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フライ・フィッシャーズ  作者: カカオ
恋のぼり
55/69

滝川は苦笑する

       *


 ――なんつーか、あたしって何気に押しに弱いなぁ。

 滝川は苦笑する。出会ったばかりの頃の元彼、成川のことを思い出したのだ。――あいつの押しもぱなかったよなー。なんでメアド交換した直後にデートに誘えるかねぇ。

「クリスタル姉っ、何ぼーっとしてんだよ。手帳手帳!」

「あーはいはい。それとあたしのことはクリステルと呼びな」

 滝川は駄々をこねるクノイチをなだめる。

 手帳の中身が欲しい欲しいと連呼するクノイチに負けた滝川は、渋々町へ買いにいくことにしたのだ。 

 財布の中を確認する。まだまだ余裕はあるが、このままの生活を続けていたら当たり前だが貯蓄はぎゃりぎゃりと削れていく。――うーん、軽くバイトでもしたほうがいいかな。あ、ここバイト募集してたりしないかな。ジジイと一緒に一日中煙草吸ってりゃあいいわけだし。おおっと、思わぬところで天職発見かぁ!?

 よからぬことを画策しつつ、クノイチの部屋を出て階段を降りる。リビングには誰もいない。ダイニングを窺ってみるも、やはり誰もいない。――おお?

 リビングの窓から表のウッドデッキを見てみる。紀伊介がいつも座るテーブル席には灰皿が身代わりですと示されているような具合だ。

「って、従業員誰もいねー」

「いねーいねーいねー」

 クノイチが滝川の声に山彦効果を加える。

「どうしよ。あたしら留守番したほうがいいのかな。だーれもいないし鍵なんか持ってないから超オープン状態だし」

「ええぇぇぇ」

「泥棒入ったらどーするよ?」

「もしクリスタル姉が泥棒だったらここ狙う?」

「真っ先に選択肢から外す。つーか選択肢に浮かび上がらねーあたしのことはクリステルと呼びなー」

 そこで二人は「だははははは」と爆笑する。けれどさすがに無人駅のように開けっ放しにしておくのもまずいという大人の判断がかろうじて滝川にはできた。民宿の中を再捜索する。

「そーいやさー、新とジジイの部屋もあんでしょ? そこにいるんじゃないの?」

「あるある。二人とも一階に部屋持ってるよ。でも新ニーチャンはおれのこと部屋に入れてくんないんだ。なんでだろ?」

「そりゃークノイチお前ゲヘヘヘヘ」

「なんだよなんだよ。クリスタル姉何か知ってんの?」

「イヤイヤアタシハナニモシラナイヨ! アタシノコトハクリステルトヨビナ!」

「口癖まで棒読みかよー。超嘘くせー」

「まあクノイチも高校生、いや中学生、いやいや下手したらもっと近未来にわかるときがきっとくるぜい!」

「絶対だなー!?」

「あたしを信じろ!」

「ふおー!」

 ぎゃーぎゃーと阿呆なやり取りを交わしつつ、一階の廊下を移動、紀伊介の部屋を覗いてみる。が誰もいない。やたらと本が多い部屋だなーというのが滝川の感想だった。

 続いて問題の? 新の部屋である。

「新ニーチャンの部屋……どきどき」

 クノイチが心拍音を再現する。かなり速い鼓動である。「きっとすげー部屋なんだよ。ナンパの攻略テクが載った本でもあんのかも!」

 むしろナンパ攻略後のアレコレが載った本であろうことは想像に難くない。滝川はニヤニヤとほそくえむ。――まあこりゃあ不可抗力だししょうがないよねゲヘヘヘ。どうせ机の一番下のでかい引き出しかベッドの下にでもあんだろうゲヘヘヘ。発掘しちゃるぜゲヘヘヘ。どんな趣味してんのかなゲヘヘヘ。取り込み中だったらどうしよゲヘヘヘ。

 本来の目的が完全に消失している。

 そして新の部屋のドアをなぜか普通に開けずに蹴破る滝川。「ふりーずぅぅ!」

 誰もいなかった。

「なーんだ、誰もいねー」

「……フツーの部屋だ」

「そりゃフツーだ。ぱっと見は、ネ!」

「え、え? 何か秘密があるのこの部屋!? あ、わかった! 仕掛けだろ!? バイオハザードみたいなさ!」

「男子高校生の部屋は仕掛けがいっぱいなのだ!」

「おお!」

 それはさておき、この部屋にも誰もいない以上、留守番しかないかなと滝川は考える。――クノイチには新の部屋発掘で我慢してもらうか。

 見ればクノイチはベッドの布団の中にもぐりこんで隠された仕掛けを捜している。――そこじゃないんだなー。さてはて、あたしはこの無防備なつけっぱノーパソをいじらせてもらうかグヘヘヘ。

