の合間に、苦しげな呼吸が混じる。

『おのれ! 勝手なことを。このままでは』

 ついで小さな唇から漏れる声もまた、彼女の行動に困惑しているようだった。

 口調には、浮き足立った荒々しい響きが混じっている。

「イーレン、駄目だ!」

「う……」

 柔らかい金の髪の奥にある瞳が辛そうに……せめぎあう葛藤に惑うように細められる。

「どんなことをしたって、亡くなった人間は還って来ない。

 わかっているんだろう? それでも、そんな悲しみを抱えていても強く生きてゆけるのは……」

『煩い!』

 今ならまだ引き戻せるのかもしれないと、必死に説得を試みるハロルドの声をセラドットが一蹴する。

 感情に呼応して強さを変化させる魔力の渦は圧力となって、ハロルドを襲う!

「――っな!」

 悲鳴にすらなりきれない声が喉から漏れ、息を呑むような冷たさが体中に広がる。

 重力にひきつけるまま、なすすべもなく。

 騒然としている地上へと落下する。

(落ちる)

 ショックによって思考が停止した脳は、祈りの言葉でも救いの言葉でもなく。ただありのままの事実を恐怖に慄く体に確認させるだけだった。

『トゥカナ・ウラノトメリア・ラグント・ゼプツェン』

「!」

 ふわりと担ぎ上げられる感覚に、反射的に閉じていた目をゆっくりと開く。聞きなれた呪文を紡ぐのは、聞きなれない声の女だった。

 その声が作り出す、お伽話の中にでてくる豪奢な王宮に敷かれている絨毯のような円陣は、ハロルドを地上へ送り届けて鮮やかに消滅する。

「無事ですか?」

 死を覚悟しただけに、助かって唖然としているハロルドは、かけられる凛とした声にはっとなって顔を上げる。

「貴方は……?」

「封印魔法士・魔具管理局所属、シルバ・アヴリート二等魔法士です」

「封印魔法士!」

 体の細さをさらに強調するような純白の制服を見て動揺を見せるハロルドに、アヴリートは淡々と名乗る。

「一刻も早くこの場から引くことをお勧めします。アレはもはや、あなた方王国騎士団の管轄ではありません。

 現時点より発動中の魔道具として、封印魔法士が対処いたします」

 アレ……といって、ゆっくりと地上に降り立つイーレンを指してアヴリートは言う。

 わざと物のように扱うのは、職務に忠実であるからこそなのか……それとも、良心の呵責を誤魔化すためか。どちらにしろ、ハロルドには関係が無い。

「彼女は人間だ! それに、まだ意志だって……!」

「それならばなおのこと。暴走を始めてしまわないうちに、処分を下さなくてはなりません」

 半ば掴みかかかるような勢いで詰め寄るハロルドを押し返し、アヴリートは細い腰に下げている幾つもの鞘から、掌に治まるようなナイフを取り出し――構える。

「やめてくれ。そんなことしてはいけない!」

 針のような刀身は、上手く刺されば必殺の武器になるほどに鋭い。

 その凶器が呆然と立ちすくんだままのイーレンに向けられるのを許せるわけもなく、ハロルドはアヴリートの両腕を掴み、羽交い絞めにする。

「離しなさい!」

 邪魔をされるとは思ってもみなかったのか、易々と動きを封じられたアヴリートは拘束を解こうともがきながら、切羽詰った声を上げる。

「――!」

 白いうす布でくるまれた遺体を虚ろな表情のまま、じっと見下ろ少女の小さな体からからあふれ出る、限度を知らないかのような強い魔力の渦に不本意ながらも怯んでしまう。

 自分の感じている危機感を分かち合えない騎士に舌を打つと、せめて少女の肌の上で明滅を繰り返す古語がどんなものであるのか読み取ろうとして……突如現れた円陣にアヴリートは閉口した。

 呆然と立ちすくんだのは、彼女だけではなかった。 人々の誘導をしていた分隊騎士は当然。どうにかイーレンを守ろうと奮闘していたハロルドも、視界を埋め尽くす純白の輝きに後ずさってしまったくらいだ。

