彼には内緒で
わたしが起きたら、隣に彼はいなかった。
だから、むちゃくちゃだるい体で無理やり起きて、着替えて、急いで家を飛び出した。
手錠を外すのが大変だったけど、そこら辺にあった重い置物を使ったら、すぐ壊れてくれたから助かった。お蔭で置物が若干、壊れちゃったけど、いいんじゃない? 彼、そんなに気に入ってる風でもなかったし。ううん、そうじゃない。
恐らく……わたしに残された時間はあまりない。
その間に、わたしは彼から逃げて逃げて、逃げなくてはならない。
……逃げてどうするって?
やりたいことがあるんだ。
欲しいものがある。
だから、そのためにこうして、脱出して……。
「……あった!」
事前にリサーチしてきた甲斐があったよ。
わたしは目的の店に飛び込むと、欲しいものを……ふえええ、売り切れ!?
あ、でも色違いならあった。じゃあ、これでいっか。さっそく購入ー。
こっそり、彼のクレジットカード持ってきちゃったけど、いいよねー。
黒いカードはなんだか怖かったから、カラフルな奴の方を預かって……うん、ちょっとイケナイことなんだけど、彼ってば、お金くれないんだもん。
あ、あれ……これって、サインとかいるの?
だって、わたしの前の人がカード出して、サイン書いてる……。
うっわー。どうしよ……。
と、よくよくみたら、このカード、わたしの名前が書いてあるんだけど!!
しかも裏のサイン、何も書いてないし。
店の人にマジックもらって、裏のサインを書いてから、再度、サイン書きました。
よかったー。
じゃなくって、なんで、彼がわたしのカード持ってんのよ!
さっさとくれれば、よかったのに。
とにかく、無事に目的のものが買えました!! やったね!
じゃあ、次は行ってみたいところに行こう!
わたし、まだあのでっかい塔……スカイツリーっていうんだっけ。
あそこに行ったことないんだよね。
そんな風に買ったもの抱えて歩いてたら。
「そこのかーのじょ♪ 俺らと一緒にいいところに行かない?」
なんか、ストリートファッションのお兄さん達に囲まれちゃったんだけど。
目が怖い感じがするのは、その、気のせいですか?
「スカイツリーまで連れてってくれる?」
「いいよいいよ、君、スカイツリー、行ったことないの?」
「うん」
「じゃあ、行こうか。その後、俺らとイイことしよーね?」
そのことについては頷かなかった。
「そりゃないよ、俺ら、君の行きたいところに行ってあげるんだよ? イイことしてくれるんなら、もう一つ、君の行きたいところ行ってあげるよ?」
「ホント?」
「うん、ホント」
わたしは少し考えて。
「プラネタリウムも、いい?」
「お、いいじゃん、そこ! 暗くなるからイイんじゃね!」
「そこはロマンティックな場所だね、だよ」
リーダーっぽいお兄さんが別のお兄さんに突っ込まれてる。
「じゃあ、それで決定! いこいこ!」
お兄さんたちに連れられて、わたしはスカイツリーへと……。
「何してんの?」
別の方向から、声がかかる。
その声にわたしは、ぞくっとした。
「俺の彼女連れて、お前ら、どこ行くんだ?」
間違いない。振り返ったら……超怒ってる、彼がいた。
「俺の彼女ー? いつどこで彼女になったんだ? 俺らが先に捕まえたんだから、この子は……」
お兄さんがそう言うと。
「お前が見つけるずっと前だ。お前らの知らない時代から、な」
ずんずんと彼はわたしたちのところに近づいてくる。
ううん、わたしのところに近づいてきているのだ。
「もう充分だろ? 帰るぞ」
「で、でも……」
彼は冷たい目で言った。
「こいつらとラブホに行きたいのか?」
ふえっ!? でもでも、お兄さんたちは……。
そう思って、お兄さんたちを見たら、物凄く焦ってる顔をしてた。
「スカイツリーとか、プラネタリウムとかに、連れてってくれるって」
「連れてってくれるから、ついていったのか?」
わたしは正直に頷いた。
「その後、どうなるかも知らずにか?」
「うん」
彼はそこまで聞いて、深く、深ーくため息をついた。
「今回は俺がいたからよかったけど、いなかったら、痛い目に遭うだけじゃ済まなくなるんだぞ?」
「……そうなの?」
そうわたしが彼を見上げた時だった。
「もう茶番はそれくらいにして、俺らの彼女、返してくれない? お前ひとりでどうにかできるもんじゃねーだろ?」
お兄さんがたまらずにそう言い放った。
彼の据わった目が、お兄さんを見つめる。
「それ、俺に言ってるわけ?」
その一言で、お兄さんたちは動き出した。
一斉に彼を狙って、拳を向けてきたのだ。
彼はわたしの腕を強く引いて、彼の後ろの方に連れていくと。
「そんな腕で俺と勝負するなんて」
三人の拳を避けて、三人とも転ばせた。
「百万年、いや、一億年……」
今度は残っているうちの二人が襲い掛かってきたけど、彼は一人の腕を掴んで、もう一人に放り投げて、ノックアウトさせた。
「早いんだよっ!!」
最後の一人が後ろポケットからナイフを取り出して、斬りつけようとして。逆に柔道の背負い投げみたいなのを彼にやられて、アスファルトに叩き付けられていた。
一つ言おう。
完全な、彼の勝利だった。
「ふう、というわけで……なんで、外に出たんだ?」
今度はその据わった迫力のある瞳をわたしに向けた。
「だ、だって……ずっとずっと部屋に閉じ込められて、息苦しかったんだもん。それに……」
「それに、何?」
むっちゃ、怒ってる。怒ってるよー。でもでも。
「今日じゃなきゃ、ダメだったんだもん」
「なんでそんなに今日にこだわるんだ?」
わたしは胸に抱いてたモノを彼に押し付ける。
「だって、今日が誕生日だって、言ってたじゃない!」
その言葉を聞いて、呆けてたのは彼だった。
「え? じゃあ、家を脱出したのも……」
「そう」
「昨日、無茶苦茶にしたのに、それでも何とか外に出たのも……」
「そう、それ買うために出たの。ついでにスカイツリー見れたらいいなって思ったけど」
彼の目が、むちゃくちゃ、キラキラ輝いてた。
「やっべ、今、死んでしまいたくなった。いや、死んだら抱けなくなるからやらないけど」
彼はわたしをプレゼントごと、ぎゅっと抱きしめると。
「お持ち帰り」
「ええええ、もう帰るのっ!?」
「我慢できないし、パーティーしなきゃ、俺の」
彼は嬉々として、わたしをひょいとお姫様抱っこして、家の方へと歩いていく。
「まあ、パーティーなら、しかたないか……ケーキ買わないの?」
「作るからいい」
彼は嬉しそうにそういうと、今度は走り出した。
「それ、わたしにかけないでよね」
「無理」
わたしは悟った。
今日もまた、昨日のように。
うううん。きっとそれ以上にハードな夜になりそうだと。
でもまあ、いっか。
「今日は誕生日だもんね」
そう囁いて、彼の頬にキスすると。
「そう、今日は俺の誕生日だからね」
彼は無茶苦茶深い、深ーいキスをわたしにくれた。ねちっこく。
「今日は眠らせない」
「ええ、マジですか!?」
この日、わたしはマジに眠らせてくれないくらい、激しくて酷かった。
それだけは言わせていただく。