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フライ・フィッシャーズ  作者: カカオ
恋のぼり
50/69

でも、気持ちはもう東京から帰ってこないと思うよ

 ――あー、やっぱり今日子と一緒だといいなぁ。

 横目で今日子を一瞥する。今日子は麦藁帽子を胸に抱き、今は頭を晒している。風が吹いて今日子の長い黒髪がフワッと舞い、なんだかよくわからないけど良い匂いが香ってくる。シャンプー?

 浜辺では別のカップルがフリスビーに興じている。彼氏が投げたフリスビーを、彼女が恐がりながらもキャッチ。たぶん、彼氏が手加減しているのだろう。

「今朝、うちの近くにいたよね」

 新は口を開く。

「あ、見られてたんだー。声かけてくれればいいのにー」

「ごめん、お客さんの部屋を掃除してたからさ」

「お客さん、か」

「……」

 地球の重力が十倍になったかのような重い沈黙が降りる。ふとした会話の中に地雷があることに、新は心のヒットポイントを削られる。――前はもっと気楽に話してなかったっけ……。もっと、思いつく言葉をぽんぽん放ってなかったっけ……。

「ねえ、新。わたしね、明日、東京に行くの」

 今日子が思い出したような口ぶりでぽつりと呟く。その小さく細い声音が、新を突き刺す。新の心に大ダメージ。

「えっ、なんで!?」

「従姉が今大学二年で一人暮らししてるんだ。前から遊びに来なよって言われてて。行きたい大学のオープンキャンパスもあるみたいだし、丁度いいかなって」

「そ、そうなんだ」

 ――そりゃそうだよね。高校三年の六月に転校なんてあるわけないよなぁ。いやぁ焦った焦った。あっはっは。

「私、帰ってこないかもよ」

 ――なんてこったい!

「えー! 高校はどうするの!?」

「冗談だよ」

「な、なんだ。驚かさないでよ」

「でも、気持ちはもう東京から帰ってこないと思うよ」

「……」

 またも重い沈黙が投下される。目の前には海、青空、潮風と、恋人たちを引き立てる条件は揃っているというのに、新と今日子の間に流れる空気はヒマラヤ登頂を目指す山岳隊のベースキャンプばりに寒く険しい。

「新」

「……なに?」

 新は今日子のほうを向かずに返事を返す。右頬に、今日子の視線がぶつかるのが感覚でわかる。

「明日の十五時までに答を示して。私と東京を選ぶか、紀伊介おじいちゃんと民宿を選ぶか」

「そ、そんな急に決められないよっ。もう少し時間を――」

「駄目。もう待てない。十五時までに決められなかったから……別れよ」

「わ……わ……わか……れ」

「明日の十五時にわたしの家に来て。もし新が来なかったら、わたしは東京に行くから」

 今日子は立ち上がり、お尻を軽くはたいて麦藁帽子をかぶる。階段を上がり始め、立ち止まる。「じゃあ」

 今日子が鳴らすサンダルのカツカツという音が遠ざかっていく。

 残された新は、しばらくそこで潮風を受けていた。心のヒットポイントは瀕死の状態だ。

 浜辺でフリスビーを楽しんでいたカップルは、いつの間にかいなくなっていた。

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