第7話『ねらわれている』
京介は秘密基地の一角のトレーニングルームで本を見ながら唸っていた。
小中学校の体育館くらいの広さの中心で胡坐をかいて本を地面に置き両手を組んでいる。
ふと組んでいた手を崩し、右の手の平をすっと前に向ける。
しばしそのままの格好でいたが、何も起こらないとわかると、ため息とともに手を下ろした。
「はかどってる?」
後ろから声がして、振り向くと彩子が立っていた。
「いまいちかな」
「何をしようとしているの?」
「新しい技の開発ってとこかな」
ふっと笑って手の平を突き出す。
「ハドー的なものでも出るの?」
「あーそれも今なら練習したら出るようになるかも」
インフィニティになった時の必殺技も似たような技ではある。
増幅ポイントさえ判明すれば、本当に生身で出せるようになるかもしれない。
「段々人間離れしていくね」
彩子は持ってきたドリンクを差し出す。
「ああ、怖いけど面白い」
にっと笑う。
「で、それ、何してたの?」
「秘密…まあモノになったら披露するよ」
「ふぅん」
彩子は能力者関係にはたいして興味がないようだ。
「…超常的なものが目の当たりに出来るというのに」
「私は常識と戦うだけで精一杯だもの」
「世界一の頭脳を手に入れておいてよく言うなあ」
彩子はメリケンチックに大げさに両手を挙げてノーと言う。
そういえばホームステイに行ったりしていたなと思い出す。
「私は勉強に費やした時間を青春に割り振りたいわけですよ?」
とウインク。
「知識を手に入れて理解したのは、時間だけかけて余裕がなかった自分の無能さだけ」
ふうとため息をつく彩子。
「今となっては大学に行くことすら馬鹿馬鹿しいのだけれど、失った青春の時間は謳歌しないとね」
「お前…そんなキャラだったっけ?」
「まあ大げさに言ってみたものの…必死になってやっていた事が目を覚ましたらイージーになってたら、ちょっと吹っ切れるしかないといいますか」
自嘲気味に微笑む。
京介には彩子の気持ちが何となく判る。
能力によってできる事の幅が広がると、逆に目標を見失ってしまうのだ。
彩子の場合はそれについて努力をしていいワケだから余計だろう。
必死に勉強して目指していた大学の何ランクも上、どころか地球上では最高の頭脳を持つ人間といっても過言ではなくなってしまったのだ。
目指すところに意味はなくなり、学ぶ事に苦労もいらない。将来に対する不安がない。
この若さでそんなものを手に入れては、戸惑うのも無理はない。
京介もまた同じような事を感じている。
「…じゃー、この案件終わらせたら、遊び倒しますか?俺と」
勉強に追われる必要がない高校最後の夏休みである。
「任意くんと? 大丈夫?」
「何が?」
「私の貞操的な話で」
「そこはその…流れ次第で」
「せめてやらないって言い切ろうよ。言葉だけでも」
そう言って笑う。
京介は蒼い雪が降る前までは、こんな会話を彩子とするなんて思ってもみなかった。
双方の精神的な余裕と、成長を感じていた。
まあサイコ・ブレインがいる限りはそうもならないだろうと思いはしつつ。
「…海とか行きたいね」
「花火大会ももうすぐだよ」
「楽しみにしとく。
…だからさっさとヤボ用済ませちゃってよね」
京介は俄然にやる気が出てきた。
訓練を終えてシャワーを浴びた京介の携帯に、小手先まほからのメールが入っていた。
話があるとの事で公園で待ち合わせをした。
「暑いのにこんなところに呼んでゴメンね」
先に来ていたまほがバイクで到着した京介に話しかける。
「いいけど、どうした?」
バイクから降りる。
「運、私の力の事なんだけど…」
京介は不意に感じた殺気に、まほの手を取り、自分のところへ引き寄せた。
ギンッ。
まほのいたところを何かが通り過ぎ、奥にあった鉄の柵に当たって音を立てた。
「へっ!?」
京介の胸に抱かれる形になったまほは間の抜けた声を出す。
(狙撃…!)
