ギャルのいいオンナ修行はじまる
「・・・おい、きたねぇな」
「すいません、すいません!」
私は、テーブルに置いてあった紙ナプキンで課長の顔を必死に拭いた。
社長は、そんな私たちを見てケラケラ笑っている。
ああもう、上司の顔にミルクティー吹くなんて。しかも、まだ熱かったし。
「もういい」
「すいません」
「とにかくだな。お前はもっと、明るくなれ。自分を出せ。じゅうぶんに魅力的なんだから」
社長がひゅぅ~と口笛を吹いた。
「なんだよ」
「べつに?」
「ったく。いいか、部署に戻ったら新入社員と2人で街に出ろ。これはその軍資金だ」
「はぁ?どうしてですか」
「まず、そのうっとうしい前髪をなんとかしてこい。それから、新入社員に服を選んでもらえ。うちの会社は私服OKなのに、なんでいつも同じ喪服みたいなスーツなんだ」
「だって、これしか持ってないし・・・」
「仕事をスムーズに進めたかったら、まず外見を整えることが大切なんだ。人はどうしても見た目で判断されるからな」
「でも、まだ作りかけの書類が・・・」
「そんなものは俺が片付けておく。いいな」
「わ、分かりました」
私がしぶしぶうなずくと、課長は携帯を使ってギャルを喫茶室に呼び出した。
「お呼びですかぁ?」
すぐにすっ飛んできたギャルとともに、私は会社を出た。
うう、どうしよう。
こんな派手な人種と接点を持ったことなんてないから、何話せばいいか分からない。
気まずい空気に耐えていると、ギャルが話しかけてきた。
「私、元腐女子なんです」
「は?」
なんだ、いきなり。
「今だって婦女子でしょ」
「ちがいます。そっちのふじょしじゃなくて、腐ってる女子って書いて腐女子」
「え、あなた腐ってたの?ゾンビ?」
「ちがいますよぅ。オタク傾向にある女子のことを、そう呼ぶんです」
「オタク?あなたがオタク?」
「はい」
「とてもそうは見えないけど」
「頑張ってイメチェンしたんです。どうしても就職したかったから」
「あ、そう」
「先輩も、イメチェンしてみましょうよ」
「課長に頼まれたからって、私なんかに付き合うことないのよ」
「そうじゃありません。私、先輩にキレイになってほしいんです。せっかく素材がいいのに、もったいないですよ」
「余計なお世話よ。ファッションとか面倒だし」
「何言ってるんですか。せっかく女の子に生まれたのに・・・」
「あのね、さっきから女子とか女の子とか言ってるけど、私はもう三十路なのよ。おばさんなの」
「あら。そんなの、私なんかもう45ですけど」
「ええっ?」
「でも、そんな風に見えないでしょ?若づくりに命かけてますからね」
「でも、新入社員って・・・」
「中途採用なんです。今までは、秋葉原のパソコンショップでレジ売ってました。でも、ちょっとお金を稼がなくちゃならなくなって、正社員で雇ってもらえるところを探したんです」
「そうだったの」
「今の会社に拾ってもらえてラッキーでした。それに、課長さんってイケメンだし」
「はぁ?どこが?どこらへんが?」
「イケメンじゃないですかぁ~」
「・・・・・・」
だめだ。元ゾンビだかなんだか知らないが、この子とは話が合わない。
しかも私より15歳も年上だし。
10年一昔って言うでしょ。年齢に10歳以上開きがあれば、話なんて合うはずないのよ。
「とりあえず、美容院に行きましょう」
「・・・どうしても行かなきゃだめ?」
「どうしてもです!」
そうして連れていかれた美容院は、私が今まで決して足を踏み入れたことのないオシャレな空間だった。
あ、なんか緊張して気持ち悪くなってきた・・・。
受付で
「前髪を切ってください」
と注文すると、奥のほうからホストのような男が出てきた。
「姉さん、この人?」
姉さん?
すると、私の横に立っていたギャルがうなずいた。
「そうよ。頼んだわよ、ハルオ」
「おまかせあれ」
椅子に連行されながら、私は目を白黒させていた。
「あ、あの・・・?」
「姉がお世話になってます。僕、弟のハルオです。どうぞ、よろしく!」
ハルオは、そう言って床に片膝をついた。
ホストクラブか!
