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フライ・フィッシャーズ  作者: カカオ
恋のぼり
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明日の十五時までに答を示して

 その日の夜、新は夕食の片づけを終えて一息ついている。今日子お手製の英単語カードをめくり「なんだっけコレ、ああ……」なんてふうに一定間隔で溜息をついている。頭の中では今日子の言葉が未だに反響している。


 駄目。もう待てない。十五時までに決められなかったから……別れよ


 そう。新はこれまで進路の話題を避けてきた。東京に行きたい今日子の気持ちをわかっていて。待てないって言われても仕方がない。

 新は単語カードをパタリと閉じる。頭をかきむしってみるが、妙案は出ずフケがパラパラ落ちただけだった。

 

 明日の十五時までに答を示して。私と東京を選ぶか、紀伊介おじいちゃんと民宿を選ぶか


 今日子と東京。

 紀伊介さんと民宿。

 ――どっちか選べって言われても……。今日子か紀伊介さん……紀伊介さん。

 新は夢遊病者のようにふらりと立ち上がり、そのまま地上三センチを浮遊するように移動、紀伊介の部屋の前で停止する。

「紀伊介さん、入るよ」

「おーう」

 紀伊介の間延びした声がしたので、ドアを開けると、紀伊介は座椅子に座って読書中だった。辞書のように分厚い本だ。タイトルは背表紙が日焼けしすぎていて判別できない。

 この民宿で唯一の和室であるこの部屋を、新は『紀伊介さんの巣』と密かに呼んでいる。天井まで届く本棚に囲まれどの棚も隙間なくぎっしりと本で埋まっている。紀伊介は夜な夜なそこで本の虫と化している。

 古い本独特のにおいが新の鼻をくすぐる。

「なんじゃい」

 紀伊介は本のページに視線をやったまま反応する。

「いや、あのさ……」言おうとするが言いにくい。とりあえず遠まわしに攻めてみることにする。「僕がいないと、やっぱりアレだよね」

「どれじゃ」

 遠まわしすぎたらしい。

「あーっと……困る、よね」

 困る。

 そう言われると思った。

 しかし、紀伊介の答えは予想していたものとは違った。

「――んや」

「えっ……」

「困らん」

「困らないの?」

「困らん。まーったく、困らん」

 紀伊介は本のページを繰る。表情はほとんど無表情で、ページから目を離さない。

 ――ああ、そういうこと、か。

 新は気付く。

 自分が紀伊介に必要とされることを期待していたことに。なんだかんだ言って、新はこの民宿にいるための理由が欲しかったのだ。そうすれば、仮に今日子を選択しなかったとしても「紀伊介さんが困るから」という言い訳が成り立つ。そうなったら今日子だって、別れようなんて言い出さないかも、しれ、ない――それもないか。ていうか、そんなこと期待してたのか……僕は……せこいなぁ。

「で、それがどうしたんじゃ?」

 紀伊介の声で、新はハッと我にかえる。

「あ、いや、ええと……ごめん、そんだけ!」

 新は慌てて紀伊介の部屋を出て、自分の部屋に戻り、ベッドへダイビング。埃と情けなさが舞い乱れる。

 ――ああああぁぁぁぁ~っ! 最悪だよぉぉぉぉ……。僕ってこんなに浅ましい性格してたの?

 頭を抱え、足をじたばたさせる。枕に拳をぼふぼふと叩き込んで当り散らすが、最悪な気分までは砕け散らない。もう自分にどんな選択肢があるのかもよくわからない。

 竜巻が蹂躙する脳内を整理すべく、新はノートパソコンに某検索サイトのマップ機能で東京の場所を調べる。遠かった。余計混乱した。

 逃げるようにマップから自分のブログに移動し、新しい記事を綴る。


『東京って遠いなぁ……。いや、わかってたけどね(苦笑)

 でもなんて言うんだろ。遠いっていうのは距離的なものだけじゃないような気もするんだ。小学校の四年までは住んでたのに、今は全然知らない土地みたいに思えるから。

 東京に……行きたい。

 たしかに僕はここに引っ越してきたばかりの頃から中学生のときまではよくそう考えていた。高校生になって今日子が東京の大学に行きたいと聞いたときは嬉しかった。今日子と一緒に東京を歩く自分やオススメの場所を案内する自分を想像してたよ。連れて行きたいとこ、たくさんあるしさ。

 けど……今は。

 今日子は明日行ってしまう。

 僕が明日の午後三時までに今日子の家に行かないと……でも……。

 どーすりゃいいんだ?』


 事実確認をした挙句自分に向けて問題提起をしただけの記事が出来上がってしまった。内輪の中の内輪な内容に、書いた本人も辟易としているほどである。もし初めてこのブログをおとずれた人が今日の記事を読んだら、何がなんやらわからずお気に入りに登録しているあんなサイトやこんなサイトに飛んでしまうことだろう。

 新は再びベッドにダイビングし、枕に頭をめり込ませた。

 そして、うにゃうにゃ悩んでいるうちに、そのまま朝になってしまった。

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