『この円陣、私の記憶を読んで発動させたというのか! こんな、小娘に……

 おのれ、勝手なことをするでない! これは、まだ……』

 幾つもの視線が集まるその先。

 横たわる遺体を中心として、巨大な……それこそ広場を埋めつくすほどの円陣が現れたのだ。

「イーレン!」

「お待ちなさい!」

 危険を促すアヴリートの声を振り切り、ハロルドはその力の発動を阻止しようと駆ける。

 大地に描かれる光の文字は、不完全ながらも廃墟に大穴を空けたものと同種のものだ。まんいち発動しなくとも、三流魔法士が放ったものとは比べ物にもならない規模のこの魔法は、ハロルドやアヴリートだけでなく、この場に居合わせた人間の全てを巻き込んでしまえるほどの威力をもっているだろう。

 そんなことを、この少女にやらせるわけにはいかない。

「これで、生き返る……全部、元通りになって……悲しい事なんて、無くなるんだ」

 まるで神にでも祈るように。

 イーレンは力の抜けた声で呟き、両手を広げたまま天を仰ぐ。

 肌に刻まれたヴィン・セラドットの記憶を残す古語が、それに呼応するかのように激しく明滅を始めた。

「私とて心苦しいのですよ……しかし、これは致し方ないことなのです」

 ハロルドの拘束から逃れたアヴリートは短剣を構える。

「許しはいりません。ただ、使命を果たすのみ」

 事に入る前に唱える祈り。忠実なる僕に下るための通過儀礼をくぐり、視線を鋭くさせたアヴリートは女性とは思えない力強さで三つの短剣を放つ。

 標的は無論、イーレンだ。

「……くそっ!」

 視界のすぐ横を飛び去って行く、鋭い残像を目で追いかけることしか出来ないハロルドは、その切っ先が細い喉元へ深々と突き刺さる光景を想像してしまう。

 それほどまでにその一撃は、二撃目を許さないほどの正確な軌道にのっていたのだ。

「イーレン!」

 必死の思いがこめられた声に、じっと遺体を見下ろしていた視線が持ち上がった。

 ぞっとするような無感情の、水晶のような青い瞳に見つめられて、思わず寒気が走る。

「……まずい」

 飛び掛ってゆく短剣を迎え出るかのように手を差し出すイーレンに、アヴリートは短く舌を打ち、防御のための魔法を全速力で紡ぎだす。

「だめだ、イーレン」

 肌が粟立つのは、向けられる力の強大さゆえか。

「逃げなさい!」

 切羽詰った、ヒステリックになるアヴリートの声が耳を引っ張るが、ハロルドの歩みは止まらない。

「こんな力で、人なんか助けられるわけが無い。そうだろう!」

 彼女が今放とうとしている力は、破壊を呼び寄せる狂気であって再生を伴うものではないのだ。

 その力は他者だけでなく、彼女自身をも傷つけるだろう。

『やめろ、小娘!』

「――セラドット?」

 瞼を焼いてしまいそうな閃光が広場を満たし。鼓膜を打ち破るような爆音が大地を揺らした。

「邪魔を、しないでよ……」

 巻き上がる砂埃に咳き込みながら、呟く。

 立て続けに大規模な魔法を放っているのせいで、彼女自身の疲労も激しい。フラフラと力なく揺れる身体は、立っているのもやっとというところだろう。

「邪魔……を……」

 大きくあえぎながら言う彼女は、砂埃の中から現れた光景に表情を強張らせる。

「……!」

 もとから、あまりよいとはいえない場所ではあったが。爆風の下から現れたこの景色はそれ以上に酷いものがあった。雑多に置かれた物という物は吹き飛び、周囲の廃屋にめり込むか粉々に砕けてあたりに散乱している。

「あっ……あぁ……」

 それらを呆然と見つめるイーレンは、ぐったりと地面に倒れたまま動かないハロルドの姿を見て、喉から引きつった悲鳴を振り絞る。

「なんて事を!」

 とっさに防御壁を展開して難を逃れたアヴリートは憎々しげに呟いて、地に這ったまま周囲の状況を確認するために視線を動かす。二等魔法士の彼女では自分の周囲に魔法を展開させるのがやっとで、騎士や一般人……そしてハロルドまで手が回らなかったのだ。

 かなりの被害を想像しながら、彼女は恐る恐る背後を振り返る。

「怖いだろう、イーレン。

 その力は奇跡なんてあやふやなものじゃない。望めば全て叶うような、そんな力じゃないんだよ。使い方によっては人を助ける一つの手段にもなるが、その力の矛先を間違えれば破滅を与える。他人にも――自分にも。

