そうね、懲役二十年、酷いと死刑ね
田中は読書を諦め外に出る。今日はもう本を読む気にもなれない。
――最悪の日だわ……。まさかバレちゃうなんて。それもあんな下らないミスで。
田中は力なく首を振る。そんな田中にも容赦なく日差しは突き刺さり、潮風はぬっとりとした質感を伴って体にぶつかってくる。梅雨の湿気を多分に含んでいるせいだろうか。
海でも眺めようかと浜辺に出ると、双眼鏡を持ったアフロ頭の子供二人が何やら話している。
――何を見ているのかしら。
田中は彼らの双眼鏡が照準を合わせているらしき対象物を見やる。沖のほうで女性サーファーが波に乗っている。波が小さいからいささか迫力に欠ける光景である。上手いのか下手なのかわからない。
――ははー、サーファーになりたいのね、あの子たち。いいなぁ夢があって。
しかしアフロ頭たちの次の会話で、田中の子供への夢は瓦解した。
「兄ちゃん兄ちゃん、俺にも見せてよ」
「待てって。もう少し、もう少し」
「ずりーよー」
「うーわ、あの人いい体してんなー。ウエットスーツのあのピシッとした感じ、そして水に濡れて艶っぽくなる質感、さらに強調される体のライン。いひひひ、興奮すんなーおい」
――とても子供の会話とは思えない……。
と、双眼鏡を持っていないほうの子供がこちらに気付いて振り向く。
「に、兄ちゃん、すんげえおっぱいが近距離に……」
「なんだと!? ――ぐおっ!」双眼鏡を持った兄が田中に照準を合わせる。さぞかしビッグな胸部が彼の目に映っていることだろう。
――って、私のことか。……日本の将来が本当に心配だわ。まだ一太くんのほうが見込みあるわね。
田中は真っ直ぐにアフロ頭の二人に近づく。そして言い放つ。
「君たち、覗きは犯罪よ。そうね、懲役二十年、酷いと死刑ね」
「えっ……」
「えっ……」
死刑という単語の破壊力は子供にとって想像を絶するらしい。二人とも言葉を失って目が点になってしまった。こんな嘘八百でこれだけびっくりするのだから二人はまだ小学生ぐらいだろう。――体格は中学生っぽく見えるけど。
だがびっくりしたのはアフロ頭たちだけではなかった。
田中は驚くアフロ頭二人を見て、自分も驚いてしまった。兄のほうが双眼鏡を下ろして素顔を露にする。二人の顔はほとんど同じだった。
見分けをつけるとしたら、アフロ頭の大きさだろうか。片方のアフロのほうが髪の爆発範囲が大きい。それぐらいしか違いが見当たらないほどに、二人はそっくりだった。コピー&ペーストしたんではないかと疑いたくなる。
――双子かしら……。本格推理小説のネタにでも使えそうな二人ね。
しかしこの双子らしきアフロ頭二人組み、絶句しつつ目線は田中のおっぱいに釘付けである。
――まったく、男なんて幼い頃から下種ばかりじゃないの。こうなったら。
一瞬迷ったが、そんな躊躇は振り払い、田中は演じるキャラの崩壊を決意する。リミッターの解除、素の解放、そして田中は、二人に眼を飛ばし、低く唸る。
「ガキ、殺されたくなかったら今すぐ消えな」
ピシッという何かが凍りつく音がたしかに聞こえた。少なくともアフロ頭の二人には聞こえたはずであろう。脳内で。
「ひええ」
「ひええ」
双子は慌てふためいて逃げていく。――やれやれ。やっぱり穏やかに注意するべきだったかな……。あー自己嫌悪だー。もー最悪だー。
田中はアフロ頭たちの後姿をぼんやりと眺める。砂浜を走る二人は、ときおり砂に足を取られてこけながら、必死の逃走で忙しいご様子。
アフロ頭たちのそんな姿が、過去に関わった男に重なっていく。