海と痛車と泣き虫男を見ながら
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新はコンビニから出る。手にはおにぎりとお茶の500ミリペットボトルが入った袋を持っている。場所は昨日、今日子とばったり会ったコンビニである。コンビニの前には搬入のトラックがずっと停まり、ドライバーらしきおじさんが運転席で夢の中を浮遊している。
三時間ほど前までは、海岸へ続く階段に腰を下ろし、海をじっと見ていた。こんがらがった糸がほどけていくように、気分が落ち着いてきた。
けれど、それからずっと海を見ていると、海から腕が伸びてきてそれが自分にぐるぐる巻きになるようなイメージが新たを襲った。海を見ていてそんなことが頭に浮かんだのは初めてだった。気分が悪くなった新は、コンビニに駆け込んで、ずっと今まで雑誌を立ち読みしていた。漫画雑誌を読んでいないものも含め置いてあるもの全紙読んでしまった。話が途中からのものばかりで何がなんだかわからなかった。店員さんの怪しむような視線も痛かった。――まあ無理ないけどね。何せ三時間も立ち読みしてたわけだし……。
新は溜息をつき、空を仰ぐ。
二ヶ月ばかり早いと思われる空が頭上に展開している。雲は掃除機で吸い込んでしまったのか、ひとかけらもない。遮るものがないから、太陽光線は容赦なく新を照射してくる。――あちぃ。アイスも買っておけばよかったかなぁ。
新は背後のコンビニを振り返るが、面倒だったのでやめた。本当は財布の中身に一抹の不安があったからだが。
目の前の国道を渡り、砂浜へと続く階段に舞い戻ってきた。
腰を下ろして海を見やる。睨みつける。あの腕がまた出てくるかと身構えるが、海面はゆらゆらと太陽の光を反射しながらたゆっているだけだった。――阿呆らしい。ありゃあ白昼夢だよ。きっと。
新は袋からペットボトルを出してごきゅごきゅと喉にお茶を流し込む。
ふと、耳に波の音と車の走行音以外の音が入ってくる。――泣き声?
音の出所らしき方向に首を捻ると、そこには県営の駐車場があり、一際奇妙な柄の車のボンネットに突っ伏して、一人の男が泣いている。突っ伏しているせいで顔が見えないが、たぶん若い。二十代前半ぐらい、滝川ぐらいの年齢かなと新は当たりをつける。ボンネットに直接額をつけているようだが、熱くないのだろうか。
――うわぁ痛車ってやつだっ。初めて見たっ。ていうかあれって本当に走ってるんだなぁ。
少し気がまぎれ、食欲がわいてきた。痛車と男に感謝だ。
新は海と痛車と泣き虫男を見ながら、おにぎりの封を破る。
左腕に巻いた腕時計が視界に入る。十二時十五分を示している。
午後三時まで、あと二時間四十五分。