 そうだろう、ヴィン・セラドット?」

「ディル・ギリア白騎士団長殿……リーディア・カーザス黒騎士団長殿まで」

 怯え竦み、中には腰を抜かしている者もいるが、分隊騎士や一般人にはアヴリートが覚悟したような目立った被害はないようだ。

 ディルが防いだのだろう。

 彼女の目の前に倒れているハロルドも、よくよく見てみればあの爆発にまともに巻き込まれたにしては損傷が少ないように思える。

 さすがは最高位の魔法士だと感心しつつ、衝撃にいまだ痺れる体を押して立ち上がったアヴリートは、連れたってやってくる二人の騎士団長に対して身構える。

「あなた方も、私の邪魔をする気ですか?」

「判断をくだすのはまだ早い」

 抜き身のままの剣に視線を這わせる封印魔法士に、リーディアは言う。

 隙あれば動き出そうというのか、腰に吊り下げている短剣に手を伸ばすアヴリートを牽制するように軽く身構える。

「そんなことを言っているから……」

 表情を曇らせ、苦々しく呟くも。その言葉の語尾は再び膨れ上がる魔力によって、断ち切られる。

 振り返れば、泣きじゃくるイーレンが倒れているハロルドへと手をかざしていた。魔法で彼を助けようとしているのだろう。

 だが、それは無理なのだ。 いくら強大な力を持っていても、彼女はまったくの素人であり魔法というものを理解していないのだから。

「やめろ! 殺す気か」

「だって、だって……」

 肩をぬらす赤い血は、乾いて黒い制服にこびり付いている。命に関わるような負傷ではないのだが、そんなことの判断がつくわけが無いイーレンにとっては、自分が負わしてしまった重大なけがなのだ。

「大丈夫……だから、な、泣くんじゃ……ない」

「ハロルド」

 吐息のようなかすれ声に、イーレンの視線が持ち上がる。

「分るか、イーレン」

 高ぶる感情にもはや声も出せないでいる少女にディルは言った。

「直せるものは直せるし、直せないものは直せない。助かる人間は救えるし、そうでない人間は救えない。

魔法ってのは、それくらいのものでしかないんだよ」

 自らを卑下するような言葉にアヴリートの視線が冷たく突き刺さるも、ディルはそれを無視して、揺らぐ表情をただじっと……しずかに見つめる。

「このちからは、奇跡じゃない……?」

『み、耳を貸すな! この力こそ……』

「イーレン。君は、君が思っているほど無力ではない」

 意識を取り戻し、何とか起き上がろうとしているハロルドに手を貸して立たせてやりながら、リーディアは迷うイーレンを引きとめようとするセラドットの声を撥ね退けるように言った。

「大切なものを失う辛さ……それを抱えながら生きる苦しさ。君はその痛みを知っている。だからこそ……これからあの少年が抱く痛みと同じものをもっている君だからこそ、理解し、助けてあげることができるんだろう?」

 失ったものは取り戻せない。身を切るような痛みを抱えて生きるには、一人では辛すぎる。だが、共に歩んでくれる存在が側にいるのなら、絶望をせずに生きてゆくことも出来る。

「君も、俺も……全ての人たちは、そうして今を生きている。

 悲しみだけではない生を」

 人はそれほどに強くは無いが、だからといって弱いだけの存在でもない。

「イーレン」

 酷い打ち身に表情を顰めながらも、ハロルドは立ちすくむイーレンへと手を差し伸べる。

「一緒に、行こう。待っているさ、あの子は君が来てくれるのを……だから、さあ」

「……ハロルド」

 体力の限界か、空に伸ばす手は弱々しく震えている。

 その手に向って、イーレンも感情の高ぶりに震える自身の手を伸ばす。

「うん」

 向けられる微笑は擦り傷と泥と埃であまり綺麗ともいえなかったが、とても心地の良い暖かさを感じさせてくれる。大きな瞳いっぱいからあふれ出る大粒の涙は、やわらかい頬を伝わり……その、純粋な水滴に洗われてゆくように、少女の体を浸食していた光の文字が剥がれて空に舞い上がっていった。

「これは!」

「支配されていたのは、彼女じゃない」

 燃え盛る炎から吐き出される火の粉のように瞬きながら舞い上がる文字の羅列に、驚愕を隠せないでいるアヴリートにディルは言ってやる。

「そんなことが?」

「めずらしいんだろうな。だが、間違いない」

 セラドットが執拗にイーレンに己を受け入れるよう迫ったのは、彼女を怯ませて操ろうとしたのではなく、自身から取り込ませるためだったのだろう。

 セラドットが思っていたよりもイーレンの魔力と意思……この場合は願いがあまりにも強かったために、偽りの存在でしかないセラドットでは完全に支配することはおろか、居座ることさえ難しかったのだ。