 机の上でスクリーンセーバーを垂れ流すノートパソコン、それに接続されているマウスをひょいと動かし、画面を戻す。ブラウザ画面が姿を現す。

 ――あー、そういや最近ネット見てなかったなー。ネットしたくなったら今度からここに来るか……って、おお? これは……。

 ブラウザに表示されているブログの文章をなんとはなしに目で追っていると『クリステルさん』という固有名詞を見つける。

『クリステルさんは黙っていると可愛いんだけど、喋りだすとキャラ崩壊(笑)』

 ――何を書いているのかにゃこの野郎。

 可愛らしさの向上を図るも即崩壊する。――つーかなになに? もしかしてこれって新のブログ? うおーエロ本探すよかおもしれー!

 滝川はそのブログを読み進める。後ろではクノイチが枕の下を捜している。惜しい。

 ――……あのー、あたし、これ読んじゃってよかったのかなアハハハ……。

 ようやく大人の自覚が芽生えた滝川花子二十四歳である。

「クノイチ、町行くよ。手帳の中身買いに行くんだろ?」

「おお? あっ、そーだったそーだった!」

「ほいほい、じゃあこんなくせー部屋にはおさらばして、とっとと行こうぜい」

「う、うん……ちょっと気になるけど……」

「キニシナーイキニシナーイ」

 滝川はクノイチの背中を押して玄関でサンダルを履いて外に出る。うだるような暑さが襲い掛かる。「うげーあちー」

「クリスタル姉、民宿あけっぱだけどいいの?」

「キニシナーイキニシナーイ、アタシノコトハクリステールトヨビナ」

「おお、クリステール姉」

「なんでそれはまともにリピートする」

 ――ま、とにかく……あけっぱでも大丈夫でしょ。これ以上新の部屋にいるのも悪いしね。

「ちったー気にしろい」

「ふお!?」

 後ろからいきなり後期高齢者のしわがれた声がして驚く滝川。「なんだジジイかよ! 妖怪かと思っただろうが!」

「こんなじぇんとるめんを妖怪と一緒にするでないクリステン」

「うるせー末期高齢者。いったいどこにいたんだよまったく。そしてあたしのことはクリステルと呼びな」

「じゃっはっは。屋根裏部屋じゃ」

「はーん。で、それ何?」

 滝川は紀伊介が抱えているものを指差す。折りたたまれているが、広げたら相当な大きさになりそうである。

「こいのぼりじゃ」

「こいのぼり? ジジイ、今日は六月二十六日だぜい?」

 クノイチが得意げに言う。

「そんなことわかっとるわい。飾りたいから飾る。それだけじゃ」

「ふーん、ならいいけど。あたしはまたいよいよ脳みそが要介護になっちゃったかと思ったよ」

「まだまだ現役じゃぞー。新のベッドの下のもんにも世話になっとるぐらいじゃ」

「胸張って言ってんじゃねえ!」

「え? なになに? 新ニーチャンのベッドの下!?」

「キニシナーイキニシナーイ」

「キニシナーイキニシナーイ」    

 声を揃えて棒読み口調の滝川と紀伊介であった。


「あたしパイロットな」

「んじゃあおれライバル機のパイロット」

 そしてライバル同士設定の二人は赤い彗星号に同乗する。滝川が前、クノイチが荷台にまたがる。会話がかみ合っていないことも気にせず「行きまーす!」

 滝川は町へ向けてペダルをこぎ始める。

 みんなの元気を少しずつ集めて作ったような太陽が空に浮かんでいるのを、滝川は目を細めて見やり、ふと思う。

 ――新のやつ、今日子ちゃんって子のとこに行ったのかな。

「クリスタル姉、おれ腹減ったーよ」

「あ? 腹ぁ? あたしのことはクリステルと呼びな」

 訂正しつつ滝川は腕時計を見よう、として売っぱらったことを思い出し、ジーンズのポケットから携帯を取り出す。「十二時半かぁ。しゃあない、まず何か食いに行くかー。クノイチ、何か食べたいもんあるー?」

「すしー」

「死すー」

 財布死す、と言いたいらしい。


 新に残された時間、あと二時間半。

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