京介はそのまま強制的にまほを連れてその場を離れる。
次弾が来て、京介の乗っていたバイクに当たった。
「くそっ!」
物陰に隠れて、意識を増幅集中させる。
(狙撃手の他に…2,30人潜んでやがるな)
不審な殺気が公園の周りに点在している。
(狙いは俺か小手先か)
もしくは両方か。
「な、何コレ…」
「どーもゴルゴが俺たちを狙ってるらしいぜ」
京介は視力を強化すると、狙撃手のいる場所を特定した。
この公園を見下ろせるビルの屋上だ。
初弾を外した事により、待機している別の部隊が動き出したのを京介は感じ取る。
京介一人なら切り抜ける事も出来るが、今はまほがいる。
(さて…)
「…大丈夫だよ任意。呼び出した理由教えたげる」
まほは京介から離れると、ポケットから魔法のアイテムを取り出し、ステッキへと変化させた。
「フェアリラ!ラルラ・リリル・ラ・ルラ…妖精の力、魔法の力、在るべき姿、この身に与えたまえ…」
呪文詠唱とともにステッキに蛍光ピンクの光が走る。
「見ちゃダメよ」
事態を呆然と見ている京介にまほが釘をさした。
「戦いのプロに、なぁーれ!」
ステッキから広がったピンクの光がまほを包み、まほの着ていた服を消滅させ、別の形に構築していく。
体の方も微妙に変化して行き、まほの茶の髪が緑色に変わる。
光が収まると、まほは迷彩の軍服にマシンガンを片手に持っていた。
「いいわよ」
まほの了解を得て、視線を逸らしていた京介が振り向く。
「こて…いやフェアリー・マナか? どうなってんの?」
「ふふん、実は私の魔法って、あらゆる能力を身につける事が出来る魔法だったらしいの」
「つ、つまり…?」
「今の私はコマンドー・マナ! 戦いのプロだぜい」
ニッと笑うと、腰に挿してあった拳銃を取り出すと、振り向きもせずに後ろに向かって一発撃った。
うめき声がして、武装した男が足を抑えて倒れた。
「…なるほどこりゃ頼りになりそうだ」
「敵は何人かしら」
「狙撃手1人含めて30ってところかな。もっと遠くに待機してたらわからないが…」
「了解、狙撃手の方は任せていいかしら」
「大丈夫か? ほとんどの敵1人で相手にする事になるぞ?」
京介の問いに、マナはマシンガンにマガジンをはめ込むことで答えた。
頼りになりそうだ。
京介はマナの身の心配から狙撃手に意識を集中した。
マナは茂みから3人いる武装した男達に上から飛び込んでいった。
飛び掛りざまにマシンガンの柄で一人目を殴りつけると、コンバットナイフで二人目の足の太ももを刺し、マシンガンで肩を撃った。
次に身をかがめて銃を構えた3人目との距離を詰めると、銃を向けている腕を弾いて逸らし、沈黙させた。
「…訓練をつんだ連中というワケでもなさそうね」
軽く3人を制圧し、その男達の風貌や装備からそう推察する。
暴力団員かとも思ったが、どうにもそれっぽくはない。
狙撃の方はかなり正確だったが。
思案していると幾つかの気配を感じたので、マナは再び茂みに身を隠して動き出した。
京介は狙撃されないようにスピードを上げてジグザグに動きつつ間をつめていく。
スナイパーがいるであろうビルのすぐ下まで来る。
(あんまし近付くと逃げるかな)
それはそれで別にいいが。
とりあえず狙撃をやめさせないと安心は出来ない。
そう思いビルの外側の階段をのぼっていく。
途中に何人かの武装した人間を沈黙させて屋上に出る。
狙撃銃とその近くに男が一人いる。こいつがスナイパーか。
「ここまで近付かれちゃ狙撃もないだろ? 何で俺たちを狙ったか話してもらうぞ」
そういってゆっくりと近付くと、ふいに妙な気配を感じた。歩みを止める。
「…?」
精神を研ぎ澄ませる。
後ろに何かいる。
京介は振りむき様に裏拳を放つと、何もない空間に手ごたえがあり、次にうめき声とあごを押さえた男が突然現れた。拳銃を持っている。
インビジブル能力者。それとも特殊迷彩か。
こちらを撃つ気になった際に見せた殺気以外では気配を感じなかった。
辺りに注意を払うと、他には潜んでないようだ。
スナイパーと姿を現した男、両方が一斉に拳銃を京介に向けた。
この距離で野生動物並みの速度を出せる京介を捕らえられるわけもなく、あえなくその二人も鎮圧された。
強化した聴力が遠くからサイレン音を捉える。
こんな公園で銃声がいくつも聞こえれば当然であろう。
尋問を行う時間はなさそうだ。
京介はビルから飛び降りると、外付け階段の手すりを掴んで降りていく。
スーツ無しでは一気に飛び降りるのは少し無理だ。
公園に戻ってくると、転々と倒れて呻いている男たちの姿がある。
やるぅとばかりに口笛を鳴らす京介であった。
「任意!」
すぐ近くの茂みからマナが出てきた。
さすが戦いのプロ。神経を強化してないとはいえ、まったく気配を感じさせなかった。
「警察がこっちに向かっている。ここから離れる、バイクの後ろに乗って」
戦闘で倒れていた自分のバイクをおこすと、起動を確認した。
「色々聞きださなくていいの?」
「時間がない。警察突っ切るわけには行かないしな」
京介はヘルメットをかぶると、後ろにマナが乗ったのを確認してバイクを発進させる。
そして公園の噴水近くにある秘密基地への隠し通路を展開させるとそこに入っていった。




