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フライ・フィッシャーズ  作者: カカオ
恋のぼり
59/69

喧嘩なんか小学生ぶりだわ……

      *


 ――だー疲れるよー。赤い彗星号、もう絶命寸前かしらん。

 滝川はペダルを踏み込むたびに軋み音をがなり立てるマイバイセコーの余命を思う。後輪からは原因不明のカランカランという効果音、ハンドルは錆をフルコーティングさせているせいかカーブの際回すのに力がいる。塗装の赤も剥げていたり色褪せていたりとその老体を誇示せんばかりである。

 せっせと自転車をこいでいると、後ろからクノイチが声を上げた。

「クリスタル姉、あれっ、あれ見てよ!」

「だーっ服を引っ張るなっ! つーかなんで咄嗟にブラのヒモをダイレクトに引っ張れるんだおめー! ホックが外れちまうだろが! その技は将来もっと大事な場面で使え! それとあたしのことはクリステルと呼び……って、おお?」

 海岸へ続く階段のところで、何やら揉めごとが勃発している。それも知り合いとお巡りさんの。アフロ頭の変なヤツのことは随分前からその存在を視認していたが。

 お巡りさんは春日井の腕を掴んで強引に立たせようとしている模様。そのすぐ近くでアフロ頭の二人が「ちーじょっちーじょっ」と連呼している。その様子を通行人たちが野次馬化して遠巻きに観察している。

「なーにやっちゃったのかな、春日井ちゃん」

「えっ? 春日井ちゃん、なんか犯罪しちゃったの!? 死刑!?」

「かもしれん」

「うひゃあ」

 冗談はともかく、こりゃいったいどーしたことなんだ、と思って接近すると、春日井が叫んだ。

「新くーん! 今日子ちゃんのところに行きなさい! 海に、海に縛られないで!」    

 ――おいおい、新のやつ、まだ今日子ちゃんのとこに行ってなかったのかよー。

 見ればかなり遠くだが新らしき人間が砂浜をとぼとぼ歩いている。――なんかしけた背中だねぇ。とりあえず春日井ちゃんのとこに行ってみよっと。

 滝川は進路を春日井たちのほうへ向ける。

「春日井ちゃーんっ」

 クノイチが後ろで大きく手を振って声をあげる。その声に春日井、それにお巡りさんとアフロ頭の二人もこっちに首を向ける。

「クリステルさん! それに一太くんも!」

 春日井はほとんど叫び声みたいな甲高い声音で驚く。その目の輝きにパッと明るいものが灯ったのを、滝川は見逃さなかった。――こりゃあ助けてくれってことなのかなぁ。事情はまーったくわからんけど。

 滝川はよくわからないまま好奇心だけに背中を押されて現場に到着、赤い彗星号のぎゅぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃというブレーキ音が周囲の人間の鼓膜に激烈な刺激を与える。みんな迷惑そうに耳を押さえている。

「あークノイチじゃん」「じゃん」

 アフロ兄弟はクノイチを見てニヤニヤと笑う。

「お? なんだ、クノイチの友達だったのか」

「う、うん……」

 クノイチの様子がおかしいことに気付いた滝川。――友達じゃねえなこりゃ。

「よークノイチ。さっきの手帳はどーした? 捨てちまったか」「捨てちまったか?」

「まー破れちまったもんはしゃーねえよ。俺もわざとやったんじゃ……なーんて、わざとなんだけどな!」「な!」

「……」

 滝川は思わずクノイチのほうを見やるが、となりに突っ立っている弟分はカカシにでも転職したかのように動かない。顔を俯かせ、黙秘する容疑者のように沈黙している。

「クノイチ、今のは本当なの?」

「……」

「クノイチ!」

「………………………………………………………………うん」

 長い間を空けて、クノイチは小さく首肯する。

 その首の縦振りを確認し、滝川は手帳のページが扇風機の風で舞い上がったときのクノイチを思い出す。申し訳無さそうな、それでいて……悔しそうな、顔。見つからず、隠しておきたかった、そんな、顔。

 ――あっはー。やってくれますわねこの野郎!

 可愛さを混合させて心の罵声の中和を試みる滝川だが上手くいかない。――そりゃーすまなそうな顔するわけだよまったく……アッハッハ……売られた喧嘩は返してあげますわよ覚悟しやがりなさいくそったれアフロさん!

 可愛さに上品さも加えるも全く効果なくキャラ崩壊が窺える滝川。――まずはこのアフロどもを叩きのめさんといけないわねざます! 新のことはそれからだわねっちゃ!

「あのね、クリステルさん、実は新くんが――」

「黙って春日井ちゃん」

 春日井の言葉を滝川は封じる。「これはあたしとクノイチ、それにそこの阿呆アフロどもとの戦いなんだ」

「えっとね、アフロとかのことはよくわからないんだけど……そのー……新くんがね……」

「新のことも大体わかってる。あいつのブログ見たから」

「えっ!?」

 春日井は仰け反るように仰天している。

「大丈夫、時間には間に合わせるぜい」

「クリスタル姉、赤い彗星号もあいつらが傷つけたんだよ」

 クノイチが滝川を煽る。実際はクノイチが赤い彗星号を盾にしたり特攻に使用したからああなったのだが。

「なんですと? そしてあたしのことはクリステルとお呼び!」

 ――あっはー、どおりで絶命寸前ですこと!

 ぱんぱんと右手の拳を左の手の平に打ちつける。ぱんぱんっ。

「ちょ、ちょっと君……」

 お巡りさんが滝川が発する不穏な空気を読み取り、動こうとする。が。

「おーまわりさんっ」

 春日井がお巡りさんを呼び止める。猫なで声で。

「あーそうだった。あなたも、ちょっと署までご同行……」

 胸を張る春日井。「ちょーっとあっち行かない? 楽しいこと、したくない?」さらに胸を張る。警官の顔が男に、下種になった。田中は鼻の下を伸ばしきってでろんでろんになった警察官の手を引いてその場から離れる。

「……すげーな春日井ちゃん。リアル痴女なんて初めて見たわ」

「チジョ?」

 クノイチが首を捻る。

「クノイチも痴女には気をつけるんだぞ」

「よくわかんないけどわかったぜい!」

「おうおう。……さて」

 滝川はアフロ頭二人と対峙する。

「なんだぁ? まさかお姉ちゃん、俺らと戦っちゃうのか?」

「っちゃうのか?」

 アフロ兄弟が警戒態勢に移行、滝川とクノイチに向けて鋭い視線を放つ。

「……にゅっふっふ、そ、そのまさかですことよだぜ」

 滝川がその視線に若干たじろいだのはここだけの秘密だ。 

 クノイチと友達ということは同学年だろうか。その割にアフロ兄弟は身長が高いし顔つきも大人びている。体格もがっしりしていて、地元っ子だからか肌の色もたくましく黒く焼けている。中学生でも十分通用する。つまり……。

 ――強そうだなー……。つーか喧嘩なんか小学生ぶりだわ……。勝てっかなぁ。

 不安を振り払うように、滝川は叫ぶ。

「っしゃー、かかってこいやー」

 

 その瞬間、時刻は一時を回る。

 残り時間は二時間を切った。

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