新はわけもわからずその時計を買った
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滝川とクノイチがアフロ兄弟と一戦交えている頃、新は商店街の中をふらふらと彷徨っていた。何も考えないで歩いているつもりなのに、新の目は魚屋や八百屋の軒先に陳列された品々を一瞥し、今夜の晩ご飯の献立を考えてしまう。
――こういうのを、職業病っていうのかなぁ。
職業病を克服するべく本屋を覗いたりレンタルビデオ屋で新作をチェックしているうちに一時半になる。残りあと九十分。新は歩き続ける。その方向は、今日子の家からはどんどん離れている。
途中、商店街の中の古道具屋『近堂』の前で、主のおばあさんが掃き掃除をしているところに出くわした。おばあさんは箒でさわさわと地面を撫でているだけで、掃除をしているというよりは、『掃除をしているおばあさん』という町の景観の一つとして機能しているように見えなくもない。
「新ちゃん新ちゃん」
おばあさんは挨拶も抜きにちょいちょいと手招きしてくる。ニヤリと不敵な笑みをたたえて、夜の街の客引きめいた趣である。よくこんなふうに新を店に引き込んではオススメの品を押し付けてくる。どうやら今日も何かオススメの品があるようだ。
「ごめん近堂さん、僕ちょっといそがし……」
「いいからいいからー、ちょっと来なさいな」
おばあさんは新の手を取り、店内へ引っ張る。あるんだかないんだかわからないぐらい弱々しい力なので、振りほどこうと思えば余裕でできるわけだが、新はぼんやりとおばあさんの後姿、つむじ辺りを眺めている。
――そういえば近堂さんと紀伊介さんって幼馴染なんだっけ。前に紀伊介さんがそんなこと話してたなぁ。幼馴染……僕と今日子みたいだ……。
頭の中に浮かぶ今日子が、新に背中を向けてどこかへ行こうとする。『待って!』と声をかけようとして、その背中が今日子ではなくおばあさんであることに気付き、伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
――あー何やってんだーぼーくーはー。
おばあさんは新にオススメの品があると言って、陳列されている品の中から達磨、の隣の時計を示す。
「どーじゃこの一品! ロリックスっちゅうブランド品じゃ。ナウなヤングにアゲアゲじゃぞ。女モノだから今日子ちゃんにやるべーよ」
死語と流行語を意味不明にまぜこぜに発するおばあさん。「ほれほれー、プレゼントの一つでもあげんことにゃー男度もあがらんぞい」
「はぁ」
半ば無理やり押し付けられるように、新はわけもわからずその時計を買った。三千円だった。財布の中にあったお金のほとんどを使ってしまったが、そんなことはもうどうでもよかった。
新はふと、店内の骨董品の域に達したような柱時計を見やる。時計の針は丁度二時を回ったところだった。
残り時間、あと一時間。




