「……ふざけんなよ」
――あっちぃ。
ガードレールの上に座り、クノイチは休憩中。赤い彗星号はすぐ横に停めてある。ナンパの戦績は無勝記録を更新中だ。――コンビニ行ってジュースでも買うかぁ。
クノイチはガードレールからぴょこっと飛び、地面に着地――した瞬間、背後から背負っていたデイパックを奪われる。
「えっ……」
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、後ろを振り向き納得する。アフロ兄弟の兄のほう、鉄平がいる。ニヤニヤしながらクノイチのデイパックを片手で振り回している。
「何すんだよっ」
「へへへ、ナンパは上手くいったかクノイチ?」
クノイチを無視して鉄平は言う。「二十七連敗したみたいだけど?」
――見てたんじゃないか。しかも数えてるし。
「いひひひ、いい加減諦めろよ。お前じゃ俺らみたいに成功しねえって」
「そんなのやってみなきゃわかんないだろ」
「わかるぜ」
「つうかそれ返せよ。俺んだぞ」
「いひひひ、なーに入ってんのかなぁ?」
やたらと語尾を上げて言う鉄平に、クノイチの頭は敏感に反応、血管を巡る血液が加速度的に流れを速くし熱を持つ。そんなクノイチをあざ笑うかのように、鉄平はデイパックのジッパーを開け始める。
「オイやめろよっ――あっ」
鉄平に突撃しようとするクノイチを、誰かが後ろから羽交い絞めにする。動こうにも磔にでもされているかのようにびくともしない。――だ、誰だよ。
「ぎひひひ、よークノイチちゃーん」
アフロ兄弟の弟のほう、銅平だった。「まあ落ちつこうよ。な? ちーっと持ち物検査するだけらからさ。なー兄ちゃん」
「おうよ。俺たち兄弟はいつだってこの町の平和を守っているのだ」
「いるのだ」
弟が調子を合わせる。
そして鉄平はデイパックに手を入れて中をまさぐる。「……ん、こりゃ何だ?」
鉄平が取り出したのは滝川からもらった手帳である。「本か?」
「あー! それに触るんじゃねえよっ!」
クノイチはじたばたと暴れるが、銅平の羽交い絞めは全く外れそうにない。「離せバカアフロっ!」
「離せって言われると離したくなくなるなぁ。俺、反抗期なんだよねぇ」
銅平はゲラゲラと笑いながら言う。笑うたびに唾がクノイチの頭に降ってきて汚いことこの上ない。
そうこうしているうちに、鉄平は手帳のページをめくり始める。「なんだこれ、落書きじゃねえか。変なの」
「兄ちゃん兄ちゃん、俺にも見せてよ」
「待て待て。もー少し」
「兄ちゃんっ」
「だから待てって。もー少し。もー少し」
「うーうー、いっつもそれだよー」
銅平がむくれる。そのせいか僅かだが羽交い絞めの力が緩む。クノイチはその隙を逃さない。思い切り飛び上がり、銅平の顔面に頭突きをお見舞いする。「おごっ!」
銅平が悲鳴を上げて鼻を押さえている。羽交い絞めは完全に解かれる。
「あっバカ! 何やってんだよ銅平!」
鉄平が叫ぶ。
「お前もバカだっ! それ返せ!」
クノイチは鉄平が持っている手帳のページの部分を掴む。だが鉄平は手帳のカバー部分をぎゅっと掴み、その手を離さない。
「くされアフロっ、手離せよ!」
「うるせえチビクノ!」
綱引き的な様相を呈している。クノイチも鉄平も全く譲ろうとしない。左右からの引力に、手帳は徐々にその形態を変化させ――限界を突破する。
びりりりっ。
「ああっ!」
手帳のページが破ける。クノイチの手にページの部分が、鉄平の手には手帳のカバーがそれぞれ納まっている。
クノイチは手にしているページを見やる。破けたところがキザキザでボロボロ、『民宿熊島』の本棚の古っちい本より無残な姿だ。
「あーあ、破けちまったよ」
鉄平が眠たそうに言い、手帳のカバーをひらひらと団扇のようにあおいで自分に向けて風を送る。手帳がぞんざいに扱われているその様は、クノイチの怒りの炎に油を注ぐ。
「……ふざけんなよ」
「あ?」
「ふざけんなって言ってんだよ!」
クノイチは鉄平に体ごと向かっていく。頭の中に滝川の顔が浮かんで泣きそうになるのを、拳を握って誤魔化して。