第11話『もっと反則的なものに』
最下層の部屋に入ると路利樹と拘束された吉岡がいた。
「…もう来たのか!?」
路利樹はこちらの姿を確認すると驚きの声をあげた。
『吉岡を返して、大人しく降参しろ』
「ふざけるな!」
『この状況じゃ勝ち目ないだろ?痛い目にあうだけだぞ』
インティニティはやれやれと首をかしげる。
路利樹はあせりながらも笑みを浮かべる。
「…私にだって、最後の手段というものがある」
『そりゃま、悪役らしいお言葉で』
と軽口は叩きつつ、インフィニティはいつでも飛び出せる用意をしておく。
最後の手段が爆弾関係であった、吉岡に対する危害であった場合にすぐに対応できるためだ。
「じゃあよ、その最後の手段の前に聞いときたいんだけどよセンセ」
サイキが一歩前に出た。
「…何かね斎木君」
「覚えてますか、俺の事?」
「成績優秀な者はね大体覚えているよ。
まあ吉岡君の情報がなければ外見ではわからなかっただろうが」
サイキがどんな子供だったかはわからないが、身長180以上もあり髪も染めている今の状態とはかなり違うであろう。
「…あんたがやろうとしてた作戦ってどんな事だったんだ?」
「ああ…」
路利樹は落ち着いた態度になると、近くの椅子に腰を下ろした。
「まず私が国外への逃亡した期間に発見した事がある」
腕を組んでとんとんと指で自分の二の腕を叩く。
「テレパシー能力は電波に乗るという事だ」
『電波?』
「そう。人間の脳からの指令ってのは、電気信号によって伝えられているんだ。
そしてテレパシーってのは電気信号を操った相手の脳への進入。周波数を合わせて声や映像を伝える事が出来る能力。
…で、ふと考えた。もし電子機器への解析が出来れば進入することも可能じゃないかってね?
結果は可能だったよ。やりようによっては中のプログラムを自由に書き換えることだって可能だ。
…それにはプログラミングの専門的な知識も必要なようだったが」
路利樹は身振り手振りで饒舌に話を進める。
ここらへんはやはりエンターティナーというところか。それとも教師としての部分か。
「次の実験として、テレビやラジオの電波に乗るかという実験を行った。これも成功。
『映像で見聞きしている』という事で頭のチャンネルが開くんだろうね。
その映像を見た人間全ての頭にメッセージを送れたよ」
「つまり…」
「そう、今回の作戦はテレビ放送のジャックだ。
テレポートで送った同志が複数のテレビ局を襲い、一斉にテレパシーによる洗脳を開始する」
「洗脳?…テレパシストは洗脳なんて事も出来るのか?」
サイキの言葉に路利樹は意外そうな顔をした。
「吉岡君から聞いてはいなかったのか。
テレパシーってのは何も相手と脳内会話をするための能力ではない。
気付かれないように進入して声や映像を送る事で暗示や催眠だって行える。
そこまで行かなくとも、軽い印象操作でもいい」
自分の頭の中に不意に何か映像が見えれば、普通は外的要因とは思わない。
自分の中に何かあるのではないかと錯覚する。
そこをうまく使えばノイローゼにも追い込めるし、誘導も可能だ。
「サブリミナルなんて方法もあるが」
苦笑気味に路利樹は続けた。あまり効果的でもない方法なようだ。
『ネットとかじゃダメなのかそれ?』
「何だかんだといっても絶対数が違うからね。それにテレビチャンネルと違い選択肢が多すぎる。
もちろん動じない人間もいるが、映像を見た大多数の人間が一気に動く。今の体制はすぐに崩壊するよ」
京介はうんと考え込む。
確かに洗脳できるとしてそううまく行くものだろうか。どうにも抜けている気がする。
この人単にテレビにまた出たいだけなんじゃ。と疑いもする。
「さて…聞きたい事は以上かな? 私の覚悟も完了した」
路利樹はスーツの懐から何かを取り出すと自分の首に刺した。
