思い込みがオンナをダメにする
爽やかな4月。
さえずるウグイス。
集団登校する小学生たちの無邪気な笑い声。
・・・を横目に見ながら駅に向かう私。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
思わずため息を吐くと、小学生たちに付き添っていた母親がビクッとした。
「ねぇねぇ、なんかあの人怪しくない?」
「見るからに不審者って感じよねぇ」
「怖いわ~。いつもここを通るのかしら?気を付けないとね!」
おい、聞こえてるぞ。
不審者扱いされた経験は数えきれないほどあるが、何度経験してもやっぱり傷つく。
せめて、聞こえないようにする気遣いはないのか。
いや、この場合はあえて聞こえるようにしているんだろう。牽制のために。
しかしなぁ。
相手がおとなしい女子である私だからよかったものの、これが本物のキチガイならとっくに逆上してるところだぞ。本当に子供を守る気があるのなら「自分がされて嫌なことは他人にもしちゃいけません」という最低限のルールぐらい守ったほうがいいと思うが。
しかし、ふとのぞいたショーウインドウに映る私は、やはりどこから見ても不審者だった。
「おはようございます」
会社に着いて挨拶しても、誰も返してくれない。これもいつもの日常で、別にどうということはない。
今日も空気~♪と自虐的なハミングをさえずりながら、私は自分の席に着いた。
と、何やら見知らぬギャルが寄ってきて
「おはようございます。先輩!」
と言うではないか。
あぁ、今年は新入社員を採ったんだ。
で、この子はまだ私の評判を何も知らないから、こうして無邪気に話しかけてくるわけね。
今日の昼休みが終わる頃には、もう目も合わせなくなってるだろうけど。
「おはよう」
一応挨拶を返し、私はすぐ仕事に取り掛かった。
パソコンの電源を入れ、作りかけの書類のデータを呼び出す。
キーボードをカタカタやり始めても、なぜかギャルは私のそばから離れようとしない。
「何か用?」
つっけんどんに聞くと、ギャルは張り切って話し始めた。
「あのっ、私、先輩から仕事を教わるように言われました。どうぞ、よろしくお願いします!」
「は?」
なんだ、それ。そんな話、全然聞いてないぞ。
頭が混乱し、私は黙って席を立ち、課長のところへ向かった。
「あの~」
「なに?」
私を嫌っている課長は、露骨に不機嫌そうな顔をした。
「あの子が私から仕事を教わるように言われたって言うんですけど」
私たちのやり取りに、フロア中の人間が注目しているのが分かる。
何をやっても注目され、嘲笑される私は、その一挙手一投足がみんなの関心の的なのだ。
ほら、クスクス笑いが聞こえてくる。
「牧村さんが教育係ってほんと?」
「おいおい、180度タイプが違うじゃねぇか」
「牧村、新人にいじめられるんじゃね?」
顔が赤くなるのが分かる。
私は、顔を上げることもできず、じっと自分の靴のつま先を見つめていた。
「牧村」
課長が声をかけてくる。なによ。なんなのよ、一体。
「ここじゃあ、ちょっと話しにくいな。喫茶室行くか」
「・・・はい」
部屋を出る途中、ちらっとギャルの姿が目に入った。
困惑した顔でオロオロしている。
そりゃあ、そうだろう。入社早々、会社一の嫌われ者の私に付けなんて言われたんだから。
あふれそうになる涙を必死に抑え、私は課長に続いて喫茶室に入った。
ここは安心する。
働いているのは年配のパートのおばちゃん1人だから、バカにされる心配はない。
課長はミルクティーを注文した。コワモテだけど、意外とかわいい飲み物が好きなんだな。
私も同じものを注文した。とりあえず、そうしておいたほうが無難だろう。
「なぁ、牧村」
「・・・はい」
「お前、会社で自分がなんて言われてるか知ってるか?」
「・・・・・・」
「暗い。不審者。コミュ力ゼロ」
「・・・・・・」
「有能。牧村にしか任せられない仕事がたくさんある」
「・・・・・・?」
「前髪上げれば絶対かわいい。つーか、嫁にしたいタイプ」
「・・・・・・!?」
「つまりだな。もっと自分に自信を持てということだ」
「!!!!!!!!」
心臓がバクバクする。
なんだ、これ。なんなの、これ?課長は一体何を言ってるの?
「お前さ、自分から周りに壁作りすぎなんだよ。不審者とか言ってる奴を冷静に見てみろ。み~んな、お前が冷たくあしらってきた奴ばかりだろうが」
そう言われて気が付いた。
確かに、私につらく当たる人は、みんな私が挨拶を無視した人ばかりだ。
だって、派手で苦手なタイプだったから。
ああそうだ。
はじめに挨拶を無視したのは、私のほうだったんだ・・・。
「お待たせ」
ミルクティーが運ばれてきた。
「これ、おばちゃんからおまけ」
チョコレートケーキの乗った皿をテーブルに置きながら、おばちゃんは照れくさそうに微笑んだ。
「さんきゅ、おふくろ」
と、課長がお礼を言い・・・って、今なんつった!?
「ああ、お前知らなかったっけ?この人、俺のおふくろなの。ついでに、この会社の社長」
「ブブーッ!!!」
私は、課長の顔に思いっきりミルクティーを吹いてしまった。