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フライ・フィッシャーズ  作者: カカオ
アイ・アム・クリステル
8/69

気迫というか希薄な存在になりたいです

 入社して間もない頃、滝川は新入社員歓迎会に出席した。

 出席といっても会社内にバーを完備しているので、歓迎会もそこで行われた。シェフが呼ばれ、豪華な料理と酒が次々と運ばれてくる。

 滝川は新入社員の洗礼を受けていたので、料理を味合うどころではなかったが。

 上司の酒を注ぎ、料理を運び、つまらない冗談を一億倍ぐらいおもしろく脳みそに暗示をかけて笑う。同期の子たちも同じようにくるくる動いていた。

 ――現実味ないねぇ……。

 それが滝川の感想だった。

 会社に洒落たバーがあってフランスだかイタリアだか知らないけどシェフを呼んじゃったりして、この不景気な世の中においてこんなに浮かれている会社は珍しい。全社員五十人と、規模は小さいが勢いに乗っていた。

 そんな環境のせいもあってか先輩や上司たちは『高い物はいいものだ』と連呼し、『借金はどんどんしよう』と吠え、阿呆みたいに高いブランド物のスーツに身を包んでいた。

 滝川が今身に着けている腕時計、それに尻ポケットに突っ込まれ無残な形に変形しつつある皮製の手帳は当時買ったものだ。時計はロレックスを中古で二十万、手帳は五万かかった。それでも会社の人たちが使っているものに比べたら安かったらしいけど。今考えるとなんて馬鹿馬鹿しい買い物をしたんだと思う。身の丈に合っていないというか、キャラにあっていないアイテムだなと滝川は思っている。

 会社内での新入社員歓迎会が終わると、自然な流れで二次会へと移行、するはずだった。滝川もそうだと思っていた。

 けれど、そう思っていなかった人がいた。滝川の同期たちだった。

「あ、すいません。時間も遅いんでお先失礼しまーす」「僕も」「私も」

 どんどん帰っていく同期たち、そしてついには滝川一人が残された。

 ――空気読めよぉ……。あたしだって帰りたいのにー……。

 滝川は唖然としつつ、その場に残って二次会に新入社員単独で出席した。

 洗礼は滝川一人に集中した。とくに当たりがきつかったのが直属の上司、福岡靖男だった。居酒屋へ移動する間も二次会が始まってからも、滝川は福岡になじられた。

「二次会が誰のためにあんのかわかってんのかよ?」

 ごもっともです。そして頭部をぴしゃりと叩かれた。痛いです。

「おめーらのためだろ? ああ?」

 仰るとおりです。そして頭部をぴしゃりと叩かれた。痛いです。恐いです。

 福岡は三十過ぎの妻子持ちらしい(こんな男がお父さんじゃなくてよかった)。ゴルフ焼けした黒い肌に体つきはゴーレムの如くがっちりしていて、滝川としてはできる限り接触したくない人柄の筆頭だった。

 が、彼女は完全にロックオンされてしまった。

 それからというもの、滝川は事あるごとに福岡に叱られ怒鳴られ罵られた。その間、なぜか同期の人間は一人二人と会社から去っていった。

 ――なんだよー。お前らいったい何が不満なんだよー。あたしが全部不満受け止めてる感じじゃんかよー……。

 ある日、福岡はこんなことを言っていた。

「なあ滝川、こんなこと言いたかないけどよー」

 じゃあ言わなけりゃいい。

「お前、覇気がねーよ。覇気が。辞めてった奴等もそうだ。競争して年収ガンガン上げてくには周りのヤツを潰すぐらいの気迫が欲しいわけよ。切磋琢磨ってやつ?」

 ――覇気がなくてすみません。吐き気ならあります。気迫というか希薄な存在になりたいです。

 もちろん思っても言わなかった。

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