プシッと音がすると、カプセルのようなものから何かが路利樹に注入された。
『…!?』
「これは統治が開発していた薬の試作品だ…これを使うのはとても癪だが…」
路利樹の体が膨れ上がり、服が破けた。
『ちっ!』
インフイニティは動き出すと、路利樹の足元にいた吉岡を確保して戻る。
「圧倒的な力で叩き潰させてもらう!」
路利樹だったものは3メートル近い大きさに膨れ上がり、筋肉のクリーチャーと化していた。
バディビルを思い出す変体だ。
『だーっ!!』
インフィニティはこのバケモノに目掛けて力いっぱいの拳を叩き込んだ。
が、その拳は片手で止められてしまった。
この薬は佐羽鬼統治が自らを超人と化すために作らせたもので、リセット前の世界で虹色インフィニティ相手に使ったもので、今の京介は知らない。
パワーだけならばアークスの怪人を上回る。
路利樹のもう片方の手に拳が作られると、インフィニティに叩き込まれた。
凄まじい衝撃と共にインフィニティは弾き飛ばされる。
「任意!?」
呆然と後ろで見ていたマナたちの頭上を飛び越え、壁にぶつかってクレーターを作り粉塵をあげた。
『がはっ!』
京介はメットの中で血を吐いた。瞬時にメットの機能で排出される。
強化スーツを着ていてもこの衝撃だ。
「な、なんだよあれ…」
サイキが逃げ腰になりながら言う。
超能力者といえど、ここまで異形の相手と戦った事はないのだろう。
「ぐわああああっ!!」
路利樹が空気を振動させるほどの咆哮をあげると、マナたちに向かって走り出した。
地面を踏み砕き、凄まじいスピードで迫る。
「ひっ!」
咄嗟にサイキは念を打ち出し、遥はテレポートで回避した。
が、その力の前に勢いを殺すこともなく念動力は破られると、サイキはその巨体に弾き飛ばされて、血を吐きながら地面を凄い勢いで転がっていった。
遥は路利樹の真後ろに現れると、持っていたナイフを後頭部に刺そうとした。
しかし路利樹は振り向きもしないでその腕を捕まえると。
軽く握りつぶした。
指の間から血と肉片、砕けた骨などが飛び散る。
遥の悲鳴が響き渡った。
『…はー、はぁ…はぁぁ…』
インフィニティは立ち上がり呼吸を整える。自然治癒力の強化で何とか回復を急がせる。
足元がふらつく。一撃でこのダメージ。
ちらりと先ほど飛ばされて倒れているサイキの方を見ると、かすかに息はしているようだ。
当たる瞬間念動力で防御したのだろうが、生身の人間でアレを食らってよく生きていると感心する。
マナはテレポートで苦しむ遥を敵から引き離すと、催眠能力での遙を強制的に眠らせた。
すぐ後ろに路利樹の気配を感じたのでまたテレポートしてインフィニティの近くまで飛んだ。
「…任意、ど、どうしよう?」
向こうにいる路利樹がこちらに視線を向けた。
『こいつ…は予想外だった…逃げられるなら一人で何とか逃げろ』
インフィニティはそう言い捨てると、路利樹に向かって行く。
「逃げろったって…!」
出血の止まらない遙や地面に埋もれて何とか生きているらしいサイキの姿を見回して途方に暮れる。
インフィニティは足元に落ちていた拳銃を拾う。
おそらく路利樹が携帯していたものだ。変体化の際に落ちたのであろう。
「それでどうするつもりかねインフィニティ? まさかそんな豆鉄砲が効くなんて思ってないだろうね?」
『どうかな』
拳銃を思い切り増幅すると路利樹の右目に目掛けて発射した。
弾丸は眼球に当たり、ひしゃげて落ちた。
「目にゴミが入ったほどにも感じんな!」
路利樹の足払いが決まり、インフィニティの右腿の骨が砕けた。
地面に倒れると、顔面に目掛けて蹴りが迫ってきた。
何とか寸前で両腕をクロスしてそれを防ぐも、体は軽く弾き飛ばされてまた壁に叩きつけられた。
両腕の骨が砕けた。
マナは考える。
