どこ、行くんだろ
国道に出ると、クノイチは早速ナンパを開始する。上手い具合に犬の散歩中の中学二、三年ぐらいの女子を発見、背後から距離を詰め、思い切って声をかける。
「ヘイ、オネーチャン。犬の散歩ついでにおれも散歩してみようぜ!」
その女子はちらりとクノイチを一瞥したが、無視して行ってしまう。散歩されていた犬にまで哀れみのこもった目で見られている感じがする。
その後も道行く女子にナンパをしかける。主に女子中学生~若い大人の女の人がクノイチのターゲットである。自分でもよくわからないのだけど、クノイチは同年代の小学生女子には全く興味がない。
――なんでだろ。でもあいつらバカだからなー。
自分のことは完全に棚にあげっぱなしのクノイチである。
結局、誰も引っかからなかった。もはや何敗したのかもわからない。なんだかもう負けることに慣れつつある自分がしょぼく感じる。
クノイチはナンパを一旦やめて、ガードレールの上にひょいと乗っかって休む。車道を凶暴な鉄の塊がびゅんびゅん法廷速度三十キロオーバーで突進している。この国道は上空から見ると、まるでサーキットみたいにきれいな楕円形になっていて、どういうわけか警察権力の監視の目が薄く、走り屋たちの穴場的スポットになっているのだ。
――あーあ、おれもかっこいい車でも買えばナンパに成功すんのかなぁ。
そんなことを考えていると、ふと家族連れが目に留まる。小学一年生ぐらいの男の子を、母親と父親が左右から挟むように並んで手を繋いで歩いている。何を話しているのかは車のエンジン音やらでよく聞こえないけど、にこにこと笑っているのはたしかだ。
――どこ、行くんだろ。
クノイチは自分の両親に思いを馳せる。
『一太ぁ、ご飯の時間だよー』
『ほいほーい』
母と息子のやり取りのようだけど、実は違う。「母の母」と「娘の息子」つまり祖母と孫のやり取りだ。
クノイチの両親は仕事で忙しく、海外を飛び回ることもしょっちゅうで、ほぼ全くと言っていいほど家に帰れなかった。そこで母方の祖母の家にクノイチは預けられた。祖父はクノイチが生まれる前に他界していたから、祖母と孫の二人きりだった。
その祖母が死んだのは二年前。クノイチが小学校三年の時だ。
告別式やら何やらが終わり、祖母の家に落ち着いたとき、クノイチは母親に言われた。
東京に戻ってきなさい、と。
クノイチには、邪魔だから祖母の家に預けて今度は戻って来いかよ、としか思えなかった。納得がいかなかった。それに転校だってしたくない。――友達だっているんだぞ。
嫌だ嫌だというクノイチに負けて、母は祖母の家からほど近い『民宿熊島』にクノイチをずっと宿泊させることにした。
このときが、クノイチが最初に大人になりたいと思ったときだった。大人になれば、なんでもできるのに。母さんや父さんがいなくても、ちゃんと自分の力で生きていけるのに、と。
だから、ナンパに成功して大人のように見えるアフロ兄弟が、羨ましい。