07・娘の佳奈
自宅の玄関扉を開けて中に入る。
「お帰りなさーい」
可愛らしい女の子の声が僕を迎え入れてくれた。
「ただいま」
身長百六十センチメートルの身体にほんの少しメリハリが出てきた感じの女の子が、僕のカバンを受け取った。
「あれぇ? お父さん、お酒を飲んだの? お父さんがお酒臭いよぉ、お母さーん!」
そう言って女の子は、僕のカバンを持って廊下の奥へと走っていく。
「呑んでないよ!」
僕がそう言うと、女の子は微笑んだ。
「分かってるってば。ふふん」
リビングの入り口で振り返った女の子は、僕にVサインをした。
この女の子は一応、僕の一人娘だ。
十二歳で中学一年生。
名前は『佳奈』と名付けた。
けれども佳奈は、僕と妻の『知美』との間に産まれた子ではない。
佳奈は『バイオロイド』なのだ。
バイオロイドとは生物学系人造人間のことで、生物化学と生命工学によって創り出された成長する人造人間である。ただし、人工頭脳だけは電子工学的な仕掛けに頼っているので、成長に合わせてどうしても一年に一回のメンテナンスを必要とする。
このバイオロイドは、子どもの居ない夫婦に限ってその所有が申請制で認可されていて、法律上での所有権の認可期間は最長二十五年と定められている。しかし、まだその年数までには至っていない。佳奈がもっとも古いバイオロイド群にあたるくらいなのだから。
「ねぇ、お父さん」
ソファに座ってくつろぐ僕に佳奈が甘っ垂れて寄りかかってきた。
「わたしね、この前の英語のテスト、満点だったの」
「へぇ、それは凄いね」
僕が驚いた表情を見せると、佳奈はニッコリと笑った。
「それでね、お父さん。わたし、ご褒美が欲しいんだけど……」
もじもじしながら僕を潤んだ目で見る佳奈。
「何が欲しいんだい?」
僕が訊くと、佳奈は僕の耳元に顔を寄せて小さな声で呟いた。
「佳奈、お気に入りのお洋服があるんだけど……」
僕は佳奈の顔を見た。
「うーん、仕方がないなぁ」
僕がそう言うと、佳奈は僕に抱き付いた。
「わーい、やったー!」
そして僕の頬にキスをした。
「ホント、お父さんは佳奈に甘いんだから」
妻の知美がセンターテーブルにコーヒーを置きつつ、僕に微笑んだ。
「佳奈、ちゃんとお父さんにお礼を言いなさい」
嗜めるように知美が佳奈に言う。
佳奈はセンターテーブルの前に立ち、深々と頭を下げた。
「お父さん、ありがとう!」
そう言うと、佳奈はさっさとリビングを出て行った。
「可愛いじゃないか」
そう言って、僕は知美を見る。
「そうね……」
知美は微妙な表情をして僕を見た。
僕は佳奈が好きだ。
素直で優しい娘だ。
無邪気な佳奈は娘としても大好きだ。
とても良い娘だと思っている。
でも、時々。
本当の娘だったら、と思うことがある。
本当の娘って?
そう、そうなんだ。
今の僕にはどうしても無理なんだ。
なぜなんだろう?
どうして僕には『出来ない』のだろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。