この状況で自分の能力が出来る事を。
しかし思いつかない。
『怪力になれ』であの敵に勝てるとも思えないし、ここにいる人間を癒す力も意味がない気がした。
(なんかこう…もっと反則的な何かを思いつかないと…)
などと考えていると、目の前に影が出来た。
「君はフェアリー・マナだねぇ…当時テレビで競演した事もあるんだよ? 覚えているかね…?」
路利樹の声が響く。
「…そ、そうだったかしら…ね」
威圧感に冷汗が出る。
「ボクもねぇ、君のファンだったんだよ…なのに、残念だよ」
と腕を振り下ろす。
それをテレポートで避けると、倒れているインフィニティの近くに出た。
「ちょこまかと!」
路利樹が地面を両手で力いっぱい叩き付けると、衝撃波が発生し、それが円状に広ってマナも倒れている人間もまとめて吹き飛ばされた。
そして天井が落ちてくる。
そうここは地下だ。5階分のガレキが上から押し迫ってきた。
「ぷはっ…」
マナは寸前に何とか近場にいたインフィニティを掴んでテレポートに成功していた。
沈んでしまったスクールのガレキの上。
遙もサイキも気を失っている超能力者たちもおそらく押しつぶされてしまっただろう。
そして聞こえてくる下から迫る轟音。
(…あいつだ)
あのバケモノがこちらに追ってくる。
マナは遠くにテレポートしようとしたところで、メットの割れたところから京介がマナの服の腕元を噛んでそれを止めた。
「なっ、何よ?」
「…ここで…あいつ、を何とか、し、しないと…」
両手と片足が動かせず呻くように言った。
「どうしようもないじゃない! 一旦逃げて体勢立て直そうよ!」
そう言うマナに京介は何かを言うが聞き取れない。
マナは耳を近づけて京介の言葉を聞く。
「……えっ?」
マナが意外そうな声をあげると、京介は覗いてる口元でニッと笑った。
路利樹の巨体が地面から飛び出すと、まほと倒れた京介の前に着地した。
「ほう、待っていてくれたとは。観念したという事かな?」
まほの変身も解かれている。そう思っても不思議ではない。
「こっちもね、最後の手段ってヤツが組みあがったのよ」
「ほおう…?」
路利樹はその言葉に少し興味を持った。
元より超能力開発なんてものを実行した人物だ。より不思議な能力に興味はある。
マナは変身ステッキを展開させると、倒れている京介に触れた。
その瞬間にステッキから光が溢れた。
「ぬうっ!?」
「フェアリラ!ラルラ・リリル・ラ・ルラ!」
それを掲げて大声で呪文を唱える。京介に増幅された、いつもの数倍の光が魔法のステッキから溢れ、路利樹も圧倒される。
「妖精の力!魔法の力!さらに力を得て…在るべき姿この身に与えたまえ!」
光がまほの体を包み空中へと浮かび上がらせる。
「大魔法使いになーれ!」
光が弾け、路利樹はその勢いで弾き飛ばされる。
次の瞬間光は止み、マントと魔法使い帽子スタイルのマナがふわりと舞い降りた。
「大魔法使いマスター・マナ参上! 手始めに! みんなを助ける魔法を!」
魔法のステッキが変化して長い杖になったものを空に掲げると、光が発生した。
光は京介の体を包み、倒壊したガレキの中から遙をサイキを、埋もれた超能力者たちを掘り起こして地上に運んできた。
「…体が?」
京介の砕けた骨が元に戻り、痛みも消えた。
見ると遙の腕がゆっくりと再生しているのが目に入った。
サイキが目をあける。
「な、なな、なん…!?」
辺りで繰り広げられる奇跡のような所業を目にして路利樹はうろたえる。
「どうやらあんたの生徒より、俺たちネクスターより…薬を使ったあんたより、さらに上のヤツがいたようだぜ?」
完全回復した京介が立ちはだかる。
「…これでは神ではないか!?」
「さてな、今なら神になれって願ったらなっちまうんじゃねえかな?」
路利樹は絶句した。