最低だ
最低だ。クノイチは心の中でそう吐き捨てる。どうにかデイパックと手帳は取り返せた。鉄平と銅平の二人相手によくこれだけできたと思う。いつもなら学校で友達の誰かが加勢してくれるけど、今日は一人だった。それでも負けなかった。痣とか擦り傷がいっぱいできたけど、それでも負けなかった。
けれど、ページが破けてしまった手帳を見ると、悔しくて視界がにじむ。
――せっかくクリスタル姉がくれたのに……。
しばらく持って歩いていたが、見ていると辛くなるので、手帳はデイパックの中に入れておいた。なんだかデイパックが肩に重くのしかかったような気がした。
クノイチは自分でもどこに行くのかわからないまま、国道を商店街の方角へ歩く。汗が顎からぽたぽたと垂れ、体が干からびていくような気分だ。いっそそのまま干からびてしまいたいとさえ思ってしまう。
赤い彗星号は手で押している。なんだか乗る気分になれない。アフロ兄弟と戦った際に、赤い彗星号を盾代わりにしたり乗ったまま突撃なんかもしたので、より一層ボロくなってしまった。車輪が回転するとガラガラと不快な音まで立てるようになっている。
――バカアフロめ……。
車道を物凄いスピードでスポーツカーが走っていく。ブオンと爆音を立て排気ガスを撒き散らし、クノイチの真横を過ぎていく。クノイチは何気なくその車を見やる。アニメっぽい女の子の絵が描かれているのが見える。――変な車……。
アニメ絵の車は国道を突っ走っていくのかと思いきや、すぐそこの有料駐車場に入る。ほとんどドリフトみたいに曲がり、駐車場の端っこに頭から入って停車する。運転席から一人の男が出てくる。男はやけに早足で歩き駐車場を出て、クノイチのほうに近寄ってくる。
クノイチは通り過ぎようとしたが、男が赤い彗星号のハンドルをガシッと掴んだのでつんのめるようにクノイチも止まってしまう。
「――あっ、えっ?」
「その自転車、君の?」
男はクノイチに訊く。声と姿は爽やかな好青年のように見えるが、目の色が怒っている。クノイチは不安を覚える。――な、なんだよこの人……もしかして誘拐? やべーよぉ……周りに人は……。
クノイチはきょろきょろと周囲を見渡すが、あいにく通行人はいない。車はやたらと通っているけど、どの車もバカみたいにスピードを出して誰も止まりそうもない。
「おい、俺の質問に答えろよ」
「は、はい」
男の口調が急に乱暴になったことに、クノイチはびっくりする。
「その自転車はお前のか?」
「あ、ええと……と、とも、だちの」
「あ? なんだって? 声が小さくて聞こえないんだけど」
男はイライラしたように吐き捨てる。「ていうかさ、お前、滝川って女知ってる?」
「た、たきがわ?」
「そう、滝川。滝川花子。自分のことをクリステルと呼べ、だとか言ってる変なやつ」
――こ、こいつ……誰だよ。どうしてクリスタル姉のこと知ってんだよ……。ていうか花子? おお? クリスタル姉って花子なの? ううん、もしかしてクリスタルってあだ名? おれの『クノイチ』みたいに。
「知らないのか? もし滝川のことを知らないのならお前は自転車泥棒だ。もし知っているのなら、俺をそいつのところへ案内しろよ。あいつを連れて帰らなきゃならないんでね」
連れて帰る、と聞いた瞬間、クノイチは口を固く閉ざすことを即断する。――言わないぞ、絶対に何も言わないぞ……。
クノイチは滝川と一緒に、駄菓子屋に行った時のことを思い出す。滝川が『民宿熊島』に来てまだ三日目のことだ。