【第二章】 アナタ、だぁれ?
木製の天井が見えた。
天国は見えないが、とりあえず体のあちこちが痛かった。
横目で、できるだけ部屋中を見渡してみると、汚かった。
さっきまできちんと整頓していた書類は散らばっている(しかも中には、くしゃくしゃになったり、やぶれていたりするものもある)し、木製の安っぽいテーブルは倒れ、しかも一
部、形が変わっている。
(弁償させられんのかな……これ)
と、のん気に考えていたかった。
それがアルマにとってもの精一杯の現実逃避だった。
が、いつまでもこうしてはいられない。その証拠に自分の腹の上に何かが乗っていた。
(さっき、なーんか見えたんだよなぁ)
普通じゃありえない。自分の目はもしかして、節穴なのか!? とまで思えてきた。
「…………よしっ!」
何に対しての掛け声なのか、アルマはそう呟くと思い切って身を起こした。そして……
――ゴンッ!――
「げっ……!」
腹の上から何かがすべり落ちた。
やっぱりそうか、と思いたいところだったが、誤算がここにはあった。
「お、おんなのこぉ……っ!?」
思わず叫んでしまい口を抑えつけた。しかも、眼を逸らしてしまってではないか。
(落ち着け……落ち着け、俺。第一なんでこんなところに、女の子が)
深呼吸を荒っぽくし、気持ちの整頓をすると、再び床へと目を向けた。
「……」
青みがかった銀色の髪。肩の辺りで切りそろえられているそれは、人間がもち得ないような美しさを放っていた。
まつ毛の色も、同じく色素が薄く、部屋の電灯の光を跳ね返して照り輝いている。
「……子供か? こいつ」
アルマはじっと少女の顔を覗き込んだ。少なく見積もっても、5,6歳は年下のようだ。
生地の薄い真っ白なワンピースのようなものを身にまとい、露出した体はそれに負けず真っ白であった。
「んっ……」
「!」
少女は眉根を寄せた後、うっすらと目を開けた。
それからはっと気がついたように、もともと大きかった目を更に大きく見開いた。
髪と同じく色素の薄い……それでいて輝くように眩しい瞳があらわになる。
むくりと、ゆっくり起き上がると、今度はアルマの顔を覗き込んだ。
きょとんとしたその表情のせいか、至近距離で見つめられたことからか、アルマの鼓動は仄かに加速した。
「えっと…………君、誰?」
いくら年下だといっても、この容姿はアルマの気を惹くに十分な美しさを持っていた。
ただし、アルマが口説くにしては、この少女の顔立ちはあまりに幼すぎている。
「名前……」
少女は、言葉の意味を理解しようと勤めているかのように、おうむ返した。
「……そう、名前」
「ない」
「はぁ!?」
「ないの……つけて」
せがむように、甘えるようなその表情に、アルマは戸惑う。質問に対する答も驚くべきものであったのだが、幼く可愛らしい顔を前にしてはそれどころではなくなった。
「えっと……じゃあ、どうして空から落っこちてきたんだ?」
「……逃げた。研究室から飛んだの」
「飛んだ?」
「うん、ほらっ」
少女が背中をアルマに見せた瞬間、そのきゃしゃな体から白い羽根が舞い上がり、それと同時に見事な翼が生えあがった。
「造ったの。造られたの……でも、実験とか薬とかやなこといっぱい。痛くて痛くて仕方がないの。だからヤになって、飛び出した……名前、あったけど忘れちゃった。それに、前の名前あんまり好きくないから別のが良い。つけて……」
「……っ」
そういえば、前に一度アルマは聞いたことがあった。どこかは知らないが、人工的に天使とかいうモノを造ろうとしている組織がいるということを……。
(噂は本当だったのか……)
アルマが黙っていると、少女は近距離のままアルマを見詰めてきた。
名前を決めるまで、その動作が続きそうだったので、とりあえずアルマは頷く。
「わかった……ちょっと待て。すぐには、思いつかねーから」
「うん。わかった、待つ。アナタ、だぁれ?」
「……アルマ。これでもジャーナリストな」
「アルマ……よろしくアルマ!」
そういうと、にっこりと少女は微笑みを浮かべた。
そのあまりの無防備さに、アルマの心も彼女に打ち解けようとする。
「……っ!」
のも束の間、少女は急に立ち上がると、今までにない険しい顔つきになった。
「くるっ……」