小学五年、独身
この日も、クノイチはフラれてばかりだった。
ゴールデンウィークが明けて二日目、平日の砂浜に人はほとんどいなかった。犬を散歩しているおばさんがいるけど、年の差推定四十歳を克服するだけの愛と勇気と諦めなんか持ち合わせちゃいない。
ゴールデンウィーク中は海を見物しに来る旅行者でそれなりに賑わっていたけど、そのときのクノイチの戦績もやはり全く振るわなかった。
――うむむむ、何が間違ってんだ? つーか間違いとか正しいとかあるもんなの?
クノイチの心の問いに答える人間はいない。一瞬、プライドをかなぐり捨ててアフロ兄弟にどうやってナンパに成功したのか教えてもらおうかと思ったけど、そんなことするぐらいなら新にーちゃんの掃除の手伝いでもしたほうがマシだ、とクノイチは思ってその考えを打ち消した。
――あーあ……おぉ?
意気消沈の体で浜辺をプラプラしていると、浜辺に寝そべっている女がいた。女の横には赤い自転車が倒れている。大人だろうか。それにしては子供っぽい顔だなぁ、とクノイチは思った。――それに大人が浜辺に大の字になって、それもピシッとしたお葬式みたいな格好して砂の上に寝てるなんてありえねー。でも、ちゃーんす。
今度こそと気合をいれ、クノイチは突撃する。
――おれはイケメン、おれはイケメン。
自分に強い暗示をかけるクノイチ。――大丈夫、もうどうやって声をかけるか決めている。今まではちょっと紳士っぽかったな。今度は爽やかにいくぜい。
「ヘイ、ネーチャン。添い寝してあげよーかい?」
「少年、ナンパの仕方がなっていないぜ」
「えっ――」
――考えた決め台詞の中でもとびきりイカしてるのを選んだのに!?
まさかの展開に(あくまでも本人的に)焦るクノイチは、誰にも要求されていないのに軌道修正を試みる。ええとええとええと……こ、これでどーだ!
「ヘイ、ネーチャン。おっぱい揉ませろや」
頭をぶっ叩かれた。あだだだ。
――ヤケクソだったんだよ。本当だよ。
また呆気なくフラれた。いったい何十連敗したのかわからない。そんなその他大勢の失敗に埋もれるのが常なのだが、今回の失敗はなぜかクノイチの中で失敗フォルダに入れることを強行に拒んでいる。
――な、なんだろ。このネーチャン、なんか……いいなぁ。
「ネーチャン、名前なんつうの?」
クノイチは訊いた。でも大の字で寝ている女は寝ているのか何も反応が無い。ただの屍じゃないのかと思うほどに。――ああ、そっか。まずおれから名乗らないと失礼なんだな。よし。
「おれは久野一太っていうんだ」
クノイチは自分の名前を言った。けれど女は瞳を閉じて誰かを想っているのか知らないがとにかく黙ったままである。――うむむむ、もう少し詳しいプロフィールが必要なのかもしれないぞ。
「あだ名はクノイチ」
あだ名を言ってみた。しかし女は目を瞑ったままだ。――もしかしておれが独り者じゃないと疑ってるのかな?
「小学五年、独身」
さらに詳しくプロフィールを語るも、女は何の反応も示さなかった。もしやこの女の人は眠り姫でおれのキスを待っているのかもしれぬ、と前向きに考えてみるクノイチ。でもそれじゃあ変態さんだなぁ、と即座に気付けた彼は、まだ救いようがあるといえよう。――つーかこのネーチャン、ちょっと失礼だなー。
「礼儀知らずだよネーチャン。名乗られたら自分も名乗らないといけないんだよ」
女が僅かに動いた。頬をひくひくと動かし、何かを喋ろうとしているようだ。
「ヘイ、ネーチャン」
クノイチが再度声をかけると、女が小さな声で言った。「あたしは滝川――」
「……すてる」
「お?」
――何を捨てるって?
「クリステル……滝川クリステルなのだ」
「おお、外人? ハーフ?」
「琉球人とアイヌ人のハーフだよ」
ハーフっつうかそれって百パー外人だぞ! と、にわかに興奮するクノイチだった。
「よくわかんないけどスゲー。スゲーよクリスタル姉ちゃん」
「クリスタル違うっつうの。あたしのことはクリステルと呼びな」
その後、
「どこから来たの?」
「トゥオゥキョゥッ」
「うおー外国の都市っぽーい。発音が」
「うっせー。少年、お前はどこ住んでんの? 地元の子?」
「民宿っ子」
「ナニソレ?」
「民宿にお泊りんこ」
「ほほー民宿にお泊りんこ。なるほどなるほどー。連れてけ」
そんなやり取りが交わされ、クノイチは滝川を『民宿熊島』に連れて行くことになった。滝川は『民宿熊島』に入るなり「ここにしばらく泊まるわー。丁重に扱えよー」と新に言っていた。
よくわからないけど、とにかく、ついに女の人が自分についてきてくれた。そう思うと、クノイチは興奮せずにはいられなかった。
それ以来、クノイチは滝川のところへちょくちょく遊びに行っている。クノイチが勧めるゲームと漫画を滝川は物凄く楽しそうに手に取り、まるで同じ小学生の友達と遊んでいるようだった。そんなわけだから、これは果たしてナンパの成功といえるのだろうか、とクノイチは首を傾げていた。
成功かどうかわからないので、アフロ兄弟にはまだ自慢していない。




