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フライ・フィッシャーズ  作者: カカオ
アイ・アム・クリステル
6/69

とりあえず今日も生きてるみたいねー

 ――おはよー、あたし。

 滝川はむくりと起き上がり、徘徊老人のようによたよた歩いて部屋のドアを開ける。ドアを開けてすぐのところに、盆に載った朝食が置いてあった。

 これはこの民宿のよく言えば特徴、悪く言えば雑な仕事である。二食付きではあるが、食事はこのように廊下の床に置かれる。客の扱いがまるで引き篭もりである。

 滝川は食事を平らげ盆はそのまま机の上に置いておく。本当は一階のダイニングにある流しまで運ばなくてはならないのだが、どうせ新が掃除しに来たときにでも適当に片付けてくれるのだ。

 顔を洗い寝癖を直し、ジーンズとTシャツに着替えて準備完了。――化粧? しねーよ。

 会社員時代には考えられない身軽な装備である。

 と、ドアがノックされ「滝川さーん」と新が呼ぶ。もちろん無視した。呼び方がなっちゃいない。滝川はドアの前にスタンバって新が正しく自分を呼称するのを待つ。

「……クリステルさん」

 若干の躊躇が感じられたがまあ合格にしてやろうと、滝川はドアを開ける。

「よー、青少年」

 せっかく合格にしてやったのに、新はあまり元気じゃなさそうだった。――若いのにいかんねー。

 掃除だなんだと新がうるさく言うので、滝川は仕方なく財布と携帯をジーンズのポケットに突っ込み腕時計をはめる。――おっといけねー、手帳も持っていかねば。

 手帳はちょっとサイズが大きくかさばったが、無理やり尻ポケットにねじこむ。ついでに新を自分なりに励ましてから一階に降りる。

 一階には春日井弥生がソファに座って文庫本を読んでいた。本を読む眼差しは非常に鋭く、いつもの上品な雰囲気とは違った。

 ――そんなに面白い本読んでんの?

 滝川の視線に気付いたのか、春日井はビクッとし、なんとも奇妙な笑みを浮かべ会釈した。滝川も僅かに首を曲げただけの会釈を返しておいた。それからプラプラと玄関から外に出た。

 ウッドデッキのテーブル席で、主の紀伊介がぼんやりと煙草を吸っている。

「おはー、ジジイ。とりあえず今日も生きてるみたいねー」

 滝川がけしからん挨拶をすると、紀伊介が何やらおいでおいでと手招きしてくる。白髪のロン毛をポニーテールにしてごついサングラスをかけた佇まいも手伝って、その挙動は不審極まりない。

 でも滝川はまったく意に返さず平然と近づき、向かい側の席に腰を下ろした。

 紀伊介は煙草を勧める。滝川は遠慮なく一本もらって吸った。二本吸った。結局三本灰にした。

「ここは気に入ったか?」

 紀伊介が訊いてきた。

「うん、まあね。ただ隣のガキがあたしに対して敬意がなさ過ぎるのが不満といえば不満だね」

 隣のガキとは久野一太――クノイチのことだ。

「あのガキに敬意を求めるんぞ愚の骨頂。むしろ目線を合わせて遊ぶほうがいいぞい。まあ、あんたはそんなこと意識せんでも目線は同じだがな」

「なんだとぅ」

「反応があのガキと全く同じじゃ」

「……」

「まあ、あのガキはガキで色々と思ってることがある。あんたみたいな姉代わりがいると助かる。新は学校や受験勉強があるからのう」

「あたしだって――」

「あんたはなんもなかろうが」

「ジジイ、なかなかキツイことズバズバ言うねー……」

 ふと民宿の中から視線を感じ、滝川は振り向く。けれど誰も自分を見ていなかった。窓からリビングの様子が窺えるが、ソファに座って読書中の春日井弥生の後頭部が見えるだけだった。

 ――おっかしいなぁ、たしかに見られてる気がしたのに。

「あ、そうだジジイ。この辺にリサイクルショップってない?」

「リサイクルショップ? 古道具屋ならあるぞい」

「そこって買い取りやってんの?」

「やっとるやっとる」

「オーケーオーケー」

「む、もしや金がねえとか言うんじゃなかろうな。宿賃は払ってくれねえと困るぞ」

「ちげーよクソジジイ。生きたまま火葬場に放り込むぞ。そうじゃなくて、不用品があんだけど捨てるのは勿体無いから売っちまおうかなーって思ってさ」

「だったらワシによこせ」

「だったら金よこせ。そしたらくれてやんよ」

 酷い会話だがご了承していただけると幸いである。なにせこの二人の会話は、今ではすっかりこれがデフォルトになってしまったのだ。

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