「あ、僕、去年まで歌舞伎町のホストクラブで働いてたんです」
「あ、やっぱり」
「ははっ、なかなかあの頃のクセが抜けなくて。でも、安心してくださいね。美容師としての腕はプロ級なんで」
いや、こうして客の髪を切ってるんだから、そりゃプロ級じゃないと困るだろと思ったが、一つっこむと十ぐらい言葉が返ってきそうでウザイので黙っていた。
「う~ん、お手入れ不足ですねぇ。いつも、どんな風にお手入れしてます?」
「シャンプーで洗っておしまいだけど」
「ええっ!リンスも使わないんですか?それでロングは厳しいですよぉ。毛先なんて、まるでホウキみたいになってますよ?」
ハルオのそのセリフに、隣の椅子に座っていた客が吹き出した。
「ちょっと、ハルオちゃん。いくらなんでもホウキはないでしょ~」
「だって、マダム見てよ。これのどこがホウキじゃないっての?」
「あら、ほんと。あなた、若いのにそんな髪じゃいけないわよ。今夜からトリートメントを使いなさい」
「え、めんどくさ・・・」
「めんどくさがっていたら、女はキレイになんかなれませんよ!」
「まぁまぁ。先輩、やっとオシャレに目覚めたところだから」
ギャルが割って入ってきたが、私はすっかり機嫌を悪くしてしまった。
だいたい、別にオシャレなんかに目覚めてないし。
「う~ん、どうしよっかなぁ。思い切って短くして、パーマあててみるか・・・」
「え?あの、前髪をちょこっと切るだけじゃないんですか?」
「いや、まずこの傷んだ毛先をなんとかしないとね。うん、肩より少し短いぐらいに切っちゃおう」
「ええっ」
私は、自分を不審者だと自覚してからというものの、かれこれ20年髪を肩より短くしたことなんてなかった。
「どうせなら、カラーもしちゃおうよ」
「あら、いいわね。今のままじゃカラスみたいだものね」
「というわけで、ボブにパーマをかけて、髪色も明るくすることに決まりましたので」
勝手に決めないでよ!と思ったが、なんだかもう反論するのも疲れてしまい、私はあきらめて目をつむった。
目の前にはゴシップ週刊誌が山のように積まれていたが、あいにく私は他人のことなど興味がないのだ。
しばらく目をつむっているうちに、私は本格的な眠りに落ちてしまった。
はっと目を覚ましたときには、もう施術は終わっていた。
「あ、起きた」
「今、ちょうど起こそうと思ってたところですよ」
「先輩、鏡見てみてください!」
そう言われて目の前の鏡を見てみると、そこには別人がいた。
「な、なにこれ」
「どう?かわいいでしょ?」
「あなた、絶対そのほうがいいわよ」
「先輩、ステキです!」
私は、思わず鏡の中の自分に見とれた。
これが私?ほんとに?
「まるで、モデルみたい・・・」
うっかり心の声をもらしてしまい、3人に
「それはちょっと図々しすぎる」
と一斉につっこまれた。
「ありがと、ハルオ。さ、先輩。次は洋服を見にいきましょう!」
「え、まだ行くの」
「当たり前です。せっかく髪型変えたのに、いつまでも喪服みたいなスーツ着てちゃ台無しですよ」
「喪服、喪服って」
「あら、どこからどう見ても喪服よ」
「僕もそう思います」
うるさい客とホスト上がりの美容師に別れを告げ、私はギャルに引きずられて渋谷にたどりついた。
目の前にそびえ立つのは、あのギャルの聖地・109ではないか。
「あの・・・?」
「今日はここで先輩のお洋服を選びます」
「えっ、あの、ここで?」
「思い切って派手な服を着てみると人生変わりますよ?」
「いや、でも、私に合うような服なんてここにあるかしら」
「ないでしょうね」
ガクッ。なんだ、そりゃ。
「はじめはそれでいいんです。いろいろ試していくうちに、自分に合うスタイルが分かってくるんですから」
ギャルはそう言うと、嫌がる私の腕を強引につかみ、ギャルの聖地へと入っていった。