『否定するのか、拒絶するのか! 私を……! 迷うな! 惑わされるな!』

「イーレン。

 君は、君自身の力を信じるべきだ。偽りの力ではなく、君の中にある可能性をしんじるんだ」

 自分を呼ぶ、二つの呼び声。

 イーレンは薄れる意識の中、それでも必死になってハロルドの方へと手を伸ばす。

 ふらり、と。糸の切れた人形のように体が傾ぐ。

 その小さな体を、全身の痛みを押して駆け寄るハロルドが優しく受け止めた。

 暖かいヒトの体温。肌を通して心の奥底まで染みてゆく温もりは、冷えた体を温めてゆく。

「あたし……大変なこと……しちゃったね」

「大丈夫だよ」

 うっすらと開かれた目の光は弱々しいが、その瞳孔の奥にある意志は彼女の中に戻っている。

『おのれぇぇぇぇっ!』

「……っ!」

 大団円を向かえつつある彼等に、一つの怒号が叩きつけられる。

「ようやくサシでやり合えるな。ヴィン・セラドット」

「油断するな、ディル」

 絶望の中で死んだ魔法士の妄執の形でもある光の文字が空中で融合し、一つの塊を作り上げてゆく。

 それはとてもヒトとはいえないようなものではあるが、うつろうこの世に一瞬の時であっても留まるにはなんら支障はない。

 人型を薄く延ばしたようなその金色の塊は、ディルの挑発に乗るようにすたりと地面の上に立つ。

 のっぺりとした表面に光り輝く緋色の文字が、鼓動のように浮き出ては消える。事情を知らない者が見れば、それは趣味の悪いオブジェのようでもあった。

『消えて……消えてなるものか!』

 上背のある大きな人型は残った魔道具のページを取り込み、その持ちうる力を示すかのように吼える。

 全てが魔法物で構成されているセラドットの咆哮は、大地を小刻みに揺さぶり。長く伸びた腕から放たれる衝撃は、嵐よりも強い風となり触れるものを片っ端から切り裂いてゆく。

「暴走、ですか。

 しかし、これは精霊とは少し違う? それに、ヴィン・セラドットとはどういうことなのですか?」

「今はゆっくり答えられる暇はねぇ。それよりも、これをどうにかするのが先だろ」

 魔法士であるので事体の飲み込みが早い。真相までは分かりえないだろうが、大体のことは推測がついたのだろう。

「確かに、そうですね。事情をお聞きしている時間はありそうにない」

 それ以上の詮索はせずに、アヴリートは目の前に立つセラドットに視線を向け……身構える。厳しい表情の彼女は、既にその足元に円陣を展開させていた。指示を出せばいつでも発動できる状態だ。

『私を必要としない世界など何の意味も無い!』

 イーレンと共有していた魔力は無い。さほどこの状態は長続きしないだろうが、それまでこの場が耐えられるかといえばそうでもない。

 後先考えることを放棄した力は見境が無くなり、目に付いたものから片っ端に破壊してゆくといった勢いで荒れ狂っている。

『アプス・ウラノトメリア・エン・ツェーン!』

 アヴリートは高らかに声を響かせる。

 良く研がれた刃物のような鋭い声に呼応し、二つに分かたれた円陣から緋色の輝きが現世に呼び出される。

『我が望むは終焉。全てを眠らせる静寂。汝はそれを果たせし、我が腕の代行者なり!』

 綺麗な響きを持つ歌声に誘われて、渦巻く緋色の光は熱を持つ炎の塊と姿を変えてゆく。

 セラドットから放たれる嵐にあおられながらも、標的を威嚇するかのように炎は膨れ上がる。

 それはまさに、炎で形作られた怪鳥だった。

『行くがいい、アプス』

 命じられるまま、怪鳥は雄々しく羽ばたいて炎をあたりに撒き散らしセラドットへと襲い掛かる。

『――!』

 緋色に輝く人型は、あっけないほど簡単に炎に飲まれてゆく。

「やったか?」

「……」

 ディルに尋ねながらも、リーディアは根拠の無い……だが、はっきりとした嫌な予感というものを感じていた。

「いや、駄目だ」

 その緊張を肯定するようにディルは低い声になって言い、拳を握る。

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