すっぱいよ! しょっぱいよ!
新の部屋は一階にある。
部屋の作り自体は客室と同じだった。板の間で、ベッドと机があり、収納スペースとしてささやかなクローゼットが構えている。違うところがあるとすれば、机のすぐ横にカラーボックスが二つ置いてあり、CDと本が収納してあることぐらいか。
「片付いた部屋ですね」
「エロ本はベッドの下じゃよ」
「ソーデスカ」
棒読み口調で返答したところで、室内の調査を子細に開始する。――って、これに目がいかなかったらこの職業でやっていけないわね。
田中は机の上のノートパソコンに目をつける。起動しっぱなしで、画面ではスクリーンセーバーが流れている。こいのぼりの写真が次々と流れている。どうやら写真のプレビューをスクリーンセーバーにしているらしい。
「このこいのぼりの写真は?」
田中は紀伊介に訊く。
「んんぅ? あー、そりゃあうちのこいのぼりじゃよ。毎年四月二十九日からこどもの日までデデーンと表に出すんじゃ」
「ふむ」
――スクリーンセーバーに設定するぐらいだから、きっと気に入ってるのね。でも今回の失踪にはあまり関係なさそう。
マウスを動かして元の画面に戻す。デスクトップの壁紙もこいのぼりの写真だった。これには田中も首を捻る。――こいのぼり……やっぱり一応覚えておこう。
ブラウザを立ち上げる。お気に入りをチェックしてみると、ブログがいくつか登録されているのが散見された。しらみつぶしに見ていく。芸能人のブログもあれば作家のブログもある。――趣味は広く浅くといったところかしら。いまいち掴めない子ね、新くん……あら。
『シン』というハンドルネームの日記ブログに行き着いた。個人のブログのブックマークはそれしかない。
田中はブログから管理画面に行くべく、パスワードの入力画面でaからアルファベット順にどんどんおしていくと、sのところでメールアドレスのショートカット欄が現れた。――自分だけが使う分には便利な機能だけど、第三者がうろうろする民宿においてはいささか無用心だよ新くん。いや、そのおかげで助かったけどね。
エンターキーを押すと、メールアドレスとパスワードが一気に入力完了状態と相成る。そして田中はブログの管理画面に行けたことを確認、つまり新のブログであると確信し、改めてブログの記事を読み始める。何かヒントがあるかもしれない。
『東京って遠いなぁ……』『東京に……行きたい』『今日子と一緒に』『明日の午後三時までに、今日子の家に行かないと……でも……』
甘酸っぱすぎる文字列に、田中は顔が火照るのを感じる。首筋やら背中がむずがゆくなる。青春指数があまりにも高すぎて暴走しているとしか言いようがないブログだった。――若い、というかすっぱいよ! しょっぱいよ!
田中は絶叫したくなる。
でも……と田中は思う。
――私と同じだ……。私も東京に憧れて実家を出たし。今じゃこんな仕事やっているけど、高校生のときはとにかく東京に憧れていた。始まるかも知れない恋に恋したり、とか。遠くに、遥か遠くに、何かあるんじゃないかと思ってた。いや、今もそっか。
今の新も。
昔の私も。
今の私も。
遥か彼方の地に、夢を描いていた。描いている、のかな?
まあ、文面から察するに、新の場合は既に恋が始まっているようだが。
家出したということは……新は今日子という女の子のところへ行ったのだろう。――でも、家出はだめよ、新くん。おじいちゃんが心配してるわ。
「大体事情はわかりました」
「本当ですかな」
紀伊介おじいちゃんの視線は田中の胸に釘付けだった。おっぱいおじいちゃんは緊急事態でも動じないらしい。だがそれを抜きにしても、やけに落ち着いている。――男の子だしあまり心配していないのかしら。
「できるだけ、やってみましょう」
「よろしゅうたのんます、探偵さん」
あとで所長に電話しとこう。辞表は取り下げたい、と。