【第三章】 逃亡
「……来るっ!」
「え?」
一体何が、そう尋ねるより早く少女は動いた。
先程示した、大きな翼を広げるとベランダへと走った。
「アルマ、こっちっ」
促されるまま、アルマはベランダへと向かった。
と、同時に部屋のドアが勢いよく吹き飛ばされた。
「!」
ドアは木片と化し、炎に包まれながら宙を舞ったかと思うと、地に伏すより早く灰となって風の思うがままとなった。
開け放たれたドアからは、三人の男達が入ってくる。
金髪が二人、銀髪が一人。
「兄さん……」
少女は、半分悲鳴のような声を上げると、一歩後ずさった。
反射的にアルマの腕を掴む。
「リュウ……帰るぞ」
左目に傷を負った金髪の男が言った。
「イヤッ!」
「お前の我儘のせいで、一体何人の人間が犠牲になると思っているんだ?
その男だって、例外じゃないんだぞ」
他の男達も口々に言う。
「お前ごときに人ひとりの命を負うほどの価値があるっていうのか?」
「お前など、一兵器にずぎないだろう」
「リュウ……帰ろう?」
最後に銀髪の男が言った。
一番穏やかな口調だった。
少女、リュウが悩むには十分すぎる優しい声だった、が……
「いや、私は戻らない!」
少女は大きく翼を広げると、何事かを叫んだ。
彼女の周りが青白く輝いたかと思うと、たちまち翼から光線のようなものが発射され三人を襲った。
爆発音。
あちこちで火花が散り、激しく部屋中を破壊していく。
男達とアルマ達の間に煙幕が生じたのに乗じて、二人はベランダから飛び降りた。
――が、下にも二人ほど追手が居たようだ。
金髪の女と、背の高い灰色の眼をした男だ。
「一人だけ逃げられると思ったら大間違いよ、リュウ!」
女は銃のようなもの構えている。
「戻らないのなら、強硬手段だ」
灰の眼の男が言った瞬間、女が発砲した。
発射された弾はあちこちに無造作に飛んだかと思うと、物体にぶつかった瞬間爆発した。
「な、何なんだ?」
「アルマ、後で説明する。下がってて!」
少女は再び翼を広げた。
今度は、少女の体ではなく翼全体が光を帯びたかと思うと、すぐさまそれは鋼鉄化する。
次なる攻撃へ向けて女が銃器を構えた。
しかし、それよりも速く少女の攻撃は実行された。
鋼鉄化した翼から、刃物のような羽根が繰り出され、女の銃器に命中。
羽根は、銃器にささると、先程の女の銃弾のように爆発した。
銃器だけを見事に壊した、という点では幸いだったであろう。
自分の攻撃を取って返され、苦難の表情を浮かべる女の横で今度は灰の眼の男が動く。
男は拳を固めると、少女に突進。
攻撃の直後で、少女も安易に動けない状況だった。
反応が少し遅れる。
(やばい……!)
アルマは懐から、銃を取り出すと、男の腕を目掛けて発砲した。
「!」
銃弾が当たり、男の動きがやや鈍くなったところを、アルマは少女の腕を引き自分の方へと手繰り寄せた。
男の拳が鋼鉄化から戻った翼にかすり、嫌な音を立てて焦げついた。
ふらつく少女を抱きとめ、再び男の足に発砲。
割と近距離、男は低いうめき声を上げた。
少しは足止めになるだろう。
ついでに女の方にも威嚇で発砲しておいた。
「行くぞっ!」
「うん……」
とりあえず、少女の手をひいて二人のもとを走り去った。
宿から煙が立ちこめ、主人や他の客人達が騒いでいるが、気にしている余裕などほとんどない。
アルマの頭には、もうこの少女の手を引き、新しい隠れ場を探すことしかなかった。