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「黒髪の彼女」シリーズ

黒髪の彼女は「人生の山と谷」を考える

作者: 北郷 信羅

「『人生の山とか谷』って何だろうね?」

彼女は今日も唐突に言った。いつもそうだ。彼女はいつも唐突にものを言う。

「今日は議題から分からないんですが」

俺はいつものように椅子に深く腰掛けて、彼女と議論する体制をとった。

「『人生山あり谷あり』って言うでしょ?」

「ああ、その『山』と『谷』ですか」

取り敢えず山と谷の意味は分かった。

「でも、それが『何か』って」

「『山』って、どっちなのかな」

彼女は間髪入れずに言った。

「え?」

「『谷』は、どっちなのかな」

彼女は、独り言のような、俺に話しかけているような、その中間のような感じで話す。―――いつものことではあるが。

「良いか悪いか……ってことですか?」

俺の問いに、彼女は頷いた。

「この『山』と『谷』を数学的に見るなら、」

彼女は椅子から立ち上がって、傍にある小さな黒板の前に立った。

「人生を、ヒトの気持ちの高低で表してると思うの」

「ふうん」

一応相槌は打ってみたものの、俺は彼女が何を言っているのかイマイチ理解しきれていなかった。

「となると、人生の『山』は気持ちが高揚しているところになるわけだから、『良い』方になるよね」

彼女は黒板にxy座標軸を描き、x座標軸に『時間』、y座標軸に『気持ち』と書き込んだ。

「一方で『谷』は気持ちが落ち込んでいるところだから、『悪い』方になる」

「あぁ……そうかなるほど」

俺はグラフを見てようやく、彼女が何を言っているのか理解した。

「普通に見ると『山』の方が登るの大変そうだし、『悪い』方に見えますけど、グラフで見ると確かに『山』の方がいいですね」

「『普通』って何?」

彼女は俺の顔をじっと見た。

「え、いや……」

答えられない。

「確かに、君の考えも分かるよ。人生の道を実際の地形として見て、そこを歩く上での心理状態を追ったものだね」

彼女は黒板に、今度は山岳と渓谷を描いていく。彼女の描く絵は、なかなかに上手かった。陰影までつけている辺り、頻繁に絵を描いているのだろう。

「その考え方によれば、『山』は登らなきゃいけないわけだから、精神的に辛い。つまり『悪い』方」

「逆に『谷』は下りで楽だから『良い』方になるわけですね」

俺は少し面白くなってきて言った。彼女は頷く。

「それで、じゃあ、何でこっちが『普通』なのか」

彼女は俺を振り返って言う。彼女の長い黒髪がふわりと舞う。

「うーん……。俺は『山』って言われたら『山岳』をイメージするんですけど……」

俺は思ったままを口にしてみる。

「あ、そうだね」

彼女は軽く手を打ち合わせた。こういう時でも淡々とした声の調子は変わらない。

「多くの人にとっては実体を持たない概念的なグラフよりも自然物の方が身近なんだ。だから、身近な『山岳』や『渓谷』をイメージする」

「なるほど。確かに俺にとってグラフは、あんまり身近とは言えないですね」

俺は文学部に所属している。理系学部のようにグラフを見る機会はそうそうない。

「でしょう?つまり逆に言えば、理系学部にいる、普段からグラフを利用しているような人が『山』って聞けば、それは『良い』ものだって思うんじゃないかな?」

「うーん、確かに」

俺は反論できなかった。彼女は1つ1つ丁寧に検証する。そんな彼女の意見に、俺が口を挿める隙間など残っているはずもない。

「まあでも、『どっちが普通か』なんてことは、実際どうでもよくてね、」

彼女は再び椅子に腰掛け、

「『普通』を突き詰めてみたかっただけなんだよね」

自分のどうしようもない性格に自分で呆れているかのように肩を竦めて微笑んだ。

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